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第89話 薔薇ノ宮礼子の納得しましたわ。(選挙ゲームで)与党の看板で圧勝しましたけど理想ゼロで虚無になり、「復活当選は甘え」は撤回と、葛藤と現実の間で

 後日、自室で礼子は、タブレットの新規プレイ画面と睨み合っていた。


「薄々感じていましたが、やはり無所属で挑むから、あのような屈辱を味わうことになりますの。ならば、今回はあえて政党の看板を借りてやりますわ!」


 礼子は迷わず、与党「民自党」の公認候補としてのプレイを選択する。

 選挙区は、地元「東京小選挙区Q8ブロック」。

 画面には、前回の悪夢とはまるで違う数字が並んでいた。


【後援会組織:かなりの人数】


【地元支部事務所:3拠点】


【推薦団体:商店街連合会、医師会、建設業協会、町内会連合、地元県議・市議団】


【選挙資金:貸付枠 5,000万円】


「あら……、ずいぶんと、恵まれておりますわね」


 礼子の金の瞳が、満足げに細められる。

 前回、たった一人で雨の中マイクを握り、誰にも見向きもされなかった悲惨な記憶が、まだ生々しく残っている。

 それに比べれば、今回は最初から地盤も看板も鞄も揃った、まさに「王道」のスタートだった。


「ふふん、これでこそ、わたくしに相応しい舞台ですわ!」


 礼子は上機嫌で、政策入力画面を開いた。


「わたくしの政策は、当然『若者への投資』ですわ!」


 礼子は迷わず、


【若者向け奨学金の抜本的拡充】


【新卒・若手世代の家賃補助制度】


【デジタル世代に向けた行政サービスの完全オンライン化】


など、若年層向けの政策パッケージを打ち込んだ。


「――これぞ、時代の閉塞感に苦しむ若者たちに、希望の光を灯す政策ですわ!路上でも、 SNSでも、絶対にバズりますわよ!」


 礼子が意気揚々と「政策発表」ボタンを押そうとした、その瞬間だった。


 画面に、いかつい強面の男のアイコンがドンと表示された。


【福島選対委員長】「――お嬢さん、ちょっと待ちなさい」


「……は?」


 礼子は思わず、タブレットの画面を二度見した。


【福島選対委員長】「その政策、誰の許可を取った?」


「だ、誰の許可も、必要ないでしょう! わたくしの政策ですのよ!」


【福島選対委員長】「甘い。甘すぎる。うちの党の公認で出る以上、勝手なことは許さん」


 福島選対委員長――強面で、額に深い皺の刻まれた、いかにも「叩き上げ」といった雰囲気の男のイラストが、画面いっぱいに表示される。


【福島選対委員長】「いいか、若者向けの政策なんぞ、票にならん。若い連中は投票率が低い。ふわふわしたSNSの『いいね』が票に変わるわけじゃないんだ」


「な……! そんな、身も蓋もない……!」


【福島選対委員長】「うちの選挙区で勝ちたいなら、商店街、医師会、建設業界、町内会――固定票をガッチリ固めるのが先決だ。挨拶回りに専念しろ」


「あ、挨拶回り……」


【福島選対委員長】「それと、こっちで派遣した秘書の御子神の言うことだけ聞いておけばいい。余計なことは考えるな」


「わ、わたくしの政策は、どうなりますの!?」


【福島選対委員長】「党の方針が最優先だ。個人の理想より、党利党略が先。それが分からんなら、公認候補失格だ」


 画面に表示された、あまりにも身も蓋もない、あまりにも現実的な言葉の数々。

 礼子は、思わずタブレットを持つ手を震わせた。


「な……なんですの、この、夢も希望もない選挙システムは……!」


 だが――


 礼子が【若者向け政策を発表する】のコマンドをタップしようとしても、なぜかそのボタンはグレーアウトされ、押すことができなかった。


 選べる選択肢は、


【商店街への挨拶回り】


【医師会への表敬訪問】


【建設業協会との懇談会】


【町内会長への挨拶回り】


 の四択のみ。


「……え? こ、これ以外、選べませんの……?」


 礼子は、何度も画面をタップしたが、若者向け政策のボタンはうんともすんとも反応しなかった。

 まるで、最初からそういう仕様であるかのように。


「くっ……。こ、これが、党公認というものの正体ですの……?」


 礼子は、悔しさに唇を噛みしめながらも、渋々【商店街への挨拶回り】をタップした。


 ――そこから始まったのは、まさに御用聞きそのものだった。


『商店街の福引きの景品、そちらの支部から予算出してもらえるんだよね?』


『医師会の診療報酬、次の改定でこっちに有利にしてもらわなきゃ困るよ』


『あの再開発案件、うちの建設会社にちゃんと仕事回してくれるんだろうね』


『町内会の夏祭り、また補助金出るんだよね、先生』


 次から次へと、地元有力者たちからの「要求」が、画面いっぱいに流れてくる。


「……こ、これ全部、承諾しないと駄目ですの?」


 礼子が恐る恐る「拒否」の選択肢を探そうとするが、そこにもまた、選べるボタンは【承諾する】の一つしかなかった。


「な、なんなんですの、この一本道の選択肢は……!」


 礼子は、ぶつぶつと文句を言いながらも、次々と要求を飲み込んでいく。


【商店街への予算配分:承諾】


【医師会への便宜供与:承諾】


【建設業界への公共事業配分の約束:承諾】


【町内会補助金の増額:承諾】


 支持率のメーターは、じわじわと確実に上昇していった。


「……気持ち悪いですわ。わたくしの政策は一つも語っていないのに、支持率だけがどんどん上がっていく……」


 礼子は、複雑な表情でその数字を見つめた。

 闘志を燃やして掲げた「若者への投資」という理想は、選挙戦の現場では見向きもされず、代わりに地元有力者たちへの利益誘導だけが、着々と積み上がっていく。


「……こんなの、選挙と呼べますの?ただの、御用聞き巡回ではありませんの……」


 礼子は、たまらず福島選対委員長のアイコンに向かって、抗議のメッセージを打ち込んだ。


「福島選対委員長!わたくし、正直、こういう党利党略優先のやり方には、納得がいきませんわ!」


 すると、間髪入れずに返信が来た。


【福島選対委員長】「――納得できないなら、公認取り消しだ」


「……え」


【福島選対委員長】「言っておくが、選挙資金の5,000万円は、党からの『貸付』だぞ。公認取り消しになれば、当然、全額耳を揃えて返してもらう」


「……は?」


 礼子は、思わずタブレットを落としそうになった。


「か、貸付……?あ、あの資金、貸付だったんですの……!?」


 礼子は、慌てて画面の隅にある「選挙資金の詳細」を確認した。


 そこには、小さな文字で――


【選挙資金:5,000万円(民自党東京都連よりの貸付。当選後、段階的に返済義務あり)】


 と、しっかり明記されていた。


「な……、なんですのこれえええええええッ!?」


 礼子は、頭を抱えてベッドに突っ伏した。


(公認で出たら出たで、5,000万円もの借金を、背負わされますの!?あり得ませんわ……)


 辞めたくても、辞められない。

 もし今ここで理想を貫いて公認を蹴れば、待っているのは5,000万円という、想像を絶する借金地獄。


「……うう、詰んでますわ……。完全に、詰んでおりますわ……」


 礼子は、震える指で、渋々と【福島選対委員長の指示に従う】のボタンをタップした。


【福島選対委員長】「賢明な判断だ。分かればいい。あとは、秘書の御子神の言う通りに動け」


 画面に表示された御子神(ゲーム内秘書)のアイコンが、いつも通りの無表情で頷いた。


【秘書・御子神】「先生、以後は党の方針に完全に従っていただきます。演説内容も、こちらで用意した原稿通りにお願いします」


「う、うう……」


 礼子は、涙目になりながらも、頷くしかなかった。


 そして、街頭演説の日。

 礼子の手元には、御子神が用意した「原稿」が渡された。

 そこには、

『鷹町政権の経済成長路線を、地元の商店街・医療・建設業に、確実に還元してまいります!』


『若者支援?もちろん重要ですが、それ以上に、まずは地域経済の安定が最優先です!』


 という、礼子の理想とはかけ離れた、党の方針そのままの内容が並んでいた。


「こんなの……、わたくしの言葉じゃありませんわ……」


 礼子は、ぶつぶつと文句を言いながらも、渋々マイクを握った。


「え、えー……。鷹町政権の経済成長路線を……地元の……皆様に……」


 最初は、棒読みで覇気のない声だった。


 だが――


「おおー!礼子ちゃん、頑張れー!」


「東京Q8の星!礼子先生ー!」


 沿道から沸き起こる、地元有力者たちが動員した温かい歓声。

 礼子は、思わずその声に、ハッとした。


「わ、わたくしを……応援して、くださってますの……?」


 礼子は、少しずつ声のトーンを上げていった。


「地元の皆様の暮らしを、必ず守り抜きますわ! 商店街の活性化、医療の充実、そして地域の安全のために、全力を尽くしますことをお約束いたします!」


 演説内容は、あくまで党の方針そのまま。

 礼子自身の理想である「若者支援」は、一言も語られない。


 それでも――


「礼子先生ー!頑張ってー!」


「その調子だー!」


 沿道の拍手と歓声が、次第に大きくなっていく。


(……な、なんですの、この、快感は……!)


 礼子の胸の奥に、じわじわとした高揚感が広がっていった。

 無所属の時、誰にも見向きもされずマイクに向かって虚しく叫んでいたあの日々とは、まるで別世界。

 大勢の人々の前で語りかけ、拍手と歓声を浴びるその快感は、礼子の中に眠っていた「承認欲求」を、見事に刺激していた。


「ふ、ふふ……。これが……選挙演説というものですのね……!」


 礼子は、内容の空虚さなど忘れたかのように、すっかり悦に入った表情でマイクを握りしめていた。


(内容はともかく……この、大勢に称賛される感覚……悪くありませんわ……。 いえ、むしろ……最高ですわ……!)


 金の縦巻きロールを揺らしながら、礼子は誇らしげに手を振り続けた。



 そして、投票日当日。

 礼子は、前回の苦い経験――SNSでの投票依頼による逮捕劇――を教訓に、今回は一切のSNS投稿を、封印していた。


「今回は、もう十分に地盤も固まっておりますし……。当日の広報など、必要ありませんわね」


 余裕の表情で、礼子はタブレットを眺めながら、開票速報の時間を待っていた。


 午後8時。


『ジャジャン! 衆院選開票速報です! 開票率0%――』


 カウントダウンタイマーが、再び踊る。


 5―― 4―― 3―― 2―― 1―― 0!


 『ピロリン♪』


【当確】東京小選挙区Q8 薔薇ノ宮 礼子(民自党・新)


「……当選、ですわね」


 礼子は、画面をじっと見つめながら、ぽつりと呟いた。

 前回の落選、逮捕、そして絶望を思えば、当選という結果自体は喜ばしいはずだった。

 だが――。


「……あれ?なんですの、この、しらけた気持ちは……」


 ゼロ打ちで当確が出た瞬間の、あの高揚感は、なぜか湧いてこなかった。

 組織票と地盤と看板と金――それらが揃っていれば、当選するのは当たり前。

 まるで、最初から結果が決まっていたゲームを、ただなぞっただけのような、奇妙な虚無感が、礼子の胸に広がっていた。


「……まあ、当選は当選ですわ。ここから、わたくしの理想の政策を、いよいよ実現して差し上げますわよ!」


 礼子は、気を取り直すように、拳を握りしめた。

 その直後、画面に表示されたのは、福島選対委員長からの、念押しのメッセージだった。


【福島選対委員長】「当選おめでとう。だが忘れるなよ、これからも党の方針に従ってもらう。若者支援だのなんだの、勝手な政策は一切許さんぞ」


「……え」


 続けて、秘書・御子神からのメッセージも表示される。


【秘書・御子神】「まずは、当選おめでとうございます、先生。そして、先生には、これより先も全て民自党の方針を最優先に動いていただきます。個人的な政策の発表は、党の許可なく行うことは一切できません」


「……」


 礼子は、しばし無言のまま、画面を見つめ続けた。


(……あれ?わたくし、当選、しましたのよね……? なのに……何一つ、自由になっておりませんわ……)


 金の瞳から、すっかり先ほどまでの高揚感は消え失せていた。


「……当選しても、これでは……、意味が、ありませんのでは……」


 礼子は、力なくタブレットをベッドの上に置くと、天井を見上げながら、深いため息をついた。


「……選挙とは、勝てばそれで終わり、というものではありませんのね……」


 ゲーム内では、当選のファンファーレが、遠く響いていた。

 だが、その音楽すらも、なぜか礼子の耳には、どこか虚しく聞こえるのだった。



さらに、後日の礼子の自室。

 民自党公認としての「当選しても虚しい選挙」を終えたばかりの礼子は、タブレットの新規プレイ画面を前に、ふと考え込んでいた。


「わたくし、気づきましたのよ。党利党略に縛られた与党公認では、わたくしの理想は実現できませんわ」


 金の瞳に、静かな決意が宿る。


「ならば、今度は第一野党『真ん中革命連盟』ですわ!自由な理想を掲げる政党で、わたくしの若者支援政策を、心置きなく叫んで差し上げますわよ!」


 礼子は迷わず、真ん中革命連盟の公認候補としてのプレイを選択する。

 選挙区は、地元「東京小選挙区Q8ブロック」。

 画面には、前回の民自党公認とはまた違う、しかし前々回の無所属時代よりはマシな数字が並んでいた。


【後援会組織:ある程度の人数】


【地元支部事務所:1拠点】


【推薦団体:市民団体連合、労働組合の一部、学生ボランティアネットワーク】


【選挙資金:貸付枠 800万円】


「……あら。 思ったより、こじんまりしておりますわね」


 礼子の眉が、わずかにピクリと動く。

 与党の5,000万円という潤沢な資金を見た後だと、800万円という数字は、いかにも心もとなく映った。


「まあ、良いですわ!資金の多寡ではなく、理念の正しさで勝負するのが、真の政治家というものですもの!」


 礼子は、意気揚々と政策入力画面を開いた。


「わたくしの政策は、当然――『若者への投資』ですわ!」


 今度は、福島選対委員長のような邪魔者はいない。

 礼子は、堂々と、


【若者向け奨学金の抜本的拡充】


【新卒・若手世代の家賃補助制度】


【気候変動対策と再生可能エネルギーへの大胆な投資】


【多様性を尊重する社会保障制度】


 という、リベラルかつ若者に寄り添った政策パッケージを、思う存分打ち込んだ。


「ふふん!これぞ、わたくしの理想!誰にも邪魔されず、堂々と発表できますわ!」


 画面には、支援団体からのコメントが表示される。


【市民団体連合】「素晴らしい政策です!ぜひ、応援させてください」


「ご覧なさい!このように、正しい政策には、正しい支持が集まるものですのよ!」


 礼子は、鼻高々に胸を張った。

 ――だが、選挙戦が進むにつれ、礼子はじわじわと現実の壁にぶつかり始めた。


【世論調査:無党派層の支持率:3%】


「……え? 3%?」


 礼子は、思わず画面を二度見した。


「わ、わたくしの政策、そんなに響いておりませんの……?」


【秘書AI】「無党派層の多くは、理念よりも生活実感を重視する傾向にあります。抽象的な理想論だけでは、なかなか届きません」


「そ、そんな……。こんなに、正しいことを言っておりますのに……」


 一方で、画面の別の欄には、わずかながら希望の光も見えていた。


【10代・20代支持率:22%(上昇中)】


「あら……!若い方々には、多少響いておりますわね!」


 礼子は、少しだけ気を取り直した。

 だが、その数字を冷静に見つめ直すと、


(……22%ですか。悪くはありませんけれど……、これだけで、当選ラインに届きますの……?)


 という、拭いきれない不安が、心の奥に残った。

 与党候補の「3バン(地盤・看板・鞄)」の分厚さと比べれば、市民団体中心の支援基盤は、あまりにも心もとなかった。

 支援団体からの要求も、当然のようにやってくる。


『我々の団体の主張を、もっと前面に押し出してほしい』


『選挙後は、この条例改正案に、必ず賛成してくださいね』


『集会には、必ず毎回顔を出してくださいよ』


「うっ……。これは、まあ、理解できますわね……」


 礼子は、渋々ながらも、大半の要求には頷いていった。

 だが、中には――


『我々の団体が推す、この過激な主張にも、全面的に賛同していただけますね?』


 という、礼子自身の信条とはやや相容れない、極端な要求も含まれていた。


「……これは、さすがに、納得いきませんわ」


 礼子は、珍しく【一部拒否】のボタンをタップした。

 与党プレイの時とは違い、今回はきちんと拒否の選択肢が存在していた。


【市民団体の一部】「残念です……。全面的な支持は、難しくなるかもしれません」


「くっ……。支援を失う覚悟がなければ、信条も貫けませんのね……」


 礼子は、支持率がわずかに目減りしていくのを、歯を食いしばりながら見つめた。



 そして、投票日当日。


『ジャジャン! 衆院選開票速報です!』


 開票が進むにつれ、画面の数字は、じりじりとした接戦を映し出していた。


【東京小選挙区Q8ブロック 開票速報(途中経過)】


 薔薇ノ宮 礼子(真ん中革命連盟・新):50000票

 現職候補(民自党):70000票


「……あ、あと少し……!あと、ほんの少しですのに……!」


 礼子は、画面に食い入るように顔を近づけた。

 開票率が進むごとに、その差はわずかに縮まっていくが――


【開票率100%】


【当選】現職候補(民自党・新)


【落選】薔薇ノ宮 礼子(真ん中革命連盟・新)


「……っ!!」


 礼子は、ベッドの上でがっくりと肩を落とした。


「ああああ、あと一歩でしたのに……!本当に、あと一歩で……!」


 礼子は、悔しさのあまり、タブレットの画面をペチペチと叩いた。


(対立候補、確か複数出ておりましたわよね……。わたくしと、他の野党候補の票を合計したら……)


 礼子は、改めて詳細な得票データを確認した。


【対立候補の得票内訳】


現職(民自党):98000票


薔薇ノ宮礼子(真ん中革命連盟):75000票


※参考:礼子+泡沫野党候補の合計 99000票


「――ご覧なさい!!」


 礼子は、勢いよく立ち上がった。


「泡沫候補の方!あなたが潔く身を引いて、わたくしに一本化していれば、わたくしが勝っておりましたのよ!?なぜ、勝ち目もない選挙に、意地でも出続けますの!?いい迷惑ですわ!!」


 誰もいない自室で、礼子は一人、画面の向こうの見知らぬ泡沫候補に向かって、盛大な言いがかりをぶつけていた。


「わたくしに一任すれば、それで丸く収まりましたのに……! まったく、身の程を知らない人ですわね……!」


 しばらく一人で愚痴をこぼし、多少すっきりしたところで、礼子は肩を落としてタブレットを閉じようとした。


「……はぁ。今回も、落選ですわね。 

まあ、仕方ありませんわ……」


 ――その時だった。


 画面に、再び『ピロリン♪』という、聞き覚えのある電子音が響いた。


【緊急速報】比例名簿、当選者変更のお知らせ


「……え?」


 礼子は、思わずタブレットを二度見した。


【民自党、比例ブロックにて名簿登載者不足が判明】


【比例候補者不在のため、当選枠の一部を他党へ振替】


【東京比例ブロック:真ん中革命連盟へ、当選枠1議席を移譲】


【繰り上げ当選:薔薇ノ宮 礼子(真ん中革命連盟)】


「……は?」


 礼子は、画面を見つめたまま、しばし完全に固まった。


「……えっ?えっ?な、なんですの、この展開……!?」


 慌てて詳細を確認すると、今回の選挙戦全体を席巻した「鷹町旋風」――現職総理の圧倒的な人気による与党の地滑り的勝利が、逆に思わぬ副作用を生んでいた。


 あまりに与党の勢いが強すぎたため、民自党側は各地で小選挙区当選者が続出。

 それゆえ、比例名簿の候補者の数が当選枠に追いつかず、一部ブロックで名簿登載者が不足する、異例の事態が発生していたのだ。


 その結果、本来であれば議席を得られたはずの与党の当選枠が、他党――すなわち、礼子の所属する真ん中革命連盟へと、思いがけず振り替えられることになったのである。


「な……なんですのこれは……!?わたくし、小選挙区で、普通に負けておりますのよ!?しかも、そもそも比例復活の対象にすら入っていない、完全な圏外の落選だったはずですのに……!?」


 礼子は、あまりの展開に、頭を抱えて画面の前でぐるぐると回った。


(前回、無所属で挑んだ時、わたくしはあれほど『復活当選など生ぬるい制度、甘えですわ!』と、声高に叫んでおりましたのに、本来なら復活すらできない完全な落選から、まさかの他党からの議席譲渡で救われようとしておりますの……!?)


 礼子の脳裏に、あの日、教室で扇子を振り回しながら「頂点を目指さぬ者に、民を率いる資格などありませんわ!」と力説していた、かつての自分の姿がフラッシュバックした。


「……こ、これが、いわゆる……、『ゾンビ議員』というやつですの……?」


 礼子は、震える声で呟いた。

 小選挙区で敗北しながら、何らかの形で議席を得る政治家を、世間では揶揄を込めて「ゾンビ議員」と呼ぶことがある。

 礼子自身、これまでその存在を心の底から嫌悪し、「潔さがない」と切り捨ててきたはずだった。


 だが――


「……辞退、いたしません」


 礼子は、震える指で、迷うことなく【繰り上げ当選を受諾する】のボタンをタップしていた。


「だ、だって……!あと、本当にあと一歩でしたのよ……!悔しくて悔しくて、夜も眠れないくらい、悔しかったんですのよ……!」


 礼子は、自分自身に言い訳をするように、ぶつぶつと呟き続けた。


「そ、そうですわ!わたくし、たった今、理解いたしましたわ!この『ゾンビ議員』というシステム……。場合によっては、必要な仕組みなのかもしれませんわね……!」


 画面に表示された「当選確定」の文字を見つめながら、礼子は複雑極まりない表情を浮かべていた。


(憎んでいたはずのシステムに、まさか自分が救われる日が来るなんて……。でも……当選は、当選ですし……。いや、これは天命、そう天命ですわ……)


 礼子は、金の縦巻きロールを指先でくるくると弄びながら、しばし宙を見つめた。


「……ふ、ふん!まあ、これも、勝負のアヤというものですわ!わたくしは、堂々と議員バッジを、つけさせていただきますわよ!」


 結局、礼子は都合よく自分を納得させた。

 かつて「復活当選など甘えですわ!」と豪語していたお嬢様は、今夜、誰よりも複雑な思いを抱えながら、それでも確かに、議員バッジを手にする喜びを噛みしめていたのだった。

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