第80話 【自衛隊激励編】ギャルの浅知恵、リアルな訓練の前に崩れ去る
とある駐屯地。
丸目の運転する車が、正門前で静かに停まった。
「……ここが、駐屯地」
るる奈は、車窓越しに広大な敷地を見渡した。
「僕も、駐屯地に来るのは初めてです」
丸目も、少し緊張した面持ちで呟いた。
正門では、広報課のスタッフが二人を出迎えていた。
「本日はよろしくお願いします。まずは入り口でのセキュリティチェックを」
「あ、はい……」
守衛課のスタッフによる確認は、防衛省ほど厳重ではないものの、それでも一つひとつが丁寧で、隙のないものだった。
広報課の見守りのもと、身分証の提示と持ち物のチェックを終え、るる奈と丸目は、無事敷地内へと足を踏み入れた。
「よし、突破……」
るる奈が、小さく安堵の息を吐く。
「先生、突破って表現、ちょっと違うと思います」
丸目が、苦笑しながら訂正した。
最初に案内されたのは、事務所内の応接室だった。
パイプ椅子に腰を下ろすと、広報担当の隊員が、資料を手に説明を始めた。
「本日、視察・激励していただくのは、衛生科に所属する女性隊員三名です。まず、簡単に衛生科について、説明させていただきます」
「よろしくお願いします!」
るる奈は、姿勢を正した。
(今日は、ちゃんと真面目に聞く……)
「衛生科は、いわゆる『衛生兵』としての役割を担う部門です。戦場や災害現場において負傷した隊員を応急処置し、後方の医療機関へ搬送する。それが主な任務になります」
「あ、なんか、聞いたことあります。ドラマとかで」
「はい。実際の任務も、それに近いものになります。ただし、フィクションと違うのは、装備や訓練の内容が、より実践的かつ体系的に組まれている点です」
説明は、丁寧に続いた。
通常の隊員装備に加え、衛生科の隊員は、救護用の器材をまとめた衛生用装備を携行すること。
訓練の内容は、負傷者の状態確認、出血への対応、外傷への応急処置、搬送時の処置、そして心肺蘇生などの救命処置など、多岐にわたること。
負傷者の容体を継続的に確認しながら、担架による搬送、複数人での連携搬送、車両への収容、そして最終的に適切な医療機関へ引き継ぐところまでを、一連の流れとして訓練していること。
「今日ご覧いただくのは、大規模災害を想定した、より厳しい内容の演習になります」
「大災害……」
るる奈は、思わずごくりと喉を鳴らした。
(なんか、思ってたより、ガチっぽい……)
説明を終えると、るる奈と丸目は演習場へと案内された。
そこには、すでに、男女混合の隊員たちが待機していた。
その中に、三人の女性隊員の姿があった。
「よろしくお願いします」
三人が、それぞれきびきびとした所作で敬礼をする。
るる奈は、思わず内心で呟いた。
(うわ、姿勢いい……。なんか、それだけでカッコいい……)
「それでは、演習を開始します」
合図とともに、演習場の空気が一気に張り詰めた。
「負傷者発生!」
その号令とともに、隊員たちが一斉に動き出す。
三人の女性隊員も、通常の装備に加え、救護用の器材をまとめた衛生用装備を携行し、迷いのない足取りで現場へと向かっていった。
「負傷者の状態確認!」
「了解!」
訓練用の負傷者を前に、女性隊員が的確に声をかける。
出血への対応。
外傷への応急処置。
容体の確認。
一つひとつの動作が、何度も反復されてきたことを物語るように、無駄なく、正確だった。
「搬送!」
「了解!」
担架が用意され、複数の隊員が連携して負傷者を搬送していく。
途中で状況が変化する。
「容体確認!」
再び足を止め、容体を確認し搬送を続ける。
そして、待機していた車両へと負傷者を収容していく。
るる奈は、その一連の流れを言葉もなく見つめていた。
(……マジで、なにこれ)
訓練は、そこで終わらなかった。
一人の負傷者を搬送し終えたと思った瞬間、次の負傷者が発生する。
大規模災害。
多数の負傷者。
限られた人員。
刻々と変化する状況――。
そのすべてを想定した、厳しい訓練が途切れることなく続いていく。
るる奈は、いつの間にか口を半開きにしたまま、その光景に見入っていた。
(最初、ウチ、なに考えてたんだっけ……)
脳裏に、少し前の自分の言葉が蘇る。
『ギャルの激励ならアゲアゲっしょ!』
(……なんか、めちゃくちゃ恥ずかしい……)
目の前で繰り広げられているのは、そんな軽い言葉が入り込む余地など、まるでない光景だった。
負傷者の確認、救命処置、搬送、車両への収容、そして後方への引き継ぎ――。
その一つひとつに、迷いも、遠慮も、手抜きもなかった。
るる奈は、隣に立つ丸目に思わず小さく囁いた。
「……丸目さん」
「はい」
「ウチ、なんか、来る前に思ってたことが、めちゃくちゃ浅かったって、今、猛烈に実感してる」
「そうですか」
丸目は、静かに微笑みながら答えた。
「それに気づけたなら、今日は来た甲斐がありましたね」
演習は、なおも続いていた。
三人の女性隊員が、汗を滲ませながらも、乱れることのない動きで、負傷者への対応を繰り返していく。
るる奈は、その姿を、ただじっと見つめ続けていた。
これまでの、どんな漫画やドラマのワンシーンよりも、目の前の光景のほうが、はるかに胸に迫るものがあった。
軽い気持ちで訪れた駐屯地で、るる奈は静かに、そして確かに何かを学ぼうとしていた。




