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第90話 選挙プランナー薔薇ノ宮礼子「このニートギャル、わたくしが勝たせてみせますわ!」

「――スペシャルモード。『2026鷹町旋風』ですって?」


 さらに、後日の礼子の自室。


 真ん中革命連盟での棚ぼた当選を経験したばかりの礼子は、タブレットのトップ画面に表示された、新しいアイコンに目を留めた。


【期間限定スペシャルモード:2026鷹町旋風『あの熱狂を、追体験せよ』】


「あら……。なんだか、意味深なタイトルですわね」


 礼子は、興味本位でタップした。

 画面が切り替わると、ずらりと立候補者一覧が表示される。


「ふふん、前回の経験でわたくしは、選挙のイロハを完全に修得した身。誰を担いでも、見事当選へと導いて見せますわ!」


 礼子は、金の瞳を輝かせながら、まるで名将か軍師のような口ぶりで、候補者リストをスクロールしていった。


 ――と、その手が、ふと止まった。


「……は?」


 リストの中に、明らかに異彩を放つ一人の候補者がいた。


【民自党 比例単独 東京ブロック 千道るる奈(25)】


 元ニートギャル。政治経験ゼロ。

 銀髪エクステに、毒々しいピンクの長ネイルで、どこからどう見ても永田町とは無縁のギャルが、ギャルピースでにっこり笑っている。


「……な、なんですの、この立候補者は……!?」


 礼子は、思わず画面に顔を近づけた。


「他の候補者は、立派な経歴をお持ちですのに……、この方だけ、明らかに場違いですわよ!しかも、ニートって……?」


 周囲の候補者たちのプロフィールには、


【元官僚】


【弁護士】


【地方議員経験10年】


【元大手企業役員】


 といった、いかにも政治家らしい経歴が、ずらりと並んでいる。

 その中で、千道るる奈という名前だけが、あまりにも浮いていた。


「……ふ、ふふ……。これはこれで、面白いですわ」


 礼子の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。


「このような、明らかに『当選する要素ゼロ』の候補者を、このわたくしが百戦錬磨の選挙プランナーとして、見事当選に導いて差し上げましょうではありませんの!」


 礼子は、これまでの経験――無所属での惨敗、党利党略に振り回された虚無の当選、そして棚ぼた復活当選――で培った(つもりの)選挙のノウハウを総動員するつもりで、意気揚々と「千道るる奈」を選択した。


「ふふふ、見ていらっしゃい。このわたくしが、ニートギャルを国会議員に押し上げる、鮮やかな逆転劇を演出して差し上げますわ!」


 ――だが、


 プレイ画面が切り替わった瞬間、礼子の顔から笑みが消えた。


【選挙区:東京比例単独】


【選挙運動:実施不可】


「……は?」


 礼子は、画面を何度もタップした。

 街頭演説のボタンも、ポスター掲示のボタンも、SNS広報のボタンも――すべて、グレーアウトされたまま、一切反応しない。


「な、なんですのこれ!?選挙運動、一切何もできませんの!?」


 慌ててヘルプボタンを押すと、簡素な説明が表示された。


【ヘルプ】比例単独候補は、小選挙区に立候補していないため、個人としての選挙運動はできません。


「……そ、そんな……」


 礼子は、愕然としてタブレットを取り落としそうになった。


「わたくしが、選挙プランナーとして采配を振るう余地が、全くありませんの……!?」


 画面には、代わりに「日常コマンド」なるものだけが、ぽつんと表示されていた。


【本日の千道るる奈】

・自宅で寝る

・コンビニでアイスを買う

・スマホでSNSを見る

・家族と談笑


「……」


 礼子は、しばし無言で画面を見つめた。

 SD化されたるる奈が、画面の中のベットの上で、ゴロゴロと寝転がっている。

 実に、緊張感の無いSDるる奈である。


「……こ、これしか、選べませんの……?」


 礼子は、恐る恐る【コンビニでアイスを買う】をタップした。


 SDるる奈が、コンビニに向かい、アイスを一つ買って、また自宅に戻ってくる。

 支持率にも、資金にも、何一つ変化はなかった。


「……なんですの、この、選挙とは名ばかりの、不毛な日常シミュレーターは……!」


 礼子は、頭を抱えた。

 あの雨の日、マイクを握りしめてドブ板選挙に奮闘した日々も、党利党略に振り回されながらも支持率を積み上げていった日々も、今の礼子にとっては、まだ戦っている実感があった。


 だが、今回はただひたすら、画面の中のニートギャルが寝たり起きたりアイスを食べたりするのを、無為に見守り続けるだけ。


「これでは……。落選まっしぐらですわ……!」


 礼子は、日を追うごとに募る焦燥感を抱えながら、それでも他に打つ手がないため、渋々【スマホでSNSを見る】【家族と談笑】といった、代わり映えのしないコマンドを繰り返し続けた。



 そして、投票日の当日。

 礼子は、もはや諦めの境地で、開票速報を見つめていた。


『ジャジャン! 衆院選開票速報です!』


「……はぁ。どうせ、この方は落選確定でしょうけれど……」


 礼子は、ため息交じりに呟いた。


「比例単独候補が当選するためには、確か――所属政党が、東京都内の小選挙区、全30議席すべてを制するほどの場合のみ、比例名簿の重複立候補者による『復活枠』がほぼ発生しない、という特殊な条件でしたわね」


 礼子は、これまでの経験で身につけた知識を、静かに思い出した。


「全30区で民自党が完全勝利……? そんな都合の良いこと、現実世界で起こり得ませんもの。普通に考えれば、どこかの選挙区で野党候補が競り勝ち、比例復活枠が発生し、そちらに議席が吸収されて、この方は圏外に消えるだけですわ」


 礼子は、すっかり結果を見切ったような口ぶりで、画面を眺めていた。


『――東京1区、当確! 民自党・現職候補!』


「……はいはい、順当ですわね」


『――東京2区、当確! 民自党・新人候補!』


「……ふぅん」


『――東京3区、当確! 民自党・現職候補!』


「……あら?」


 礼子の眉が、わずかにピクリと動いた。


『――東京4区、当確! 民自党!』


『――東京5区、当確! 民自党!』


『――東京6区、当確! 民自党!』


「……ちょ、ちょっと待ちなさいまし」


 礼子は、画面に顔を近づけた。

 東京都内の小選挙区が、次々と、まるでオセロのように、民自党候補の当確テロップで埋め尽くされていく。


『――東京15区、当確!』


『――東京20区、当確!』


『――東京25区、当確!』


「な……なんですの、この、異常な勢いは……!?」


 礼子は、思わずベッドの上で立ち上がった。

 画面の隅には、選挙特番のコメンテーターらしきキャラクターが、興奮気味にコメントを発している。


【特番コメンテーター】「これは前代未聞です!鷹町総理率いる民自党が、東京都内の小選挙区で、まさかの全区独占の勢いを見せています!」


「そ、そんな馬鹿な……!そんなこと、あり得ませんわ!」


 礼子は、悲鳴に近い声を上げた。

 だが、開票が進むにつれ、テロップは止まらなかった。


『――東京29区、当確!』


『――東京30区、当確! これにて、東京都内小選挙区、民自党の完全制覇が確定しました!』


「――ッ!!」


 礼子は、口をあんぐりと開けたまま、しばし固まった。


「う、嘘ですわ……。本当に、全30区、独占ですの……!?」


 画面には、確定情報として、


【東京都内小選挙区:民自党 全30議席完全制覇】


【比例代表 東京ブロック:重複立候補者による復活当選 該当者なし】


【比例単独候補:全員当選確定】


 という、非常に淡々とした、しかし礼子にとっては衝撃的な文字が表示されていた。


「……ということは……」


 礼子は、震える指で、千道るる奈のステータス画面をタップした。


【当選】千道 るる奈(民自党・比例単独・東京ブロック)


「――当選ですって――ッ!?」


 礼子は、思い切り叫んだ。


 画面には、SD化されたるる奈が、自室のベッドの上で、ぴょんこぴょんこと、飛び跳ねながら万歳している。


『やったー!ウチ、当選ー!うぇーい!』


「な、なんですのこの緊張感の欠片もない万歳ポーズは……!」


 礼子は、頭を抱えながら、画面のるる奈を睨みつけた。


「わ、わたくし、選挙プランナーとして、何一つ、していませんのよ……!? ただ、アイスを買わせて、SNSを見させて、家族と談笑させていただけですのに……!」


 礼子は、あまりの理不尽さに、ベッドの上でジタバタと悶えた。


「名簿に登録されただけの候補者が、当選するだなんて……! 絶対の絶対に、納得できませんわ――ッ!!」


 しばらく、礼子は一人で悔しさを爆発させ続けた。

 だが、ふと、その怒りが静まったところで――


(……あら?待ちなさいまし)


 ふと、礼子はスマホで検索した。


【供託金:比例単独 600万円】


(も、もし、わたくしに、600万円の資金と、比例単独という枠がありましたら――)


 礼子の中で、あり得たかもしれない、もう一つの「もしも」の妄想が、むくむくと膨らみ始めた。


(わたくしも、民自党に比例単独で立候補して、あとはただ、優雅にお茶を飲みながらタブレットを眺めているだけで、民自党が東京で全勝さえすれば……。わたくしも、当選できていたのでは……?)


「……い、いえ! そんなはずありませんわ!」


 礼子は、慌てて自分の妄想を打ち消すように、首をぶんぶんと横に振った。


「わ、わたくしは、正々堂々、実力で当選を勝ち取る人間ですのよ!こんな、運任せの当選など……!」


 そう強がってはみたものの、礼子の脳裏には、


(600万円、あればよかったですわ……。正直、羨ましいですわ)


 という、実に不毛な本音が、いつまでも頭にこびりついて、離れないのだった。

 画面の中では、当選を喜ぶSDるる奈が、変わらず能天気に万歳を繰り返している。

 その無邪気な姿を、礼子は複雑な表情のまま、いつまでも見つめ続けていたのだった。

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