第92話 妹のためなら、国会議員クビになっても戦うから覚悟して!!
「――はい、はい……。 分かりました。よろしくお願いします」
電話を切ったるる奈は、竹中に向かって、緊張した面持ちで報告した。
「校長、副校長、担任の先生で対応するって。今日中に、保護者との面談を希望してるって言われた」
「分かりました。それでは、すぐに向かいましょう」
竹中とるる奈は、そのまま学校へと向かった。
校門の前では、母親の冬子がすでに待っていた。
「るる奈……」
「お母さん……」
冬子の顔には、隠しきれない疲労と心配の色が浮かんでいた。
「りり華、ずっと様子がおかしかったのに、私、気づいてあげられなくて……」
「お母さんのせいじゃないよ。ウチが、原因なんだから」
るる奈は、拳をぎゅっと握りしめながら、そう言った。
三人は無言のまま、校舎の中へと足を踏み入れた。
校長室へと向かう廊下の途中だった。
「――千道先生」
どこか緊張を帯びた声が、るる奈たちを呼び止めた。
「……あなたは」
振り返ると、そこに立っていたのは、金の縦巻きロールを揺らした、見るからにお嬢様然とした女子生徒だった。
「わたくし、薔薇ノ宮礼子と申します。りり華さんの、クラスメイトですわ」
「――薔薇ノ宮、さん」
るる奈は、思わずその名前を繰り返した。
りり華から、時折「クラスにいる、すごいお嬢様の子」という話を聞いたことがあったのを、思い出した。
「千道先生。少々、お話ししたいことがございますの」
礼子は、まっすぐにるる奈を見つめながら、そう切り出した。
「竹中さん、お母さん……。先に、校長室行っててもらっていい?」
るる奈がそう言うと、竹中と冬子は、一瞬視線を交わした後、静かに頷いた。
「分かりました。先に伺っております」
二人が校長室へと向かうのを見送った後、礼子はるる奈と向き合った。
「――単刀直入に、申し上げますわ」
礼子は、いつもの高飛車な口調を抑え、真剣な表情で語り始めた。
「りり華さんへの嫌がらせの発端は、わたくしですの」
「……え?」
「わたくし、興味本位で、りり華さんに『あなたのお姉様は、千道るる奈先生ではありませんこと』と、教室で尋ねてしまいましたの。その会話を、愛さん、舞さん、美依さんという三人組が、たまたま耳にしていたのですわ」
礼子は、悔しさを滲ませながら続けた。
「それ以来、あの三人が、千道先生への揶揄や誹謗を口実に、りり華さんへの嫌がらせを始めましたの。闇金議員の妹だとか、反日一家だとか、あるいは『エリート様の妹さん、偉いですね』などという、嫌味な褒め殺しまで……」
「……」
るる奈の中で、じわりと抑えきれない怒りが込み上げてくるのが分かった。
「わたくし、一度、あの三人に注意いたしましたの。ですが、逆に開き直られてしまい……。 りり華さんは『大丈夫』と気丈に振る舞っていましたが、正直限界が近いのは、傍から見ていても明らかでしたわ」
礼子は、拳をぎゅっと握りしめた。
「わたくしの、軽率な発言が発端であることは、重々承知しておりますの。本当に、申し訳ございません」
礼子は、深々と頭を下げた。
「――薔薇ノ宮さん」
るる奈は、静かに口を開いた。
「頭、上げて」
「……はい」
「あなたが謝ることじゃないよ。あなたは、ただ、ウチのことを聞いただけでしょ。悪いのは、それを口実にりり華をいじめた、その三人組だから」
るる奈の声は、いつになく落ち着いていた。
だが、その瞳の奥には、静かで確かな怒りの炎が宿っていた。
「教えてくれて、ありがとう。ウチ、ちゃんと、ケジメつけてくる」
「千道先生……」
礼子は、るる奈のまっすぐな眼差しに、思わず息を呑んだ。
――と、その時だった。
廊下の角から、見覚えのある三人組の女子生徒が、談笑しながら歩いてきた。
「愛、舞、美依……」
礼子が、小さく呟いた。
三人は、るる奈と礼子の姿に気づき、一瞬足を止めた。
「あれ、この人、誰?」
愛が、怪訝そうな顔で、るる奈を見た。
「まさか……。りり華さんの、お姉さんですか?」
舞が、にやりと笑みを浮かべた。
「うわ、本物じゃん。テレビで見たことある。闇金議員だっけ」
美依が、悪びれもせずに、そう言い放った。
「――」
その瞬間、るる奈の中で何かが切れた。
「――てめえら――ッ!!」
るる奈は、衝動的に三人に向かって足を踏み出した。
普段の、能天気で人懐っこいるる奈とは、まるで別人のような、剥き出しの怒気。
闇金の事務所で震えていた頃の弱々しさも、外務省で泣きじゃくっていた頼りなさも、そこには微塵も残っていなかった。
あるのはただ、大切な妹を傷つけられたことへの、純粋な怒りだけだった。
「――先生!!」
礼子が、思わず声を上げた。
愛、舞、美依の三人も、突然の剣幕に明らかに怯んだ様子を見せた。
「……ぐっ」
るる奈は、三人に手を伸ばすその寸前で、無理矢理足を止めた。
拳を握りしめたまま、肩で荒く息をしながら、るる奈は歯を食いしばった。
(……ダメだ。ここで手を出したら、逆にウチが責められて終わる。それに、りり華だって、悲しむ)
るる奈は、震える拳をなんとか下ろした。
「……あなたたち」
るる奈は、芯の通った声で三人に向き直った。
「ウチのこと、闇金議員でも、反日でも、なんとでも言っていい。ウチは、それだけのことをしてきた自覚あるから」
るる奈の声は、震えながらも確かな強さを帯びていた。
「でも――」
るる奈は、三人をまっすぐに見据えた。
「りり華は、関係ない。あの子は、真面目に勉強して、真面目に生きてきただけの、ただの高校生だから」
「……」
愛、舞、美依の三人は、無言のままるる奈の言葉を聞いていた。
「ウチは、国会議員として、今後もいろんなこと言われると思う。それは、甘んじて受ける。でも……」
るる奈は、胸元の議員バッジにそっと手を添えた。
「この議員バッジにかけて――。 ウチの妹を、これ以上いじめることは、絶対に許さない」
るる奈の声には、それまでとは違う確かな重みがあった。
「もし、これ以上続けるっていうなら、ウチは議員としての立場も、なりふり構わず全部使う。クビになろうがなんだろうが、構わない。そのつもりで、覚悟しておいて」
その言葉は、決して脅しではなかった。
るる奈の、ただ純粋な妹を守りたいという想いから出た、覚悟の表明だった。
「……」
愛、舞、美依の三人は、しばし顔を見合わせた後、気まずそうに視線を逸らした。
「……べ、別に、そんな、大したことしてないし」
愛が、小さく呟きながら、じりじりと後ずさった。
「じゃ、じゃあ、あたしたち、教室戻るんで……」
舞と美依も、逃げるようにそそくさとその場を後にした。
三人の後ろ姿が、廊下の向こうへと消えていくのを見送りながら、るる奈は大きく息を吐いた」
「……はぁ」
「先生……」
礼子が、呆然とした様子でるる奈を見つめていた。
(……なんですの、この人。あれほどの修羅場を正面から堂々と、しかも冷静に切り抜けて……)
礼子は、るる奈の中にこれまで抱いていた「頼りないギャル議員」というイメージとは、まるで違う一面を見た気がした。
「薔薇ノ宮さん。教えてくれて、本当にありがとう」
るる奈は、いつもの少し照れくさそうな笑顔に戻りながら、そう言った。
「い、いえ……。 わたくしこそ、何もできず、申し訳ございませんでしたわ」
「ううん、十分だよ。あなたが教えてくれなかったら、ウチ、りり華の異変にもっと気づくの遅れてたと思う」
るる奈はそう言うと、校長室へと向かって歩き出した。
「――それじゃ、ウチ、行くね」
「あ、あの、千道先生」
礼子が、思わず呼び止めた。
「なに?」
「……りり華さんのこと、どうか、よろしくお願いいたしますわ」
礼子は、素直な言葉でそう告げた。
「うん、任せて」
るる奈は力強く頷くと、校長室へと続く廊下を、まっすぐに歩いていった
その日以降、愛、舞、美依による、りり華への嫌がらせは、ぴたりと止んだ。
教室には、以前のようなりり華の静かな笑顔が、少しずつ戻り始めていた。
議員会館の自室で、その日の夜。
「――りり華、大丈夫だった?」
るる奈は、スマホ越しに、妹の声を聞きながら、静かに安堵の息を漏らした。
「うん……。 お姉ちゃん、ありがとう」
「ウチこそ、ごめんね。ウチのせいで、辛い思いさせて」
「お姉ちゃんのせいじゃないよ。悪いのは、あの子たちだから」
りり華の声には、少しずつ以前の明るさが戻り始めていた。
「……りり華」
「なに?」
「これから何かあったら、絶対、一人で抱え込まないで。すぐ、ウチに言って」
るる奈は、真剣な声でそう告げた。
『……うん。本当にありがとう、お姉ちゃん』
電話を切った後、るる奈はしばし窓の外の夜景を、静かに見つめながら、そっと胸元の議員バッジに触れた。
(この先も、この議員バッジに恥じないように、動かなきゃいけないね)
その決意を胸に、るる奈は静かに窓の外の夜景を、いつまでも見つめ続けていたのだった。




