↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/104

第71話 国際レセプション編】国際レセプションデビュー。ていうか、この空気、闇金の事務所より緊張するんだけど……

若林からのLINEが届いたのは、森崎大臣室を辞去した、その日の夜だった。


『千道先生、レセプションの服装について、大臣の秘書室からの申し送りです』


 メッセージには、箇条書きで詳細な指示が並んでいた。


『ネイビーのテーラードパンツスーツ』

『白のシルクブラウス』

『さりげないアクセサリー(派手すぎないもの)』

『黒のパンプス』

『小ぶりのレザーバッグ』

『国会議員バッジは必ず着用』

『「信頼感」「知性」「実務家」を印象づける装いを意識してください』

『立ち居振る舞い、雰囲気づくりにも、十分ご注意ください』


「……うわ、めちゃくちゃ具体的な指示きた」


 るる奈は、スマホの画面をスクロールしながら思わず唸った。


(信頼感、知性、実務家……。ウチに一番縁のない三単語じゃん)



 翌朝、議員会館の自室で、るる奈は勢い込んで御子神たちの前にLINEの画面を突き出した。


「見て見て!森崎センセイのとこから、服装指示きたの!ウチ、レセプション参加できることになったから!」


 御子神、丸目、竹中の三人は、一瞬示し合わせたように顔を見合わせた。


「……先生。本当に、参加が許可されたのですか?」


 御子神の声には、さすがに隠しきれない驚愕が滲んでいた。


「うん!最初、めちゃくちゃお説教されてガチ泣きしたんだけど、最終的にレセプションだけって条件でOKもらえた!」


「……信じられません」


 丸目も、呆然とした様子で呟いた。


「正直、私たちは先生が森崎大臣に一喝されて、すごすごと退散してくる未来しか、想定していませんでした」


「うわ、そこまで信用ないの!?」


「先生の過去の実績からすれば、当然の想定です」


 竹中が、容赦なく言った。


「そもそも、外務省という組織は、こういったアポなし直談判を極めて嫌います。ましてや、格式高い国際フォーラムのレセプションに、他委員会の新人議員が突発的に割り込む――。前代未聞と言っても過言ではありません」


「え、そんなにヤバいことしてたの、ウチ」


「はい」


 三人の声が、綺麗に重なった。


「……でも、まあ、結果オーライじゃん!」


 るる奈は、けろりとした様子で笑った。

 その切り替えの早さに、三人は揃って深いため息をついた。


「――それで、この服装の件、色々教えてほしいんだけど」


 るる奈は、話を本題に戻した。


「テーラードパンツスーツって、どういうやつ?あと、さりげないアクセサリーって、どのレベルまでがさりげないの?」


「先生」


 御子神が、静かに立ち上がった。


「今回は、私が担当します」


「え、御子神さん、なんでそんな急に頼もしい感じなの」


「以前、外務大臣の私設秘書を務めていた経験があります」


「ええっ!?初耳なんですけど!」


「先生に申し上げる機会が、これまでありませんでしたので」


 御子神は、いつもの無表情のまま淡々と続けた。


「国際的なレセプションには、独特の作法とマナーがあります。今日は、その基本をみっちりお教えします」


 その後丸目と竹中は、揃って「私たちは、こういった国際外交の場に立ち会った経験がないため、正直アドバイスのしようがありません」と、素直に白旗を上げた。


 代わりに、御子神がレンタルブランドショップの手配から、当日の立ち居振る舞いに至るまで、すべてを一手に引き受けた。


「まず、服装について」


 御子神は、ホワイトボードに簡潔に要点を書き出していく。


「テーラードパンツスーツは、ジャケットとパンツがセットになった、フォーマル寄りのスーツです。色はネイビー――紺色です。派手さを抑えつつ、堅実さと知性を印象づける、国際会議の定番カラーです」


「あー、なるほど。地味っぽい色だけど、逆に安心感あるやつってこと?」


「概ね、その通りです」


「アクセサリーは?」


「小さめのパールのイヤリングか、控えめなネックレス程度に留めてください。派手なピアスや大ぶりのブレスレットは、厳禁です」


「え、じゃあ、いつものデコネイルは……」


「言うまでもありませんが、封印してください」


「うっ……。分かってたけど、地味に辛い……」


 るる奈は、自分のネイルを名残惜しそうに見つめた。


「議員バッジは、必ず正しい位置に着用してください。これは、あなたが正式な国会議員として出席していることの、最低限の証明です」


「うぃ、了解」


 御子神は、さらに細かい注意点を続けた。


「レセプションでは、シャンパングラスは、常に左手に持ってください」


「え、なんで左手?」


「右手を、常に握手のために空けておくためです」


「うわ、そんな細かいルールあるんだ」


「歩き回る際は、決して急がず慌てず、優雅に。誰かと会話をする際は、目を見て笑顔を絶やさないこと。 そして――」


 御子神の声が、少しだけ低くなった。


「決して、政策的な言質を取られるような発言は、しないでください。あくまで、先生は『経験を積むための出席者』です。目立とうとせず、しかし失礼のないように慎重に立ち振る舞ってください」


「……はい」


 るる奈は、真剣な顔で頷いた。


(森崎センセイに、あんな思いさせたんだから、粗相は絶対にできないな……)


 脳裏に、あの日の大臣室での光景が蘇る。

 分厚い極秘資料、そして、静かに鋭く突き刺さった森崎の言葉。


(あの人に、ガチ泣きさせられたの、絶対忘れない……。でも、最後には、参加させてくれた……)


 るる奈の心の中で、感謝と緊張が複雑に絡み合っていた。



 当日、東都総合国際フォーラムの前には、丸目が運転する車が、静かに停車した。


「先生、着きました」


「うぃ、ありがとう丸目さん」


 るる奈は、ネイビーのパンツスーツに身を包み、いつものデコネイルの代わりに、控えめなベージュのネイルを施した指先で、そっとドアを開けた。

 会場の入り口に近づいた瞬間、その空気の重さに、るる奈は思わず息を呑んだ。


「……こ、こんなに、厳重なの……?」


 入り口には、金属探知機のゲートが、いくつも設置されていた。

 制服姿の警備員に加え、明らかに要人警護のプロと分かる、スーツ姿の屈強な男性たちが、周囲に目を光らせている。


「恐れ入りますが、身分証明書の提示をお願いいたします」


 るる奈は、震える手で議員バッジと身分証を差し出した。

 警備員は、それを丁寧に厳格に確認する。


「事前登録リストと、照合させていただきます。少々、お待ちください」


「……あ、はい」


 名簿との照合には、外務省の職員らしき人物が、無線機片手に別の場所と何度もやり取りをしていた。

 るる奈は、その様子を緊張しながら見守った。


(……ウチ、ちゃんとリストに載ってるよね……?まさか、直前で参加取り消しとか、ないよね……?)


 数十秒――。

 るる奈にとっては、永遠にも感じられる時間の後、職員が頷いた。


「千道るる奈先生、確認いたしました。どうぞ、こちらへ」


「あ、ありがとうございます……!」


 金属探知機のゲートを抜け、バッグの中身を専用のトレイに乗せ、追加のチェックを受ける。

 スマホ、口紅、財布――。

 すべてが、丁寧に容赦なく確認されていった。


(これ、外務省行った時と、同じくらいか、それ以上にガチじゃん……)


 外務大臣室を訪ねた時のセキュリティチェックを思い出しながら、るる奈はなんとかその場を通過した。

 入館証を受け取り、胸元に着用する。

 そして、大きな扉の向こうへと足を踏み入れた瞬間――。


「……」


 るる奈は、言葉を失った。


 高い天井、シャンデリアのように輝く照明、丁寧に整えられた花々。

 スーツ姿の国会議員たち、大使館関係者らしき外国人、そして明らかに只者ではないオーラを放つ財界人たち。

 あちこちで、静かに洗練された会話が交わされている。

 これまで経験してきた、闇金事務所の殺伐とした空気とも、永田町のバタバタとした喧騒とも、フランスの観光地の華やかさとも、まったく違う――。

 格式と緊張感と静かな熱気が、絶妙に混ざり合った独特の空気。


(……なにこれ。ウチ、今まで感じたことない空気、感じてる……)


 るる奈は、その場に立ち尽くしたまま、しばらく動くことができなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。