第75話 ウチ、そもそも自分がどうやって名簿に載ったのか、今更ちゃんと知らないんだけど
議員会館の自室で、るる奈はソファに寝転がりながら、ふと素朴な疑問を口にした。
「ねえ、御子神さん」
「なんでしょうか、先生」
「これ、今更すぎて聞くの恥ずかしいんだけどさ」
「はい」
「比例単独立候補って、普通どうやってなるものなの?ウチ、闇金から金借りて、面接で氷室センセイにブチギレられて、供託金払って終了みたいな感じだったけど、それって普通のルートだったの?」
三人は、一瞬顔を見合わせた。
「……ああ、そこですか」
「確かに今更ですが、先生には一度もきちんと説明していませんでしたね」
「良い機会です。整理してご説明しましょう」
竹中が、タブレットを取り出しながら言った。
「通常、与党の比例単独候補になるルートは、大きく分けて二つあります。一つは、地元で党のイベントや政治塾、選挙ボランティアなどに参加して、地方議員や議員秘書に顔を覚えてもらい、そこから都道府県連や党本部へ紹介されていくルート」
「もう一つは?」
「党員として長年活動を積み重ね、党内での評判を得た上で、公募や推薦を経て選考に進むルートです。いずれにせよ、いきなり党本部に電話して『比例候補にしてください』と言っても、まず正式な面接にはたどり着けません」
「……え、じゃあウチ、なんで面接まで行けたの?」
丸目が、少し気まずそうに言葉を選びながら答えた。
「先生の場合は、はっきり言って特例中の特例です」
「うん、知ってた。なんとなくね」
「本来であれば、候補者としての経歴確認、地域や団体とのつながり、政策への理解度、身辺調査……。そういった段階を、何ヶ月もかけて経るのが普通です」
「ウチ、そんなの一切なかったよね?」
「なかったですね」
「なんで!?」
御子神が、今まで言わずにいた事情を語り始めた。
「先生。あの時の解散、本当に青天の霹靂でした。覚えていますか」
「うん、しし兄がテレビの前で興奮しまくってたやつでしょ」
「あのタイミングでの衆議院解散は、党内では比例名簿の候補者が全く用意できませんでした。それも、単なる人手不足ではありません」
「……?」
「当時、党は衆議院で過半数割れという、非常に厳しい状況にありました。次の選挙でも議席を大きく減らす可能性すら囁かれていました」
「あ、それは、なんとなく覚えてる。テレビで散々言ってたし」
「そういう状況では、党本部は当選する見込みの薄い比例単独候補に対して、供託金を党として立て替えることに、極めて消極的になります」
「……え、ちょっと待って。供託金って、党が払ってくれるパターンもあるの?」
「余裕のある党であれば、有望な候補者の供託金を党の資金から負担するケースも珍しくありません。ですが、当時の党の懐事情では、当選確率の低い比例単独候補にまで、六百万円もの大金を出す余裕は、ほとんどありませんでした」
「……あっ。もしかして、ウチが供託金用意してたから……」
「はい」
御子神は、はっきりと頷いた。
「先生は、面接の場ですでに供託金六百万円を、闇金から借りたお金ではありますが、現金で持参されていました。党側からすれば、経歴も知名度も政策理解もゼロだが少なくとも党の懐は一切痛めない、極めて都合の良い『穴埋め要員』だったわけです」
「……マジで?」
「はい。マジです」
竹中が、資料をめくりながら補足した。
「本来なら、面接で即刻不採用になるレベルの経歴でした。定職なし、政治経験なし、身元も怪しい。ですが、あの状況下では党は名簿の穴を一人でも多く埋める必要があった。そこに、先生の『供託金、自分で用意できます』という一点だけが、奇跡的にマッチしてしまったんです」
「え、じゃあウチって……」
るる奈は、恐る恐る聞いた。
「本来なら、普通に落とされてたレベルの候補者だったってこと……?」
「はい」
御子神は、一切の忖度なく頷いた。
「先生は、通常の選考プロセスであれば、まず間違いなく面接の初段階で不採用になっていました。氷室先生があれほど強く反対されていたのも、通常の基準に照らせば極めて正当な判断だったわけです」
「うわ、ちゃんと正論すぎて何も言い返せない……」
「ですが、あのタイミングでの『急な解散』『名簿の枯渇』『党の資金難』『供託金持参』とい、四つの異常事態が、たまたま同時に重なった。それによって、本来なら絶対に通らないはずのルートを、先生は例外中の例外として通過してしまったんです」
「……つまり、ウチって」
るる奈は、しばらく黙り込んだあとぽつりと呟いた。
「六百万円一発勝負のギャンブルに、当たったみたいな、そういう感じ……?」
「近い表現かもしれません」
丸目が、苦笑しながら言った。
「まず普通に考えれば、あり得ない話なんです。 地盤も看板もない、政治経験ゼロの二十五歳が、いきなり与党の公認候補として名簿に載る……。これは、党が正常に機能していれば絶対に起きないことです」
「……なんかウチ、今更だけどちょっと怖くなってきたんだけど」
「今更ですね」
「今更でいいから聞いて!」
るる奈は、ソファの上で膝を抱えた。
「じゃあさ、あの時もし過半数割れしてなかったら……。もし、党にお金の余裕があったら……」
「先生は、間違いなく面接の時点で不採用になっていたでしょうね」
「うわ、マジのマジで紙一重だったんじゃん……」
「はい」
るる奈は、しばらく呆然とした顔で天井を見上げていた。
窓の外には、今日も変わらず永田町の夕景が広がっていた。
自分がどれほど際どい、そして異常な偶然の産物として、この議席に座っているのかを、今更ながらあらためて思い知らされたのだった。




