第79話 【自衛隊激励編】水谷大臣、なんかもうイケメンすぎるんですけどぉ〜! あ、心も読まれてました
防衛省の正門をくぐった瞬間、丸目が思わず小さく呟いた。
「……僕も、防衛省に来るのは初めてです」
「え、丸目さんでも初めてなんだ」
「はい。永田町とはまた違う緊張感がありますね」
その言葉通り、正門では広報課と大臣秘書課のスタッフが二人を出迎えていたが、そこから先のセキュリティチェックは、これまでるる奈が経験したどの場所よりも厳格だった。
「先生、こちらへどうぞ。守衛課の者が確認いたします」
広報課のスタッフに促され、身分証の提示、金属探知機のゲート、荷物検査――一つひとつの手順を、守衛課のスタッフが淡々と、しかし丁寧に確認していく。
「うわ、これマジで厳重……」
るる奈は、小声で丸目に囁いた。
「なんか、犯罪者みたいな気分になるんだけど」
「先生、これは通常の手続きです。犯罪者扱いされているわけではありません」
丸目が、苦笑いしながら小声で返す。
すべてのチェックをクリアすると、広報課と大臣秘書課のスタッフに案内され、二人は防衛大臣室直通のエレベーターへと乗り込んだ。
扉が静かに閉まり、上階へと上っていく。
「……なんか、緊張してきた」
るる奈が、珍しく神妙な顔で呟いた。
「先生でも、緊張することがあるんですね」
「そりゃあるって!相手、大臣だよ!?」
やがて、エレベーターの扉が開いた。
目の前に広がる廊下の奥に、大臣室があった。
しかし、その手前には、さらに二重の扉と、それぞれに設置されたセキュリティチェックが待ち構えていた。
「……え、まだあるの?」
るる奈と丸目は、思わず顔を見合わせた。
(さっきので終わりじゃなかったんだ……)
二重のチェックをくぐり抜け、ようやく大臣室の扉が開かれる。
「千道先生、ようこそ」
中から現れたのは、テレビで見るよりも、さらに端正な顔立ちの水谷大臣だった。
笑顔で二人を出迎える、その佇まい。
丸目四十歳が「頼れるお兄さんタイプ」だとすれば、水谷大臣四十五歳は、まさに「憧れの先輩タイプ」だった。
しかし、エリート特有の鼻につく雰囲気は、まるで感じられない。
むしろ、気さくで自然体な空気を纏っていた。
「せ、千道るる奈です!よろしくお願いします!」
るる奈は、思わず声が上ずりそうになるのを、なんとか堪えた。
(うわわ、何々この人。ヤバ過ぎのカッコいいんですけど……)
水谷大臣は、さりげなくるる奈と丸目にソファーを勧めた。
「どうぞ、お座りください」
るる奈たちが腰を下ろすと、水谷大臣も向かいのソファーに静かに座った。
「事前に、女性自衛官への激励のご希望については伺っていますが、改めて先生ご自身の口から、その理由を聞かせていただけますか」
るる奈は、一瞬だけ緊張したが、すぐに、御子神、丸目、竹中と何度も打ち合わせた内容を、心の中で思い出した。
(大丈夫、練習した通りに言えば大丈夫……!)
「はい」
るる奈は、上ずることなく、ゆっくりとはっきりとした口調で答えた。
「自衛隊には、様々な部署で活躍する女性隊員の方々がいらっしゃると伺いました。同じ女性として、現場でどのような思いで働いていらっしゃるのか、直接お話を伺いたいと思っています。そして、その上で、励ましの言葉をお伝えできればと」
水谷大臣は、その言葉に静かに耳を傾けていた。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……なるほど。良い着眼点だと思います」
「ほ、本当ですか!?」
「はい」
水谷大臣は、小さく微笑んだあと、隣に控えていた広報課と秘書課のスタッフに視線を向けた。
「女性隊員の在籍する部隊のうち、視察を受け入れ可能な部署を、日程を組んで調整してもらえますか」
「かしこまりました」
スタッフが、静かに頷く。
るる奈は、思わず丸目と顔を見合わせ、内心でガッツポーズをした。
(やった……!ちゃんと、話通じた……!)
しかし、その安堵も束の間――。
水谷大臣が、ふと悪戯っぽい笑みを浮かべながら、口を開いた。
「……ところで、千道先生」
「は、はい?」
「本音を言うと、隊員たちにチヤホヤされたい、という気持ちも、少しはあったのではありませんか?」
「――えっ!?」
るる奈は、思わず大きく目を見開いた。
(な、なんでバレて……!?)
顔が、一瞬で真っ赤になる。
「あ、あの、それは……。 その……」
水谷大臣は、笑いを堪えるように、小さく肩を揺らした。
「先生の言葉遣いや、話される時のちょっとした間、視線の動き方から、なんとなく伝わってきました。政治家というのは、そういうところで、案外、本心が透けて見えるものです」
「うっ……」
るる奈は、しばらく言葉に詰まっていたが、観念したかように、ゆっくりと口を開いた。
「……正直に言うと、最初はそういう気持ちも、少しありました。自衛隊員の皆さんに、キャーキャー言われたら、嬉しいなって」
「はい」
「でも」
るる奈は、まっすぐに水谷大臣を見つめた。
「今は、それだけじゃなくて、ちゃんと、女性隊員の皆さんの話を聞いて、励ましたいっていう気持ちも、本当です」
その言葉に水谷大臣は、一瞬静かに目を細めた。
そして、朗らかに笑った。
「――素直で、気持ちが良い方ですね」
「え……」
「不純な動機を、誤魔化さずに、そのまま認める。あなたのように素直な国会議員は、なかなか珍しいですよ。むしろ、好感が持てます」
「ほ、本当ですか……!?」
るる奈の顔が、パアッと明るくなった。
「はい」
水谷大臣は、優しく頷いた。
「ですから、今回の激励は、その素直な気持ちのまま、女性隊員たちに純粋に励ましを届けてあげてください。それが、彼女たちにとっても、一番嬉しいことだと思いますから」
「……はい!頑張ります!」
るる奈は、力強く頷いた。
「スケジュールの詳細については、追って御子神秘書のほうへご連絡します」
「ありがとうございます!」
るる奈は、深々と頭を下げた。
大臣室を出た瞬間、るる奈は大きく息を吐き出した。
「……マジで、緊張した……」
「先生、良い受け答えでしたよ」
丸目が、穏やかに微笑みながら言った。
「でも、最後に本音見抜かれた時は、マジで心臓止まるかと思った」
「あれは僕も驚きました。水谷大臣、見る目がありますね」
「うぃ……。今度から、もうちょっと、隠すの上手くなろう……」
るる奈は、そう呟きながら、廊下の奥に見える大臣室の扉を、もう一度ちらりと振り返った。
(水谷大臣、なんか、めちゃくちゃカッコよかった……)
防衛省を出た空は、澄み渡った青空が広がっていた。
不純な動機を見抜かれながらも、思いがけず好感を持たれるという、なんとも彼女らしい形で、防衛大臣訪問を終えたのだった。




