第69話 【国際レセプション編】ウチ、フォーラム参加したいだけなのに、なぜか外務大臣に直談判することになりました
その日の夜、るる奈は自室のベッドに寝転がりながら、スマホでニュースアプリを漫然とスクロールしていた。
「――第一回、日・南国諸島、未来共創フォーラム……?」
見出しに、思わず体を起こした。
『青い海と持続可能な絆をテーマに、東都総合国際フォーラムにて開催予定。日・南国諸島友好条約の締結を記念し――』
「……あ、これ、この前ウチが賛成の一票押した、あの条約の記念イベントじゃん!」
るる奈の目が、みるみる輝き始めた。
(南国諸島の民族舞踊とか見れるやつ!トロピカルジュース飲みながら!)
翌朝、議員会館の自室で、るる奈は勢い込んで御子神たちの前に立った。
「御子神さん!丸目さん!竹中さん!ウチ、あのフォーラム行きたい!」
「フォーラムとは?」
「南国諸島との、あの条約記念のやつ!ウチ、あの条約に賛成の一票、確かに押したんだよね!だったら、行ける権利あるっしょ!」
三人は、示し合わせたように、揃って深いため息をついた。
「先生」
御子神が、静かに口を開いた。
「今回のフォーラムは、外務省と外務委員会が中心となって主催するものです。先生が所属されているのは、懲罰委員会です」
「え、それって、関係ないってこと?」
「はい。 全く、完全に、無関係です」
「そんな……。せっかく賛成のボタン押したのに……」
るる奈は、あからさまにしょげ返った。
「先生、賛成の一票は、あくまで国会議員としての職務です。それと、フォーラムへの出席資格はまた別の話です」
竹中が、丁寧に説明したが、るる奈の耳にはあまり入っていないようだった。
(……でも、諦めきれない。ウチ、絶対行きたい)
るる奈は、スマホを取り出し、「外務委員会」のメンバー一覧を検索し始めた。
「……知り合い、誰かいないかな……」
名簿をスクロールしていくうちに、見覚えのある名前を見つけた。
「――若林……。あ、これ、総理応援団の時の、あの若林センセイじゃん!」
鷹町総理の予算委員会で、隣に座って「そうだ!」を連呼していた、あの若手議員だった。
あの時、半ば強引にLINEを交換させられていたことを、るる奈は思い出した。
(あの時は、絶対こっちからは使わないって思ってたけど……)
その決意は、驚くほど都合よく忘れ去られていた。
「よし、これは使うっしょ」
るる奈は、迷わず若林にLINEを送り、その日のうちにアポイントを取り付けた。
議員会館、若林の自室。
「――というわけで、若林センセイ。ウチ、フォーラム行きたいんです!」
るる奈は、開口一番、単刀直入にそう切り出した。
若林は、突然の訪問とあまりに直球な要求に、明らかに戸惑っていた。
「い、いや、千道先生。あのフォーラムは、外務委員会と外務省が中心の、かなり公式性の高い行事でして……」
「でも、ウチ、条約に賛成のボタン押したんですよ?その記念イベントなんだから、関係者っちゃ関係者じゃないですか?」
「そういう理屈は、正直、通らないというか……」
「若林センセイ、なんとか一枠、作れませんかね」
「いや、私にそんな権限は……」
若林は必死に断ろうとしたが、るる奈は一向に引き下がらなかった。
その粘り強さ、というより図々しさに、若林はついに音を上げた。
「……分かりました。でしたら、フォーラムの総責任者である、森崎外務大臣に直接お願いしてみてください」
「森崎センセイ?」
「はい。実は、今からフォーラムの打ち合わせで、外務省に伺う予定なんです。よろしければ、ご一緒しますか」
「行く!」
るる奈は、即答した。
外務省へ向かうタクシーの中、若林が少し緊張した面持ちで説明を始めた。
「森崎大臣は、実は私が私設秘書として仕えていた頃の、直属の上司でして」
「え、若林センセイ、森崎大臣の秘書だったんだ」
「はい。前回の衆院選挙で、南関東ブロックの比例単独候補として、初当選させていただきました……。当時は、ずっと秘書として森崎先生にお仕えしていましたが、今は微力ながら、国会議員として先生のお役に立ちたいと思っています」
その言葉には、単なる社交辞令ではない、確かな熱意が滲んでいた。
(へー……。若林センセイ、意外とちゃんとした志、持ってるんだ)
るる奈は、少し感心しながら窓の外を眺めた。
外務省の建物は、るる奈が想像していたよりも遥かに重厚で緊張感に満ちていた。
正面玄関を抜けると、すぐに厳重なセキュリティチェックが待っていた。
「恐れ入りますが、身分証明書のご提示をお願いいたします」
制服姿の警備員が、丁寧だが有無を言わさぬ口調で告げる。
るる奈は、慌てて議員バッジと身分証を提示した。
「金属探知機のゲートを通過ください。バッグの中身は、こちらのトレイに」
空港の保安検査を思わせる、金属探知機のゲート。
スマホや鍵、財布までトレイに乗せて別途チェックを受ける。
その先には、来訪者の身元を確認する受付があり、事前に若林の秘書が連絡していたにもかかわらず、名前と所属、訪問目的が改めて厳格に照合された。
「千道るる奈先生、若林先生。ご来訪、確認いたしました。こちらの入館証を、必ず胸元に着用してください」
渡された入館証には、顔写真こそないものの、有効期限と訪問エリアが厳密に制限されているのが分かった。
(……これ、議員会館より明らかにピリついてる)
るる奈は、自然と背筋が伸びるのを感じた。
さらに進むと、大臣室へ直通する専用エレベーターがあった。
これに乗るためには、別途専任の職員によるカードキーの認証が必要だった。
「それでは、大臣室へご案内いたします」
外務大臣秘書の男性が颯爽と現れ、るる奈たちを丁重にエレベーターへと導いた。
扉が閉まり、静かに上昇していく感覚。
最上階に到着し扉が開いた瞬間、るる奈と若林は思わず揃って小さく息を呑んだ。
通された大臣室の扉の前で、若林の表情が、明らかに強張っていた。
(若林センセイ、なんか、めっちゃ緊張してる……?)
るる奈が、そう思った、次の瞬間。
「――どうぞ、お入りください」
扉が開かれた。
室内は、想像していたよりも広く、そして落ち着いた重厚感に満ちていた。
壁には、歴代の外務大臣の肖像写真だろうか、額縁がいくつも並んでいる。
大きな窓からは、東京の街並みが一望できた。
その中央、大きな執務机の向こうから、一人の男性が笑顔で立ち上がった。
「おお、来た来た!若林君、久しぶりだね」
森崎外務大臣。
年齢は五十歳前後だろうか。
仕立ての良いスーツを、実にスマートに着こなし、鍛えられた体躯からは、隠しきれないエネルギッシュな雰囲気が滲み出ている。
整った髪型、日に焼けた健康的な肌、そして人懐っこい笑顔――。
どこからどう見ても、絵に描いたような「ナイスミドル」だった。
「ご、ご無沙汰しております、森崎先生」
若林は、深々と頭を下げた。
「まあまあ、そんなに緊張しなくてもいいよ。とにかく、座って座って」
森崎は、上機嫌な様子でるる奈と若林を、応接用のソファへと促した。
(……思ったより、いい人そうじゃん)
るる奈は、内心でそう感じた。
テレビで見る外務大臣のイメージよりも、ずっと気さくで、親しみやすい印象だった。
だが――
(あれ?若林センセイ、なんでそんな顔してんの……?)
るる奈がちらりと若林を見ると、彼の額には、うっすらと汗が滲んでいた。
笑顔の森崎を前にしても、その緊張は一向にほぐれる気配がない。
若林は、かつて森崎の私設秘書として、この笑顔の裏に潜む、底知れない何かを誰よりもよく知っていた。
(あの笑顔の下には、絶対に何かある……)
るる奈だけが、その空気の異変にまだ気づいていなかった。
「さて」
森崎が、笑顔のままソファに深く座り直した。
「若林君から聞いたよ。フォーラムに参加したいという、若い先生が来るってね」
その視線が、真っ直ぐにるる奈へと向けられた。
「千道るる奈先生、だったかな」
「は、はい!」
るる奈は、思わず背筋を伸ばした。
森崎の笑顔は、変わらず穏やかだった。
だが、その奥に潜む何かを、るる奈はようやく微かに感じ取り始めていた。




