第82話 パーティー? 華やか? いや、ノルマの匂いがするんですけどぉ〜!
議員会館の自室で待機中のるる奈のスマホに、党本部からの一斉連絡メールが届いた。
件名:【民自党 政治資金パーティーのご案内】
「……パーティー!?」
その一文字を見た瞬間、るる奈の脳内には、瞬時にきらびやかな妄想が展開された。
シャンデリアが輝く大広間。
テーブルには目にも眩しいローストビーフの山。
フルート型のグラスに注がれるシャンパン。
着飾ったセレブたちが談笑し、その中心で自分がドレス姿でスポットライトを浴びる――。
「うわあああ!永田町のパーティーってやつ!?ウチ、ついにセレブの仲間入りしちゃう感じ!?」
るる奈は自室のソファーから飛び上がり、スマホ片手にクルクルとその場で回転した。
「ドレスどうしよ!久々にちゃんとメイクしなきゃ!あ、写真撮ってSNSに『政界の華やかな夜♡』とかアップしたら、フォロワー爆増するっしょ!」
そのはしゃぎっぷりを、御子神、丸目、竹中の三人は、まるで七五三の子供を眺めるような冷静さで、見つめていた。
「……先生」
御子神が、いつもの鉄仮面のまま静かに口を開いた。
「大変申し上げにくいのですが、先生は今回のパーティーへのお声掛け対象には入っておりません」
「……は?」
るる奈の回転が、ピタリと止まった。
「え、待って、何それ。ウチ、民自党国会議員だよね?バッジ、ついてるよね?」
丸目が、申し訳なさそうに補足する。
「政治資金パーティーへの招待というのは、基本的に、党から見て『資金や人脈を動かせそうな議員』に声がかかる仕組みなんです。地元後援会があって、支援企業や団体との付き合いがあって……。という議員が中心になります」
「そ、それって……」
「先生は後援会組織を作っていませんし、党員獲得のノルマも……。あの、政党交付金の全額返上という荒業で、免除されましたよね」
竹中が眼鏡を押し上げながら、静かに追い打ちをかける。
「率直に言えば、党の側から見て、先生は『動員力ゼロの新人』として認識されています。パーティーに呼んでも、席が一つ埋まるだけで、特に何も生まれないと判断されているのでしょう」
「うぅ……」
るる奈は、シャンパングラスならぬペットボトルの水を握りしめたまま、その場に崩れ落ちた。
「ウチ、キラキラパーティーデビューすら許されないの……?国会議員なのに……?」
「そもそも先生は、一期四年で綺麗さっぱり引退すると、公私問わず常々おっしゃっていますよね」
御子神が、淡々と核心を突いてくる。
「後援会も作らない、党員も集めない、企業との関係も築かない。それは先生ご自身の選択ですが、その分、党から見た将来性への期待値も、必然的に低くなります」
「うぐっ……。それは、まあ、そう、だけど……」
るる奈は、膝を抱えて丸くなった。
「でも悔しいじゃん!みんなキラキラパーティー行くのに、ウチだけハブられるとか!」
そんなるる奈を見かねてか、丸目が優しくフォローを入れた。
「先生、これは慰めではなく事実として申し上げますが……。あのパーティー、実際そんなに楽しいものではありませんよ」
「え、そうなの?」
「はい。基本的には、スポンサー候補となる企業経営者や支援団体、そして将来の人材候補との顔つなぎの場です。新人議員にとっては、シャンパン片手に談笑する優雅な社交場というより、むしろ営業の現場に近いですね」
竹中も、頷いた。
「私も現職時代、何度も参加しましたが、正直、料理をゆっくり味わう暇などありません。名刺を配り、頭を下げ、覚えてもらうために動き回る。あれは『パーティー』という名の労働です」
「え……じゃあウチ、行けたとしても、シャンパン片手にキャッキャできないってこと……?」
「できません。むしろ先生の場合、スポンサーも人脈も一切求めていらっしゃらないので……」
御子神が、静かに核心を突いた。
「はっきり申し上げれば、スポンサーと人脈作りをしたいのであれば話は別ですが、そうでないなら、行っても得るものはほとんどないかと」
「……」
るる奈は、じわじわと現実を飲み込んでいった。
「つまり、あのキラキラは……。本当にキラキラしたい人向けの場所じゃなくて、営業ノルマがある人向けの場所ってこと……?」
「その理解で概ね正しいです」
「……行きたくないかも」
るる奈はあっさりと手のひらを返した。
三人は思わず顔を見合わせた。
「先生、さっきまであんなにはしゃいでいらっしゃったのに」
「だってシャンパン飲めないなら意味なくない?名刺配りとか、ウチそういうのマジ苦手だし」
「……ちなみに」
御子神が、ここで静かに決定的な一言を付け加えた。
「仮に先生が参加するとなった場合、議員には基本的に割り当てられたパーティー券の販売ノルマが課されます」
「……は?」
るる奈の、表情が凍りついた。
「の、ノルマ……? また、ノルマ……?」
「はい。一定枚数のパーティー券を、支援者や関係者に販売する。ベテラン、新人関係なく議員として当然のノルマです。」
その瞬間、るる奈の目からすうっと光が消えた。
「……ウチ、二番目に嫌いな言葉は、『ノルマ』なんだけど……。 因みに一番嫌いな言葉は、『闇金』なんだけど。」
「……存じ上げております」
御子神が、心なしか同情のこもった声で答えた。
るる奈はソファーに突っ伏し、くぐもった声で呟いた。
「じゃあ、あのパーティー呼ばれなかったの、逆にラッキーってこと……?」
「そういう見方もできます」
「うわ、なんか複雑……。呼ばれないの悔しいのに、呼ばれたらノルマがついてくるとか、詰みゲー選択肢しかないじゃん」
丸目が、苦笑しながらフォローした。
「先生の場合、パーティー券を配る相手もいませんしね」
「それも、地味に傷つくからやめて」
竹中が、呆れたようにため息をつく。
「まったく……。闇金の次はノルマに怯える新人議員。本当に、前代未聞ですね」
御子神は、静かに手元の資料をまとめながら、独り言のように呟いた。
「……ある意味、先生は『政治とカネ』の最も分かりやすい縮図を、身をもって体現していますね」
「褒めてないでしょ、それ」
「褒めておりません」
議員会館の窓の外には、今夜もどこかで開催されているであろう、きらびやかなパーティー会場の灯りが、遠く霞んで見えていた。
華やかな永田町の社交界から、静かに蚊帳の外に置かれ続けている。




