第74話 【国際レセプション編】外交とか知らんけど、フルーツが子どもたちに届いた。それだけで十分じゃん
フォーラムから数日後、るる奈は再び外務省へと呼び出されていた。
「……なんか、また嫌な予感するんだけど」
あの重厚な建物、あの厳重なセキュリティチェック、そしてあの直通エレベーター。
二度目とはいえ、るる奈の緊張は初回と変わらないほどだった。
大臣室に通されると、森崎外務大臣はいつもの優雅な微笑みを浮かべたまま、ソファを指し示した。
「――座りたまえ」
「し、失礼します……」
るる奈は、恐る恐るソファに腰を下ろした。
「先日は、なかなか興味深い経験をさせてもらったよ」
森崎の声は、穏やかだった。
だが、その穏やかさの奥に何かが渦巻いていることを、るる奈は本能的に察知していた。
「まさか、レセプションに参加させただけで、国王陛下御自らが動くとは、はっきり言って全く想定していなかった」
「あ、あの、それは、その、ウチも、まさかあの子たちが……」
「聞いていない」
森崎は、笑顔のままるる奈の言葉を静かに遮った。
「言い訳は、聞いていない。ただ、事実だけを確認している」
「……はい」
「君のやったことは、外交儀礼の観点から言えば、極めて危うい綱渡りだった。新人議員が、国王陛下と事前の調整もなく、非公式な約束を直接交わす――。本来であれば、大変な外交問題に発展しかねない事案だ」
「す、すみません……」
「だが」
森崎は、そこで一拍置いた。
「結果として、国王陛下の御厚意は我が国と南国諸島との友好関係を、さらに一段深めるものとなった。子ども食堂への支援という極めて美しい、そしてメディア受けの良い成果だ」
「……」
(褒められてるの?それとも、叱られてるの?どっち?)
るる奈は、森崎の言葉の温度をまったく読み取ることができなかった。
「結論から言おう」
森崎は、鋭い視線をるる奈に向けた。
「国王陛下の御厚意については、今後、すべて外務省が正式に取り扱う。フルーツの手配、輸送、贈呈式典の調整――。すべてを、外務省の責任において、一任させてもらう」
「……それは、いいですけど」
「君は」
森崎の声が、わずかに鋭さを増した。
「今後一切、この件に関わるな」
「……え」
「いいかい、千道先生」
森崎は、るる奈の目をまっすぐに見据えた。
「これは、正式な国家間の友好プロジェクトだ。個人の思いつきや私的な感傷で、動かしていい話ではない。君の役割は、すでに終わっている。これ以上、余計な口出しも行動も一切無用だ」
その言葉には、有無を言わせぬ絶対的な強さがあった。
「……分かりました」
るる奈は、素直に頷いた。
(正直、ウチ、そんな大それたこと考えてなかったし。ただ、あの子ども食堂の子たちに、あの美味しいフルーツ、食べてほしかっただけだから)
「あの、一つだけ、聞いてもいいですか」
「なんだね?」
「子ども食堂に、ちゃんとフルーツ届きますか?」
森崎は、一瞬意外そうな顔をした。
「――もちろん、保証する」
その声には、これまでとは違う確かな重みがあった。
「国王陛下の御厚意を、無下にするつもりはない。ただし――」
森崎は、念を押すように続けた。
「これはあくまで、外務省の成果だ。君の手柄では、断じてない。分かったね」
「はい、それで全然大丈夫です」
るる奈は、あっさりと頷いた。
「ウチ、別に、手柄とかいらないんで。子どもたちが、美味しいフルーツ食べられたら、それでいいです」
その、あまりにあっさりとした返答に、森崎は言葉を失った。
(……この女、本当に何も欲していないのか?)
エリート主義者である森崎にとって、それは、理解しがたい価値観だった。
だが、同時にその欲のなさこそが、今回の思いがけない成果を生んだ一因であることも、彼は薄々感じ取っていた。
「……もう、行っていい。ご苦労さま」
「はい、失礼します」
るる奈は、深々と一礼し大臣室を後にした。
数日後。
議員会館の自室で、るる奈はテレビをつけながらソファでくつろいでいた。
『――南国諸島より、友好の証として都内の子ども食堂へ、新鮮なトロピカルフルーツが贈呈されました』
ニュース番組の画面には、子ども食堂のスタッフが、南国諸島の外交官から色とりどりのフルーツの箱を受け取る様子が、映し出されていた。
「あ、これ!」
るる奈は、思わず身を乗り出した。
画面の中で、子どもたちが目を輝かせながら、フルーツを頬張っている。
(……よかった。ちゃんと、届いた)
るる奈の胸の中に、じんわりと温かいものが広がった。
「先生、ご覧になりましたか」
御子神が、静かに部屋に入ってきた。
丸目と竹中も、その後ろに続く。
「うん、見てた。子どもたち、めっちゃ嬉しそうじゃん」
るる奈は、満足げに微笑んだ。
「ウチ、別に、手柄とかそういうのはいいんだ。あの子たちが、美味しいフルーツ食べられたら、それでいい」
その言葉に、三人の秘書たちは、無言のまま顔を見合わせた。
彼らは、外務省を通じて今回の一件の詳細な経緯を、すでに把握していた。
新人議員が、アポなしで外務大臣に直談判。
レセプションでの、まさかの国王陛下との遭遇。
そして、王族自らの善意の申し出。
その一部始終を聞いた時、御子神、丸目、竹中は、揃って言葉を失うほどの衝撃を受けていた。
(……正直、死ぬかと思いました)
(新人議員が、こんな成果をこんな形で成し遂げるなんて……)
(普通に考えれば、外交問題に発展してもおかしくなかった案件ですよ……)
だが、結果だけを見れば、それは紛れもなく新人議員としては異例中の異例と言える成果だった。
世間一般には、決して大きく語られることのない静かな成果。
だが、その裏側の全貌を知る三人だけは、、複雑な思いを抱きながらも、素直にその結果を認めざるを得なかった。
「……先生」
御子神が、静かに口を開いた。
「今回の件、正直に申し上げますと、心臓が止まるかと思いました」
「え、なんで?」
「……いえ、なんでもありません」
御子神は、それ以上多くを語らなかった。
「ただ、結果として良い形に着地したことは、素直に評価いたします」
「え、褒めてくれるの?」
「もちろんです」
「やった!」
るる奈は、無邪気に喜んだ。
その様子を見て、丸目と竹中も思わず小さく笑った。
「先生、ちなみに」
丸目が、ふと思い出したように言った。
「フォーラムのお土産、たくさん持って帰られていましたよね。実家では、どんな反応でしたか」
「あ……」
るる奈の顔が、一瞬微妙な表情になった。
「それは……。また今度、話すわ……」
千道家のリビングで、あの夜、繰り広げられた、ちょっとした騒動――。
それはまた、別の話であった。




