第81話 【自衛隊激励編】要望聞くだけならウチにもできる、けど「上申書」ってなに?
演習が一段落したあと、るる奈たちは事務所内の応接室へと案内された。
三人の女性隊員が、汗を拭いながらパイプ椅子に腰を下ろす。
るる奈は、手帳とペンを取り出しながら、少し緊張した面持ちで口を開いた。
「……あの、今日は、本当にありがとうございました」
「こちらこそ、貴重な機会をいただきました」
三人が、揃って頭を下げる。
「それで……」
るる奈は、ペンを構えながらまっすぐに三人を見つめた。
「率直に、聞かせてほしいんです。今日の訓練を見て、正直、想像してたのと全然違いました。皆さんが普段感じてること、困ってること、なんでもいいので、聞かせてもらえますか」
その言葉に、丸目は思わず隣で小さく目を見開いた。
(先生……。今日は、本当にいつもと違う……)
◇◇◇
三人の女性隊員は、一瞬顔を見合わせたあと、ゆっくりと話し始めた。
「率直に言うと……。女性用の装備は、まだ改善の余地があると感じています。サイズ展開が限られていたり、体格に合わない場面もあります」
「あと、産休や育休を取得したあとの、現場復帰のサポート体制も、まだ発展途上な部分があります」
「宿舎や設備面でも、女性隊員の増加に、追いついていない部分があるのが、正直なところです」
るる奈は、その一言一言をゆっくりと丁寧に、手帳に書き取っていった。
いつもの軽いノリはなく、真剣な表情で時折頷きながら聞き漏らさないように、ペンを動かし続けていた。
(メモ、メモ……。ちゃんと、覚えとかなきゃ……)
丸目は、その様子を少し驚いたように見つめていた。
(普段の先生からは、想像できない集中力です)
三人の話が一区切りついたところで、るる奈は、手帳から顔を上げた。
「あの、正直に言うと」
少し、言葉を選びながら言葉を続ける。
「ウチ、まだ新人議員で、正直、自分の力だけで、何かすぐに変えられるとは思ってません。政策とか、予算とか、まだよく分かってない部分もめちゃくちゃ多いし」
三人は、黙って聞いていた。
「でも」
るる奈は、まっすぐに三人を見つめた。
「今日聞いたことは、ちゃんと上には伝えます。それだけは、約束します」
一瞬の沈黙のあと、三人の女性隊員が揃って微笑んだ。
「ありがとうございます」
「そう言っていただけるだけでも、十分です」
「普段、なかなかこうして、直接話を聞いてもらう機会自体がないので」
その言葉に、るる奈は少し照れくさそうに笑った。
◇◇◇
「じゃあ、最後に」
るる奈は、いつもの調子を取り戻すように、少しだけ声のトーンを上げた。
「改めて、言わせてください」
三人が、るる奈を見つめる。
「今日見た訓練、マジで凄かったです。皆さんが、こんなに真剣に、こんなに大変なことしてるって、正直ここに来る前は、全然分かってなかった」
るる奈は、そこでいつものギャルスマイルを浮かべた。
「だから、これからもアゲアゲでいきましょう!ウチも、できることは頑張るんで!」
三人が、思わず笑った。
「はい」
「ありがとうございます」
「頑張ります」
その場に、温かい空気が流れた。
◇◇◇
最後に、広報課のスタッフが、記念撮影の準備を進めた。
「では、皆さん。こちらへ」
るる奈と丸目、そして三人の女性隊員が並び、カメラに向かって、それぞれの笑顔を見せる。
パシャリ、とシャッター音が響いた。
撮影を終え、駐屯地の正門を出たところで、るる奈は車に乗り込む前に、しばらく空を見上げていた。
「……なんか、今日。マジで、いろいろ考えさせられたわ」
るる奈は、感慨深げに呟いた。
「政治とか議員の仕事とか、正直ずっと『歳費もらえればいいや』くらいにしか思ってなかったんだけど」
「はい」
「でも、今日みたいに、誰かの声を聞いて、それを伝えるだけでも、意味があるんだなって、ちょっと思った」
丸目は、その言葉を聞きながら静かに微笑んだ。
「良い視察になりましたね、先生」
「うん……」
るる奈は、そのまま感慨に浸りながら、車に乗り込んだ。
◇◇◇
「では先生、議員会館に戻ったら、さっそく、本日のレポートと上申書の作成を進めましょう」
運転中の丸目が、いつもの爽やかな笑顔のままさらりと告げた。
「……は?」
るる奈の感慨深い表情が、一瞬で凍りついた。
「じょ、上申書……?」
「はい。本日伺った女性隊員の皆さんの声を、正式な文書としてまとめ、関係部署へ提出する必要があります」
「え、待って。ウチ、今日、めちゃくちゃ良いこと言った直後なんですけど。なんかもう、感動の余韻に浸ってる最中なんですけど」
「感動の余韻と、実務は別物です」
「うわあああ、丸目さんがいつもの丸目さんに戻った!」
るる奈は、シートに沈み込みながら、盛大にのけぞった。
「せっかく良い話で締めたのに、いきなり『上申書』とか、テンションガクンと下がるんだけど!」
「先生。今日聞いた声を、本当に上に届けるためには、この作業が不可欠です。口約束だけで終わらせないためにもです」
その言葉に、るる奈は一瞬口を噤んだ。
「……まあそれは、確かにそうだけど」
小さく、渋々といった様子で頷く。
「わかった……。やる、やるよ。上申書とやら」
「はい、頑張りましょう」
丸目は、涼しい顔で車を運転している。
車窓を流れる景色を眺めながら、るる奈は小さくため息をついた。
「……感動した直後に事務作業させられるの、地味にキツいんだけど」
「議員の仕事は、感動だけでは終わりませんから」
「うぃ……。分かってるって……」
今日もまた、感動と現実の間で、忙しなく引っ張り回されていた。




