ファッション市場のあれこれと、作者のお願い
最終話です。
ところで、
もし、またエッセイを書くことがあれば、
次は北欧ヴィンテージ陶器について熱く語ってみたいと思います。
最後は、率直に少し経済の話をしたいと思う。
経済産業省の資料によれば、1991年、日本の衣料品関連の小売市場は約15.3兆円あったという。
一方、矢野経済研究所による2024年の国内アパレル総小売市場は約8兆5,010億円。
前年比1.7%増。
なお、この二つの統計は対象範囲が異なるので、そのまま縮小率を計算することはできない。
それでも、国内市場が長期的には随分と小さくなっていることが分かる。
では、世の中から服そのものが減ったのだろうか。
否。
国内の衣料品供給点数は、1990年の約20億点から、2022年には約37.3億点に増えているという。
およそ1.9倍。
これには「そうだろう」と頷く人も多いはずだ。
市場は縮み、服の供給量は増えている。
もちろん、供給された服がすべて売れたわけではない。
しかし、ファストファッションという言葉が一般的になったように、大量生産と低価格化が進んできたことは、よく分かる数字ではないだろうか。
服は増え、手に入りやすくなった。
それなのに、私は昔ほどファッションを楽しめなくなっている。
この背景には、市場の構造そのものが関係しているのではないかと思う。
*
ここで、日本を代表する衣料品企業の話をしたい。
じゃじゃじゃん。
みんな大好き、ファーストリテイリング!
もちろん私もお世話になっている。
ウルトラライトダウンは、もう十年ほど使っている。
雑に丸めて保管できるのも良い。
キャンプのような、汚れてもいい時には最適なのも気に入っている。ただ、どうしても羽根は出てきて下に着る服を選ぶのが難点だが、仕方ないとも思う。
破格なのだから。
2026年10月8日に発表された決算によると、2026年8月期の売上収益は3兆9,633億円。
前年比16.6%増。
事業利益は7,184億円で、前年比30.4%増。
五期連続で過去最高業績を更新したという。
これ、相当強いですよね。
まだまだ躍進を続けている。
そして、柳井社長。
あの人の経営手腕もかっこいい。
しかも海外ユニクロ事業の売上収益は、前年比26.2%増。
もはや日本の衣料品店というだけではない。
世界を相手に成長を続ける巨大企業になっている。
ただ、私がユニクロに求めているのは、何より機能と気軽さなのである。
一方、かつてPRADAやMARNI、JIL SANDERに求めていたのは、突き抜けた美しさだった。
ここが違う。
安価で品質のよい服が普及したことは、素晴らしい進歩だと思う。
しかし、それによって中価格帯のブランドは、より難しい競争を強いられることになったのではないだろうか。
幾つもの看板が街中から消えていったのを、覚えている人もいると思う。
四千円のニットと二万円のニット。
似たようなデザインで、品質にもそこまで大きな違いがなければ、どちらを買うだろう。
当然、安いほうを選ぶ人が多いはずだ。
だからこそ、人は二万円の服には、二万円である理由が欲しい。
生地でも、縫製でも、パターンでもいい。
高いのなら、それなりに感動させてほしいと思うはずだ。
ところが、今は上質な日常着が、かつて憧れたデザイナーズブランドに近い価格になっている。
私が普段着として好むDES PRÉSなんて、まさにそんな状態だ。
綺麗だけれど、普通。
そんな服に何万円も支払うのは、私には少々物足りない。
服を見て息を呑むことは減った一方で、値札を見て息を呑む回数は昔より増えた。
これは結構、皮肉な話だと思う。
*
では、私が心底愛したブランドたちは、今どうなっているのだろう。
こちらも少し調べてみた。
まず、PRADA。
2025年のPRADAグループの売上収益は、57億1,800万ユーロ。
日本円で約1兆169億円。
前年比9%増だという。
さすがプラダだよね……と思ったのも束の間。
実際には、PRADAブランド単体の小売売上高は前年比1%減。
一方、MIU MIUは35%増。
グループ全体の成長と、私の好むPRADAそのものの成長は、必ずしも一致していないらしい。
MIU MIUさん、随分と元気じゃないですか。
ちなみに、ここで挙げた前年比は為替変動の影響を除いた数字である。
では、MARNIやJIL SANDERは?
現在、この二つは同じOTBグループの傘下にある。
2025年のグループ売上高は17億ユーロ。
日本円で約3,023億円。
前年比4.8%減。
残念ながら、MARNIとJIL SANDERそれぞれの売上高は、今回の公表資料では確認できなかった。
ただ、一つ発見が。
同じOTB傘下のMaison Margielaは、前年比8.4%増なのだという。
……マルジェラ。
第二話ではあれこれ書いてしまったが、こちらは着々と売上を伸ばしているらしいです。笑
もっとも、何が成長を牽引したのかまでは分からない。
そういえば以前、マルジェラの名前は知っていても、服があることは知らない若い子がいた。
今ではバッグや香水などからブランドを知る人もいるのだろう。
こういうところにも、時代の変化を感じる。
ちなみにOTBの日本市場は、2025年のグループ売上の27.4%を占めているそうだ。
日本人も、まだまだファッションにお金を使っているらしい。
どこの層にそんな余力があるのか……。
しかし、これらの数字を見ていると、ラグジュアリーブランドだからといって、どこも順調に成長しているわけではないことが分かる。
なお、ここで示した円換算は、2026年10月9日17時時点の日本銀行公表レートの中間値、1ユーロ=177.85円による概算である。
また、ユニクロは2026年8月期、PRADAとOTBは2025年12月期の決算なので、同じ期間の成績ではないことも付け加えておきたい。
*
では、なぜ高級ブランドの服は、これほど高くなったのだろう。
McKinseyとThe Business of Fashionによるラグジュアリー市場の分析が、なかなか興味深かった。
2019年から2023年にかけて、世界のラグジュアリー市場は大きく成長した。
しかし、その売上成長の80%超は、販売数量の増加ではなく、価格上昇によるものだったという。
なるほど。
そんな気はしてた。
プラダも遠くなるわけです。
もちろん、素材も人件費も高くなっている。
職人の技術を守るためにも、それなりの予算が必要だろう。
けれど、それだけではなく、高価であること自体が、ブランドの希少性を高める戦略にもなっていて、その仕組みを理解できないわけではない。
ただ、ひとつ言いたい。
服を心から愛でる人間と、服に何十万円も支払える人間は、必ずしも同じではない。
*
四話にわたって、随分と好き勝手に語ってしまいましたが、衣料品業界の今は、なんだか複雑でした。
もちろん、企業には利益が必要なのは分かります。
デザイナーにも職人にも、会社を下支えしてくれる従業員にも、相応の対価が支払われなければならない。
だから、ただ安くしてほしいと言いたいわけではないのだけど……。
私は、若い人たちにも、かつて自分が味わったようなファッションの楽しさを知ってほしいと切に願う。
憧れの服を手に入れ、袖を通し、街を歩く。
その瞬間が、記憶の中に保存されるような感覚。
そんな体験を重ねながら、着る側からもファッションという文化を支える循環が、また生まれればいいのにと思う。
過去の名作がどれほど美しくても、今を生きる若い人には、彼らの時代に生まれる美しさがあってほしい。
そして、そろそろ新しいコートが欲しいな。
お読みいただいて、ありがとうございました。
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