第67話 【大阪出張第編】自信満々の若手エリート議員たちと、ウチの温度差がすごい
新大阪駅に着いた瞬間から、るる奈は「なんか場違いかも」という予感を覚えていた。
駅直結という好立地のおかげで迷うことなく会場へ辿り着けたのは幸いだったが、着いた瞬間の空気が、るる奈の知っている永田町とはまた違う種類の緊張感を纏っていた。
「先生、こちらです」
第二秘書の丸目に促され、るる奈は「民自党関西青年局・日本未来フォーラム」と書かれた大きな看板の下をくぐった。
会場の壇上には、既に二人の男性議員が立っていた。
関西青年局長・大丸議員、三十八歳。
副局長・角田議員、三十六歳。
どちらも二期目のエリートで、関西のインフラ・雇用・経済発展に関する政策で名を上げている実力派だという。
しかも二人とも、政治家業と並行して会社経営までこなしているらしい。
(会社経営もしながら議員……?ウチ、経営どころか、家計簿もつけたことないんだけど)
るる奈は、壇上の二人が放つ隙のない自信のオーラに、早くも気後れし始めていた。
フォーラムが始まると、大丸と角田の熱弁が会場を包んだ。
「我々若手が、古いしきたりや無駄なシステムを一掃し、スムーズで完璧な社会構造を推進すべきです!」
「成長投資減税法、中小企業事業承継加速法――これらは現在、部会・PTで審議中ですが、必ずや日本経済の起爆剤となります!」
会場のオーディエンス、特に同じ価値観を持つ若い経営者層らしき層が、割れんばかりの拍手を送る。
大丸と角田は、大学在学中に会社を立ち上げた経歴を誇らしげに語り、これからの日本経済のビジョンを、迷いのない口調で語り続けた。
るる奈は、その熱量にまったくついていけなかった。
(法案の名前、漢字多すぎ……成長投資減税法って何、投資したら減税されるってこと……?いや違う気もする……)
気まずさが、じわじわとるる奈の背中に汗をかかせた。
自分とはまるで違う世界の住人。
そう思わずにはいられなかった。
そして、フォーラムの終盤。
大丸が、満面の笑みで会場を見渡しながら言った。
「今回の選挙で若手議員が続々と誕生したのは、有権者が我々のような世代に期待している証拠です。若手が日本を引っ張っていく時代なんです。そうですよね、千道先生」
急に話を振られ、るる奈は椅子の上で固まった。
全会場の視線が、るる奈に集まる。
大丸と角田は、小選挙区で「若手政策アピール」を武器に、堂々と勝ち抜いた実力派だ。
一方るる奈は、東京の小選挙区で候補者全員当選という状況の中、単独候補ゆえの最下位当選――つまり、有権者の期待というより、選挙区の構造に、たまたま救われただけだった。
まさか「歳費目当てで闇金から供託金を借りて立候補しました」とは、口が裂けても言えない。
「……あー、ウチは、その……運が良かった、だけです……」
るる奈の歯切れの悪い返答に、会場の空気が一瞬だけ白けた。
大丸と角田は、微妙な間を誤魔化すように、慌てて話をまとめにかかった。
「え、ええ!運も実力のうちですからね!これからも関西を中心に、日本を発展させていきましょう!」
拍手が申し訳程度に鳴り、フォーラムは締めくくられた。
フォーラム後は、そのまま懇親会へとなだれ込む流れになっていた。
るる奈は、会場の熱気に若干浮かれ気味で、内心(ウチも打ち上げ参加していいかな……)と思っていた。
だが、そこに丸目が静かに割り込んだ。
「先生、申し訳ございませんが、明日は部会がございますので、このまま東京へ戻りましょう」
「えー!?せっかく大阪来たのに!ちょっとくらい、交流会出てもよくない!?」
るる奈は、分かりやすく頬を膨らませた。
「明日の部会資料、まだ目を通していただいておりませんし、始発で戻るより今夜のうちに新幹線でお戻りいただいた方が確実です」
「うう……。分かったっしょ……」
るる奈は渋々と、丸目に連れられて新大阪駅へと戻された。
「じゃあ、駅弁は豪華なやつにしていい?」
「経費内でしたら、構いません」
「やった!」
るる奈は上機嫌にグリーン車の座席へ収まり、豪華なステーキ駅弁の蓋を開けて、満足そうに頬張った。
ちゃっかり、極上ミルクプリンも購入済み。
新幹線の車窓に、大阪の夜景が流れていく。
「……懇親会、出たかったけど。まあ、駅弁美味しいし、グリーン車のシートふかふかだし、いっか!」
実質タダの豪華弁当と、実質タダのグリーン車。
るる奈にとっては、それだけで十分すぎる贅沢だった。
東京へ戻り、日常の部会漬けの日々に戻った、数日後。
るる奈のスマホに、丸目から一本の連絡が入った。
「先生、ニュースをご覧になりましたか」
「ん? 何?何かあったの」
るる奈がテレビをつけると、速報のテロップが流れていた。
『民自党関西青年局、懇親会での不適切パフォーマンス発覚 局長・副局長、役員辞任へ』
「……は?」
るる奈は、思わず身を乗り出した。
報道によると、あのフォーラム後の懇親会で、露出度の高いダンサーを招き、参加議員たちが度を超えたパフォーマンスに興じていたという。
現場では「まずいから写真や動画を消すように」との組織的な口止めまで行われていたらしい。
大丸と角田は、青年局長・副局長の役職を辞任することになったと報じられていた。
「……ウチ、あの懇親会、出なくてよかった……」
るる奈は、背筋がひやりとするのを感じた。
もし丸目が引き止めてくれていなかったら、自分もあの場に居合わせていたかもしれない。
そう思うと、ゾッとした。
「先生、あの日、私が無理にでも新幹線に乗せた甲斐がありました」
電話の向こうで、丸目の声が心なしか誇らしげだった。
「マジで丸目さんのおかげ……!ウチ、危うく巻き込まれ議員になるとこだった……!」
あれだけ自信満々だった大丸と角田の姿を思い出しながら、るる奈はぽつりと呟いた。
「あんな自信満々で会社経営もできて、選挙も強くて、ウチとは住む世界が違う人たちって、思ってたのに」
るる奈はテレビの画面を見つめながら、小さく肩をすくめた。
「結局、ウチみたいな最下位当選の元ニートギャルが、豪華駅弁とグリーン車で満足して先に帰ってた方が、無事だったってオチ、なんかウケる」
スマホの向こうで、丸目が静かに言った。
「先生の危機回避能力、本当に侮れません」
「それ、褒めてる?」
「もちろんですよ」
テレビの中では、記者たちに囲まれる大丸と角田の、あの自信に満ちていた顔が、すっかり青ざめた表情に変わっていた。
るる奈は、駅弁の味を思い出しながら小さく笑った。
「豪華駅弁で満足してて、良かった……」
るる奈の大阪出張は、不祥事に巻き込まれずに回避したと言う、本人にとっては最大級の勝利で幕を閉じた。




