変わるということ
ゴブリン前線基地。炎の祭壇。ウェルド大森林。ほぼ定番の育成コースは回った。
とはいえ、その度に色々邪魔が入ってきたので、プンのレベルは30に達したところだ。
これだけの時間、これだけの密度の狩りをしていれば、本来ならもう40レベルになっていたはず……。
しかし、過去を悔いても仕方がない。やれることをやっていこう。差し当たって経験値の蓄積が急務だが、そろそろ装備を新調すべきかもしれない。
「プン。ラグリアに行かないか? そろそろお前の装備も限界だろう。グレードも、30レベルから装備できる最高の物を揃えよう」
「ラグリアってどこ@@? プン、ハリとミロン以外は行った事ないからわかんない;; 行こうと思っても、迷子になっちゃうし、モンスターさんに追い掛け回されちゃって><;」
ラグリアはカオス・クロニクルにおける最大の商業街だ。そこでなら、NPCから買える最高レベルの装備品が売っているし、プレイヤー間でアイテムを取引する個人商店も盛んだ。
ただし、個人商店の多さからものすごく処理が重い。だから、入るときには注意が必要だ。グラフィックレベルを最低にまで落として、PCへの負担を少なくしないと、ヘタをすれば処理落ちしてしまう。
プンの装備を買うついでだ。オレも個人商店を色々物色して、掘り出し物がないか確認しておこう。
「ラグリアは、ここからだとテレポーターで一発で飛べるけど……久しぶりに歩いてみるか。道は覚えておいて損はないし。ついておいで、プン」
「うん^^ ラグリアは商業街かー。要するに、大阪みたいなものだね♪ プン、たこやき大好き(^q^)」
「ちょっと違うけど……それにたこやきとか、売ってないからな。ちゃんと付いて来いよ」
「はあい^^ノ」
プンを背後に捉えつつ、ミロンを出る。ヤマモトはまだインしていないので、今は二人きりだ。そういえば、あいつはちゃんと仕事をしているのだろうか?
ヤマモトが一体どんな職業についているのか……少し気になる。けれど、他人のリアルをあれこれ詮索するのは、よくない。
リアルの事を聞くなら、こちらのリアルを相手に伝えないと、フェアじゃない。
オレのリアルを知れば、ヤマモトの見る目が……マリナを見る目と同じになってしまうんじゃないか? それは嫌だ。今のままがいい。
あいつのバカなところもそう嫌いじゃない……そう、思う。
なんだかんだで気に入っているのだ、プンも、ヤマモトも。でなければ、これだけ同じ時間を共有することはなかっただろう。
……そうだ。ある程度ヤマモトのバカ話にも、適当に相槌を打っておいたほうがいいな。今度、そうしてみよう。
「プン。ここが、オルティアの村だ。ここからもうちょっと行った先に、ラグリアがある。少し中を見ていくか?」
「うん!」
オルティアは、ミロンとラグリアの中間に位置する村だ。歩くついでにひとまず寄っていくことにした。40レベルになればこの村に拠点を移し、主な狩り場はアントの巣へと変わる。
プンは元気にオルティアの中へと入っていった。アントの巣でシュレン達と狩りをしたのを思い出す。わずか数日前の事なのに、もう何年も前のような気がした。
シュレン、マリアベル、パックン。彼らもこのカオス・クロニクルの世界で、今日も誰かと狩りをしているのだろうか?
そうして繋がりができて、やがてそれが絆になって……仲間ができる。
仲間。そう、仲間だ。連子も椛も、大切な仲間だった。
この村にも、連子と初めて足を踏み入れた。今のプンの姿が、あの日のカインと重なる。今の自分の場所にいた連子が、黙ってそれを見ていたのを思い出す。
そして、この村で灰色の狼初期メンバーが顔を合わせた。今は、就職や、進学、結婚などで初期メンバーのほとんどがゲームを卒業して、連子とオレの二人しかゲームにインしていないはず。
出会いと別れが繰り返される。そこは、リアルと一緒なのかもしれない。
悲しい別れがあったのなら、嬉しい出会いもあるのかな。リアルも……そうだったらいいのに。
『ただいまー!』
ふと、玄関のドアが開く音がして、オレは顔を上げた。
どうやら、弟が帰ってきたらしい。
「プン。ごめん、ちょっと離席するよ、弟が帰ってきたみたいなんだ。すぐ戻るから」
「いてら~^^」
プンにそういい残し、オレは席を立つと自分の部屋を出る。そして、その瞬間にオレは私に戻るのだ。
階段を降りて、玄関へ。弟……潤は、ビジネスカバンを抱えてドアを閉めたところだった。
「お帰り、潤。こんな時間までどこ行ってたのよ? 心配させないでよね。あんた、頼りないんだから、ちゃんと晩御飯までに帰ってこないと余計な心配しちゃうじゃない」
「ごめんなさい、お姉ちゃん。でも、お母さんにはちゃんと電話で伝えておいたし、ぼくだって来年、高校生なんだよ? 大丈夫だよ、心配しないで」
「生意気言わないの。あんたはすぐに転んで泣いちゃうんだから、明るいうちに帰ってこないとダメ。夜の川に落ちたらどうするの? お姉ちゃん、泳げないから助けられないでしょ。わかったなら、ほら、上がりなさい。お腹すいたでしょ? 着替えて晩御飯食べちゃいなよ」
「そんなに心配しないでよ。ぼくだって、いつまでも転んでばかりいないよ。自分の足で立てるんだから……。それとぼく、ご飯は食べてきたから。それじゃ部屋に戻るね」
潤は、珍しく口ごたえすると私の脇をすり抜け、階段を昇って自分の部屋に行ってしまった。
おかしい。今日の潤はいつもと違う。自信に満ちた目と、楽しそうな笑み。何かイイ事があったのだろうか……。
面白くない。なんだか、潤が違うところに行ってしまったみたいで、疎外感を感じる。
いつも私の後ろをとてとてと、転げそうな危ない足取りでくっ付いてきた弟。転ぶたびに泣いて、慰めて手をつないで歩いたっけ。今朝、そのクセがたまたま出てしまって、渡辺くんに見られてしまった……ものすごく恥ずかしい。
潤は私にとってたった一人の可愛い弟だ。
転校する度に友人関係はリセットされるけど、家族はずっと一緒。だから、表面的にはみせないけど、とても大事にしてきた。
潤が変わっていく。それは喜ぶべきことなのかもしれない。あの子は、男の子なのに泣き虫で、気弱で、体力もなくて、口ベタだ。だから、自信を持ってくれるのは嬉しいことだ。けれど……同時に心に穴が空いたみたいで、なんだか寂しい。
私も、変わらないといけないのかな? それはもちろん、ゲームの中の『オレ』だけではなく、リアルの『私』……相羽 真理奈も。
心の中に巻き起こった小さな渦。それをそっと抑え自分の部屋に戻ると、私はオレに戻り、PCのディスプレイを覗き込んだ。




