第68話 「出席と発言のお願い」って書いてあるんですけどぉ〜? これもう圧力じゃん
議員会館の自室に届いた一枚の文書を、るる奈はしげしげと眺めていた。
書類には、こう書かれていた。
【党税制調査会と社会保障制度調査会の合同会議への出席案内】
そして、【出席と発言のお願い】
「……なにこれ、ただの会議の案内じゃなくない?」
るる奈は、文書の中身を読み進めながら首をひねった。
「『賛成の先生方が欠席・無発言となれば、反対論が優勢と受け止められかねません』 ……これ、なんだか圧力っぽくない?」
「……よくお気づきになりましたね」
御子神が、静かに答えた。
「実質的には、賛成派の動員を促す文書です」
「うわ、ガチじゃん」
るる奈は、文書を机の上に放り投げた。
「ウチ、行かなきゃダメなやつなの、これって?」
「先生のご判断にお任せします」
丸目が、穏やかに答える。
「ただ、テーマは消費税のうち、食料品の税率を1%に引き下げるという、鷹町総理の看板政策です。党内でも、賛成派と反対派の意見が割れています」
「へえ……」
るる奈は、腕を組んでしばらく考え込んだ。
珍しく、真剣な顔だった。
「……ウチ、思うんだけど」
「はい」
「もし、ウチの中で消費税1%にちゃんと賛成な理由とか反対な理由とかはっきりあるなら、行く意味あると思うんだよね。自分の意見持って、それを発言しに行くみたいな感じで」
御子神、丸目、竹中の三人は、思わず顔を見合わせた。
(先生が、珍しくまともなことを……)
「でもさ」
るる奈は続けた。
「ウチ、鷹町旋風のおかげで当選したわけじゃん?だったら、鷹町総理の言うことに、賛成しない理由なくない?」
「……」
三人の顔から、一瞬で感心の色が消えた。
「先生。今、素晴らしい判断基準を語りかけて、最後の最後で放り投げましたね」
竹中が、深いため息をついた。
「え、なんで?だって、ウチを当選させてくれたのって、鷹町総理の鷹町旋風でしょ。だったら恩返し的な意味でも、賛成が筋じゃないの?」
「その理屈、政策の中身と関係ありませんよね」
丸目が、苦笑しながら指摘する。
「うっ……。まあ、そうだけど……。でも、消費税とか財源がどうとか、正直ウチには難しすぎるし。だったら、シンプルに『賛成派』としてカウントされに行くのでもよくない?」
御子神は、深く長いため息をついた。
「……先生らしいと言えば、先生らしい結論です」
「でしょ!じゃあ、賛成派として行くから!」
こうしてるる奈は、賛成派の一員として合同会議への出席を決めた。
当日、党本部前に到着したるる奈は、その光景に思わず足を止めた。
「……なにこれ!?」
建物の前には、テレビカメラを構えた報道陣がずらりと列を作っていた。
マイクを持ったリポーターが、慌ただしく行き交う議員たちに次々と声をかけている。
「先生!本日の会議、消費減税についてどのようなお立場で……!」
「先生、党内対立についてひとことお願いします!」
るる奈は、思わず丸目の背中に隠れるように身を寄せた。
「ちょっと待って、なにこれ。マジで戦場みたいなんだけど!」
「先生、消費税は国民生活に直結する重大テーマです。マスコミの関心も高くなります」
「聞いてないんだけど、こんな囲まれるの!」
るる奈は、報道陣の視線から逃れるように、うつむきながら小走りで会場へと駆け込んだ。
会議室の扉をくぐった瞬間、るる奈はその空気の重さに息を呑んだ。
長机の両側にずらりと並ぶ、ベテラン議員たち。
すでに、ピリついた空気が室内に充満していた。
「――財源も示さずに減税を進めるなど、無責任にもほどがある!」
「いやいや、総選挙で国民に約束した公約だぞ!今さら、反故にできるか!」
開始早々、怒声に近い声が飛び交う。
るる奈は、末席の椅子に腰を下ろしながら、完全に萎縮していた。
(う、うわ……なにこれ。マジのマジで、喧嘩してるじゃん……)
発言者が次々と手を挙げ、賛成、反対、それぞれの立場から、次々と意見をぶつけ合っていく。
「食料品への課税は、そもそも逆進性が問題だ。減税は当然の措置だ!」
「では財源はどうする!将来世代へのツケ回しではないか!」
るる奈は、その内容の九割を理解できないまま、ただ、ひたすら時間が過ぎるのを待っていた。
(逆進性……?ツケ回し……?なにそれ、美味しいの……?)
途中、反対派の議員が声を荒らげながら席を立った。
「こんな結論ありきの議論なら、これ以上いても無駄だ!」
怒りを隠さずに退席する議員に、会場がざわつく。
るる奈は、その一部始終をただ呆然と見つめていた。
(マジ、ヤバいって……。これ、いつ終わるの……)
隣に座っていた丸目に、るる奈は小声で耳打ちした。
「ねえねえ、これ、あとどれくらい続くの……?」
「もうしばらくは、かかるかと」
「マジで……。ウチ、もう帰りたいんだけど……」
「先生。それは今、口に出さないほうがいいです」
議論は、なおも続いた。
賛成派の議員が次々と立ち上がり、力強く発言する。
反対派も、負けじと反論を続ける。
会場の空気は、開始時よりもさらに張り詰めていた。
るる奈は、ただただこの時間が早く過ぎ去ることだけを願っていた。
(もう、なんでもいいから、はよ終わってほしい……)
そして――終盤。
会議の進行役が、静かに決定的な一言を発した。
「それでは、賛成の方は挙手をお願いします」
その瞬間、会場の空気が一気に張り詰めた。
議員たちの手が、次々と挙がっていく。
るる奈は、一瞬完全に固まった。
(え、ちょっと待って……。い、今挙げるの!?)
周囲を見渡すと、すでに多くの議員が手を挙げていた。
「あ、あわわ……!」
るる奈は、慌てながら勢いよく手を挙げた。
ワンテンポ遅れた、ぎこちない挙手だった。
進行役が、会場をぐるりと見渡す。
「……賛成多数、と認めます」
その一言に、会場の空気がわずかに緩んだ。
賛成派の議員たちから小さな安堵の空気が漏れる一方で、反対派の議員たちは苦々しい表情のまま押し黙っていた。
るる奈は、まだ挙げたままだった手をそっと下ろしながら、隣の丸目に小声で囁いた。
「……終わった……?」
「はい、終わりました」
「マジで長かった……。ウチ、途中から何も分かんなかったけど、とりあえず手だけは挙げといた」
「先生らしい着地ですね」
会議室を出た瞬間、るる奈は大きく息を吐き出した。
廊下の外では、まだ報道陣が待ち構えていた。
「先生! 本日の会議はいかがでしたか!」
マイクを向けられ、るる奈は一瞬固まったが、すぐにいつもの調子を取り戻した。
「えっ、あ、あの、賛成しました!以上です!」
それだけ言い残し、るる奈は逃げるように丸目とともにその場を後にした。
車に乗り込んだ瞬間、るる奈はシートに深く沈み込んだ。
「……マジで疲れた。政治って、なんかもう殴り合いみたいじゃん」
「さすがに、今回は激しい部類の会議でしたね」
「うぃ……。次からは、ちゃんと自分の意見持って行くように、頑張る……みたいな」
るる奈は、そう小さく呟きながら流れる窓の外の景色をぼんやりと眺めていた。




