運命の出会い
キエリは、外に出たはいいが目的地がなく、とりあえず会場からも正面の城門からも離れた城の裏側の方に鳥に指示を出して向かってもらった。
城は広く、どこもかしこも使用人たちがいるのが見えた。
キエリは、まだ血が止まらない怪我のせいで息があがり、痛みが我慢ならなくて額から汗がつたっていた。
鳥にのっているとからだが揺れ、羽ばたくたびにキエリの背中が強く痛む。
(どうしよう‥‥血を止めないと‥‥)
キエリは、人が居なさそうな灯りのついていない部屋があるのを見つけ、そこに止まってもらえるように鳥にお願いした。
鳥は、部屋のベランダに降り立つと、キエリは転げ落ちるように鳥から降りた。
「はぁ‥‥はぁ‥‥なにか、血を止める‥‥」
辺りを見渡すと観賞用の植物と椅子くらいしか置いていなかった。
「‥‥‥」
残るは、キエリの着ているドレスくらいだ。
(お母さんが丹精込めて作ってくれたドレス‥‥あの人のせいでぼろぼろになっちゃった)
ドレスの背中部分が無残に裂けて、血が流れたせいで裾の部分まで血で湿っている。
(お母さん‥‥‥)
これ以上酷いようにはしたくないと思いつつ、他にはないのだという考えの板挟みとなって、キエリの手がドレスの裾を掴んで止まる。
(植物で‥‥植物の葉で代用できないかな‥‥)
とうとう、ドレスを破くことはできず、キエリが植物が植えらえている植木鉢に歩み寄った時、ベランダと部屋をつなぐドアが開けられた。
「!!」
キエリは、息をのんで植木鉢の陰に隠れた。
「誰かいるのか?」
聞こえてきたのは男性の声だ。
口を塞いで、小さいからだをより縮こませ、跳ねる心臓を落ちつけようとした。
「‥‥‥何なんだこの血の香りは‥‥はぁ‥‥くそっ‥‥」
男性は、どうしてかキエリの血の匂いを嗅ぎつけているようだった。
匂いのもとを探るように空気を嗅いでいる。
(どっ、どうしよう? また鳥さんにのせてもらって‥‥‥そうだ、鳥さん!)
鳥は、大人しくキエリを待っていて、じっとキエリを見ていた。
(鳥さん! 近くにいたらバレちゃう! もう、のせてもらおう!)
キエリは、四つん這いになってこっそり鳥にのろうとしたが、男性がキエリを見つけてこちらに歩いてきていた。
キエリの羽がほのかに光っているのが良くなかった。
(はっはやく!)
キエリは鳥の背に駆け込み、また鳥に飛び立つようにお願いしたが、なぜか鳥が一向に飛び立たない。
「ど、どうして? お願い、飛んで!」
しかし、やはり鳥は動く様子がなく、男性はキエリの前まできて、かがみこんだ。
キエリは捕まえられるのかと恐怖し、鳥から降りて逃げ出そうとしたが、男性にひっ捕まえられた。
「いや! 離して!!」
手の中でもがくが力でかなうはずもなく、キエリに痛みだけが残る。
「怪我を‥‥している‥‥血が‥‥」
その男性は、言葉を絞り出すように話しているが、声色から心配しているようだった。
キエリを掴む手も必要以上に力を込めていることはなく、傷を触らないように注意している。
男性に背を向けて捕まっているので表情が見えないこともあり、この男性が何を考えてこの行動に至っているかわからず、キエリは困惑していた。
(どうしよう? わたしを心配をしているの? それとも、利用できる妖精が死ぬのは困るの?)
「‥‥‥‥すまない」
「え?」
男性がおもむろに謝罪を口にすると、キエリは男性に彼の口元まで引き寄せられた。
キエリにゾッとする考えがよぎり、恐怖で涙を流すが男性は止めてくれる様子はない。
彼の熱い息がキエリの背にかかり、ざらりとした感触が背の下から上にゆっくりと伝わった。
その後も数回同じようにされてしまった。
「いやぁ‥‥食べないで、お願い」
「う‥‥うぅ、ひっく‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥?」
「あ‥‥‥れ? 痛くない?」
先ほどまであったはずの背中の傷の痛みが全くしなくなっていた。
キエリが試しに背中を触ってみると、彼のよだれはしか手につかなかった。
「まって! 背中を触るのは待ってくれ、汚してしまったから!」
男性の慌てる声が聞こえたと思ったら、男性はポケットから取り出したハンカチでキエリの背中と触れた手を丁寧に優しく拭いた。
「気分の悪い思いをさせてしまって、すまない‥‥他に方法がなくて‥‥いや本当は、それだけではないのだが‥‥」
申し訳なさそうに、恥ずかしそうに話す男性の顔を見上げた。
月明りで照らされた彼は、さらりとした黒髪、瞳は綺麗な琥珀色で目つきは鋭さはあるが、キリっとしていて顔が整っている。
キエリはその顔を見て、少し頬が赤く染まっていた。
しかし、すぐに現実に思考を戻した。
「あ、あの、どうして傷が?」
男性は、どう説明しようか迷っているのか、眉を寄せて考えている。
「まぁ、ちょっとした魔法だ」
「魔法‥‥あなたは魔法使いなのですか?」
「とは、また違う」
キエリは、わからなくて首を傾げた。
「ところで、君は妖精のようだが、どうしてこんなところに?」
キエリは、ドキッとして後ずさりたかったが、掴まれている状況は変わらず、自由には動けない。
「わたし、舞踏会に友達と‥‥でも、みんなが襲ってきて」
「あ、あなたもわたしを捕まえるのですか?」
キエリは、狂気的な欲望をぶつけられた恐怖を思い出してからだが震えた。
誰が味方で誰が敵かなんて、もはやわからなくなっていた。
こんな直球に尋ねたところで信じられる答えが返ってくるわけないのだが、それでも傷を治してくれたこの人の答えが聞きたかった。
「‥‥‥」
男性は、キエリの質問を聞くと苦しそうな顔したが、キエリをそっと地面に置いた。
「俺は、君の人生を奪うつもりはないよ‥‥」
キエリは、目を見開いて彼の顔を見上げた。
ちゃんと一人の人として扱われたことが嬉しくて、涙がでそうになった。
キエリは、深く頭をさげた。
「あり、がとうございます」
「や、やめてくれ。君がお礼を言うようなことは俺はしていない‥‥むしろ‥‥」
男性は、何か言い淀んでいたがはっきりとは言わなかった。
「でも、傷を治してくれましたし、見逃してくれたので」
「そ、そうか‥‥だが、これからどうするんだ? 妖精が人間社会で生きていくなんて苦労しかないだろう?」
キエリは俯いて、ぎゅっと両手を固く結んだ。
「どこかで、一人で生きていこうと思います‥‥人間の村に住んでいたんですが、妖精のわたしが村に帰れば、友人や家族に迷惑をかけてしまいますから」
「そう、か‥‥‥だが、孤独は辛いぞ」
キエリは、顔を上げて男性を見上げる。
彼はキエリを心配そうにキエリを見ていた。
優しさが染みて、泣きたくなってきた。
「正直、怖いです。寂しいです‥‥今までずっと友人と家族に助けられて生きてきましたから、どうやって生きていけばいいのか、わかりません」
「でも、大事な人が傷つくのはもっと怖いです。悲しいです」
男性は、黙り込みじっとキエリを見つめて何かを考え込んでいる。
じっと見られると、キエリはなんだか緊張してしまって目線が下に泳いでしまう。
「‥‥‥あの、助けていただいてありがとうございました。ここにいてはあなたにも迷惑をかけてしまうので、失礼しますね」
とりあえず、この人は危険ではなさそうと思ってもここに留まり続けることもできないので、キエリはまた鳥にのっていけないかと、鳥の様子を見た。
鳥は、さっきまで固まっていたが今はきょとんとして首を傾げながらキエリを見ている。
「待って、君、行く当てがないのだろう?」
「あ‥‥はい」
「‥‥‥‥このまま、この城で君を匿うこともできるが、どうだろうか?」
「え? このお城で、ですか?」
キエリは、驚いたように男性を見たが男性は真剣なようだ。
仮に、この男性以外の城の人間に秘密にするにしても、そんなことはできるのだろうか?
そして、なにより迷惑になりたくない。
「お気持ちは嬉しいですが、迷惑‥‥になりますし、そもそも、そんなこと可能なんですか? ここにはたくさん人がいますし」
キエリが不安げにきくと、男性はキエリを安心させるように微笑んだ。
急に微笑みをかけられて、キエリはどうしようもなくドギマギしてしまった。
「俺への心配はいらないよ‥‥申し遅れたが、俺の名はフェリクス・エピメディウム・レックス、この国の王子だ」
「だから、君を秘密裏に匿うこともできよう。心配なら、人里離れたとこに君が住めるように手配しても‥‥」
急にとんでもない情報を投げつけられて、キエリは慌てふためいた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 王子様だったんですか?」
「あ、あぁ‥‥隠すつもりはなかったんだが‥‥」
(だから、お城で匿えるって言ったんだ‥‥あ、あぁ、わたし、失礼なこと言ってないかな?王子様のことなんて言うんだっけ? ええ、と殿下?)
キエリは、今になって何かしてしまっていなかったかと、ぐるぐると頭を巡らせていたらくらくらしてきた。
「あの、どうして‥‥殿下、は初めて会ったばかりのわたしにそんなに優しくしてくれるのですか?」
フェリクスは、困ったようにキエリに笑いかけた。
「そうだな‥‥先ほど断りもなく、その、不快な思いをさせてしまったお詫びというのではだめだろうか? いや、でも確かにそうだな、俺は出会ったばかりの、しかも、あんなことをした不審な男でしかないか‥‥どうしたら、安心してもらえるだろうか」
キエリは少しあたふたするフェリクスを見た後、なんだか少しほっとして笑みがこぼれた。
「ふふ、ありがとうございます‥‥でも、やっぱり大丈夫です。殿下に迷惑をかけるわけにはいきませんから」
フェリクスは、少し寂しそうにして「そうか、わかった」と言った。
「なら、せめて何か役に立つものを‥‥そうだ」
フェリクスは一旦部屋に戻って、またキエリのもとに戻って来ると、その手には折り畳み式のナイフとリボンが握られていた。
折り畳みナイフの持ち手の部分には金色で四つの花弁をもつ小さな花の模様が彫られていた。
「せめて武器になるものを持っていくといい。荷物になるかもしれないが、何があるかわからないから」
フェリクスがおいでとキエリに手招きをして、キエリに背を向けさせると背中に折り畳みナイフをつけてリボンでキエリのからだにしっかりと付けた。
「さぁ、いいよ‥‥」
「ありがとうございます。あ、でもお返しはわたし何も持ってないです」
「いいんだ。もう十分、いや、足りないくらいもらったから‥‥」
キエリは、いろいろしてもらってばかりなのに、いつの間にか何かあげたのかよくわからなくて首を傾げた。
しかし、折り畳みナイフは重いが確かに何も持っていない今の状態よりも心強い気がして、このまま貰っておくことにした。
キエリが再び鳥によじ登ったとき、大事なことを言うのを忘れていた。
「申し訳ありません‥‥わたし、名前を言うのを忘れていました」
「わたし、キエリと申します。もう、会うことはないかと思いますが、あなたの優しさは忘れません」
「そうか、キエリか‥‥‥どうか、元気で」
キエリが合図すると、今度は鳥はしっかりと飛び立った。
再び空中へとあてのない旅を始めたキエリは、小さくなっていく城が見えなくなるまでしばらくじっと見ていた。




