見えざる悪意
「ただいま、プン」
「おかえりー^^」
いつの間にかオルティアの中を駆け回っていたプンが、エルトの目の前にいた。
待たせすぎてしまったかもしれない。
「ごめんな。待たせたか? すぐに出発しよう」
「ううーん^^ そんなことないよー! でもやっぱりエルくんって優しいお兄さんなんだね~。わざわざ弟さんが帰ってきたのを迎えにいくんだもん!」
「違うよ、オレは優しいお兄さんじゃない」
前にも言われたな。あの時も同じ様に否定した。
「そんなことないよー優しいよー。プンもエルくんみたいなお兄さん欲しい@@!」
否定しているのは『優しいお兄さん』全体では無い。『優しい』は肯定する。否定しているのは『お兄さん』の部分なのだ。
「プン。もうすぐだよ、このあたりで一旦PCのグラフィックレベルを最低に落とそう。街中だと、もっとラグが多いかもしれないから、気をつけて」
「あい! @@ゝ」
ラグリアの街としての規模は、今まで立ち寄ってきたハリ、ミロン、オルティアの比ではない。巨大な建造物。NPCの数。そこに存在するプレイヤーの数も半端じゃない。
そこだけが、カオス・クロニクル最盛期の面影を残す、唯一の場所でもある。
プンを伴い、街の中へ。周囲は石の壁に覆われており、警備員が入り口に常駐している。その脇をすり抜け、大きな家屋が立ち並ぶメインストリートをさらに進む。
ここでさらにラグがひどくなる。
ラグリア中央広場……ここがカオス・クロニクルのゲーム経済を動かしている中心地といっても過言では無い。
中央の噴水を中心に、そこを所狭しと一般プレイヤーの個人商店が散らばっている。ラグの原因はこれだ。
「すごい! 人がぜんぜんいないと思ったら、みんなこんな所にいたんだね!」
「そうだな。ほとんどのプレイヤーは、ここを拠点にゲーム内の金策をやってるよ。ここでいらない装備や、素材、一部のクエストアイテムがプレイヤーの間で取引されてるんだ。だけど、気をつけろよ? 詐欺まがいの商店だってあるし、誤表示されてる商店もある。何も考えずに購入すると――」
言ってる側からプンはやらかした。
「見てみてエルくん^^ かっこいいでしょ、これー?」
「値段はいくらだった?」
プンから値段を聞いて、呆れてしまった。通常の5倍の価格だ。GMコールで通報しようにも、その個人商店はすでにそこになく、プンもオレもプレイヤーの名前を覚えていないので、お手上げだ。
「うわああああん;; プンのお金が~><」
「泣くな。騙す奴が99%悪いけど、1%くらいお前も悪いんだから。これにこりて、次からは気をつけるんだぞ。……しょうがないな。そいつはオレが買い取ってやるよ」
「え……でも……」
「それ、種族専用装備アイテムなんだ。ヒューマンにしか装備出来ないんだよ。フェイブのプンじゃ宝の持ち腐れだし、エルトになら似合うかもな」
「ありがとう、エルくん><」
「オレが欲しかっただけだ。気にするな」
本当は、このアイテムが欲しかったわけじゃない。正直に言えば、ゴミ同然のアイテムだ。けれど、プンの資金が底をついてしまっては装備も買えないし、初っ端からこれじゃ可愛そうだ。
……だいぶ心が広くなったな、オレ。あるいはプンに慣れたということか。
さて、今回のメインは、プンの装備を新調することだ。用があるのは個人商店ではなく、この街の武器屋である。
「プン。武器屋はこっちだ。付いて来い」
「うん^^」
中央広場は、北側が神殿になっており、西が雑貨屋と倉庫。東が武器屋と防具屋。南がオレ達が入ってきた通路のある住宅街につながっていた。
噴水周りの個人商店を蹴散らすように、歩き武器屋を目指す。中に入るとカウンターの奥に中年のおじさんがいて、蓄えられたヒゲをさするモーションを、何度もループしていた。
NPCの武器屋では、50レベル代までの武器が買える。それ以降の60代、70代は自分で製作するか、MOBからのドロップを手に入れる……もしくは個人商店で購入するしかない。
30レベル代でフェイブナイトが装備できる最強の武器は、『ミスリルソード』だ。同時に、防具も『ミスリルアーマー』などの、ミスリルセットが40代までの定番装備である。
本来ならば、もっと他にも装備のバリエーションがあるのだが、能力や値段、装備の外観を考えると皆選ぶ装備が狭まって没個性化してしまう。
かといって、ビジュアル重視にしてしまうと能力的にもきつくなるので、そこはある程度の妥協が必要である。
プンは、NPCのおじさんに話しかけてミスリルソードを購入した。次は、防具だな。
武器屋を出て、隣の防具屋へ。
防具屋は、若い女性が店主のようで、時折手鏡で自分の顔を覗き込み、化粧を直すモーションをループしている。
さっきのおっさんといい、このねーちゃんといい、商売する気があるのだろうか……現代日本だったら絶対つぶれてるな、この店。
プンは武器屋の時と同じ様にNPCに話しかける。ミスリルアーマーを購入……したと思ったら、別の物を購入していた。
「どうしてそうなった?」
あえて聞いておく。
「だって、こっちのほうが可愛いんだもん>< プン、あんなゴツゴツしたのいやだよ~。。」
「だからって……それは……確かに似合っているけど……」
「でしょ^^?」
プンの全身を見渡す。上半身は、左肩が露出した赤い鎧。胸と胴回り、右肩を赤い金属で形成された軽量の鎧『ショルダーガード』。
これも一応30代で装備可能な防具であるが、性能は今一つ。
問題は下だ。
下はミスリルローブになっている。前にも触れたが、カオス・クロニクルの女性防具は露出が多い。
これも言わずもがな、ミニスカートだ。純白のミニスカートである。赤い鎧と白いミニスカート……そこから生え出た二本の白くてキレイな生足。
赤と白のコントラスト。脚線美。確かにプンに似合っている。可愛い。
ヤマモトが見たら、間違いなくハアハア確定である。
ファッション的にはありかもしれない。けれど、防御力なんてミスリルアーマーに比べたら大きく劣る。
それでも今の装備に比べたら、まだ数値的には上ではあるが……。
「これがいいのー><」
「……はいはい。それでいいよ。頑張ってオレがヒールするから、いっぱいダメージくらってもいいぞ」
半ばヤケクソである。
「やったあ。ありがとうエルくん。大好き!」
「ああ。オレも大好きだよ」
「え? それってどういう意味……キャッ(//▽//)」
とりあえず、装備の新調は終わった。あとは、少し個人商店をのぞいてみよう。
赤くなったプンを店内に残して、外に出る。
かなりの数のプレイヤーが商店を開いているので、それを全部見てまわるのは少し骨が折れるな。
周囲を見渡していると、一人のエルフの女に目が行った。
「肉屋……」
豚肉500gがラグリアの噴水前にいた。それだけならば、わざわざ気にも止めなかったが……装備に目がどうしても行ってしまう。
豚肉500gは何も装備していない。裸であった。
単に装備を解除しているというわけでもなさそうだ。なぜなら、隣にいた牛肉500gも、鶏肉500gも同じ様に裸だったのだ。
肉屋に何かがあったのだろうか……。いや、どうでもいいことだ。
あいつとは、昨日斬魔のPKKで一時協力(利用)させてもらったが、身勝手な振る舞いは今も忘れていない。
気にかけることなどない。
「肉屋、アカハックざまあwww」
「天罰だな」
「ちゃんとウィルスソフトいれてねーからだよ、ボケ!」
「どうせ、エロいサイトでも見たんだろーアホ杉w」
ラグリアのあちこちでシャウトがあがる。
アカハック……そうか、肉屋はアカハックされたのか。それならば肉屋のキャラ全部が全部、裸なのにも合点がいく。
アカウントハッキング……縮めてアカハックと呼ばれる。
これは、ゲームユーザーが特定のウィルスや、スパイウェアに感染し、IDやパスワードを抜き取られ、その抜き取ったIDで第三者が勝手にログインすることを差す。
ログインされたユーザーが所持するキャラのアイテムなどを勝手に他人へ売却。あるいは、その第三者の所有しているキャラクターへの譲渡が、本人の知らない間に行われてしまう。
そのウィルスというのが、カオス・クロニクルの情報サイトなどに仕込まれていたりするのだ。
また、これはうろ覚えだが、どこかのネットカフェのアルバイト店員が、店のPCにキーボードの入力した値を記憶するソフトを仕込んで、それでIDを抜き取ったという事件があったらしい。
これらは犯罪だ。
確か……不正アクセス禁止法に抵触するはず。
「さっさとゲームやめちまえよ」
「ちねばいいのに」
「お前なんか迷惑なんだよ」
肉屋は何も言い返さず、ただただ噴水の前で佇んでいた。




