第94話 野党が割れたニュースを見てたら、政党交付金の話になって、ウチがなぜか熱くなってた件
「速報です。第一野党・真ん中革命連盟が事実上の解党に至りました」
議員会館の自室。
昼のコンビニスイーツ(新作の栗モンブラン)をスプーンですくっていたるる奈は、テレビ画面のテロップを見て手を止めた。
『真ん中革命連盟、分裂 民衆党・日光党が発足 旧党には議員一人のみ残留』
「えっ、真ん中革命連盟って、竹中さんが昔いたとこだよね」
「ええ。三つに分かれたようです」
デスクの竹中は、驚きもせず、ただ眼鏡を外してレンズを拭いた。
「……いずれ、こうなるとは思っていました」
「感想、軽っ! もっとこう、『古巣が!』ってならないの?」
「落選して以来、連絡一つありませんでしたので。感情は、とうに整理がついています」
御子神が、静かに茶を置いた。
「先生、他党の話です。ご自身の仕事に影響はありません」
「だよねー。ウチ、他党のことはどうでもいいし」
るる奈は、モンブランに戻ろうとした。
――が、スマホに目を落とした瞬間、手が止まった。
◇◇◇
『野党の分裂ごときに政党交付金が出るの? 全額廃止しろ』
『解党するなら返せ。税金で食ってる連中が仲間割れとか笑える』
『そもそも政党交付金なんて無駄。やめれば消費税下げられる』
SNSのトレンドが、見事に怒りで染まっていた。
「……なにこれ。みんな、政党交付金に怒ってる?」
「ええ。毎度のことです」
丸目が、苦笑する。
「うわ、何かムカつく」
るる奈の声が、低くなった。
「え?」
「ムカつくって言ったの。政党交付金、なくしたらいいとか、簡単に言うじゃん。あれなかったら、ウチ以外の普通の議員、政治活動できなくなるんだけど」
三人の秘書が、一斉に顔を上げた。
(先生が、政党交付金で怒っている……)
御子神は、わずかに眉を動かした。
「先生。一応申し上げますが、先生ご自身は、交付金を返上されていますよね」
「それは、それ。ウチは数合わせで、特に何もしてないからいいの。でも普通の議員さんは違うじゃん!事務所の家賃も、秘書さんのお給料も、チラシも、全部お金かかるって、前に教わったもん」
「覚えておられましたか」
「ウチ、やるときは覚えてるし」
◇◇◇
「では、整理しましょうか」
竹中が、ホワイトボードの前に立った。
「政党交付金の功と罪を、多角的に」
「まず、功の面から」
丸目が、先に口を開いた。
「政党交付金ができた背景には、企業・団体献金への依存を減らし、政治とカネの問題を改善する狙いがありました。公的な資金で政党活動を支えれば、特定の企業や団体の意向に左右されにくくなる、という理屈です」
「あー、それ、『お金あれば要望通る』問題への対策ってこと?」
「そうです。もし交付金がなければ、政党は献金にもっと頼らざるを得ません。お金持ちの個人や大企業の影響力は、むしろ強まるでしょう」
「だったら、それ、廃止したら逆に危なくない?」
「その懸念は、現実にあります」
御子神が、補足した。
「また、新しい政党や小さな政党にとっては、活動資金の命綱でもあります。今回の分裂で生まれた政党も、交付金があるからこそ、組織を立ち上げられる面があります」
「てことは、新しくチャレンジする人にも、チャンスがあるってこと?」
「理屈の上では」
「ただし」
竹中が、ホワイトボードに大きく『罪』と書いた。
◇◇◇
「罪の面も、挙げましょう。まず、国民が納得できない構造です」
「納得できない?」
「税金が原資なのに、支持していない政党にも、国民の負担で資金が渡ります。さらに、交付額は議員数と得票で決まるため、大政党ほど有利で、既存政党の既得権になりやすい」
「うっ……」
「次に、使い道の透明性です。報告義務はありますが、国民が実際に使途を確認するのは簡単ではありません。『何に使ったのか』が見えにくいから、不信感が生まれます」
丸目が、続ける。
「今回のように、議員がほとんどいなくなっても、一定期間は制度上、手続きが続くことがあります。それが、ネットの怒りの火種になっています」
「確かに、そこだけ見たら、確かにムカつくの分かるかも……」
るる奈は、スプーンをくわえたまま、唸った。
「ウチ、さっきまで『交付金なくなったら困る』って怒ってたのに、今、『でも、使い道見えないのはムカつく』ってなってる」
「両方が正しいのです」
御子神が、静かに言った。
「必要な面と、改善すべき面。その二つを同時に抱えている制度です」
◇◇◇
「じゃあ、廃止か存続かって、白黒つけにくいんだ」
「はい。廃止派は、税金の負担と不信感を。存続派は、政治資金の健全化と、新規参入の機会を。それぞれ、筋は通っています」
竹中が、マーカーを置いた。
「ですから、現実的な議論は、『廃止するか』ではなく、『どう改善するか』になります。使途の公開を厳格化する。分裂や解党時の扱いを明確にする。第三者のチェックを強める。そういった方向です」
るる奈は、しばらく黙っていた。
それから、ぽつりと言った。
「……ウチ、思うんだけどさ」
「はい」
「これ、国がもっとちゃんと説明するべきじゃない?」
三人の目が、わずかに見開かれた。
「だってさ、みんなSNSで『無駄だ!』って怒ってるけど、たぶん、なんで交付金があるのか、どう使われてるのか、ちゃんと知らないじゃん。ウチだって、議員になるまで知らなかったし。知らないから怒るし、知らないから、廃止って言えちゃう」
「……」
「逆に、議員側もさ、『必要だから必要なんです』って言うだけで、ちゃんと説明してなくない? お互い、情報がないまま殴り合ってるっていうか。それ、一番もったいなくない?」
御子神が、ふっと口元を緩めた。
「……先生。それは、本質的な指摘です」
「え、マジで?」
「ええ。制度への不信は、多くの場合、情報の不足から生まれます。国が分かりやすく説明し、使途を公開し、国民が自分で判断できる状態にする。それが、制度の信頼を守る最短の道です」
◇◇◇
テレビでは、ニュース番組のコメンテーターが、分裂した三党の党首の会見を伝えている。
『民衆党は、現実的な政策路線を』
『日光党は、環境と地域重視で』
『真ん中革命連盟は、一人でも理念を守ります』
「一人だけ残るって、すごいな」
るる奈は、画面を眺めながらぼそりと呟いた。
「ウチだったら、さっさと辞めて、ニートに戻るけど」
「先生は、以前からそう公言されていますね」
「うん。でもさ」
るる奈は、栗モンブランの最後の一口を、名残惜しそうに食べた。
「とにかく今後、ちゃんとお金の使い道とか、国民に説明できる未来だったらいいよね。ウチ、そこだけは、ちょっと思う」
窓の外には、いつもの夕暮れが広がっていた。
その永田町の空の下で、また一つ、政党が生まれ、一つが消えていく。
るる奈は、そんな世界の片隅で、「政党交付金」という言葉の重さを、少しだけ噛みしめていた。




