第62話 ライブより国会を優先しろってマジ。臨時国会とか聞いてないんだけど……
その日、るる奈は珍しく、心の底から浮かれていた。
通常国会が閉会して幾分たち、あの地獄のような会期中の忙しさから、ようやく解放された気分だったからだ。
「やっと、自由の身……!やっと、推しに会える……!」
自室のソファで、るる奈はスマホの画面に食い入るように顔を近づけていた。
画面には、推しのライブスケジュールがずらりと並んでいる。
「えーっと、来週の土曜日、東京公演……。しかも、神席が取れそうな倍率……!いける、いけるっしょこれ!」
すでに頭の中では、会場までの交通手段、当日の服装、さらにはグッズ購入の作戦まで、完璧に組み上がっていた。
そんな至福の計画タイムに、御子神が静かに部屋へ入ってきた。
「先生、一つご報告が」
「なになに、そんな事より聞いて聞いて!ウチ、来週のライブの神席、当たりそうなんだけど!」
「その件で、ご報告があります」
御子神の声のトーンに、るる奈はわずかに嫌な予感を覚えた。
「臨時国会が、来週から一週間、召集されることが決まりました」
「……は?」
るる奈のスマホを持つ手が、静かに止まった。
「来週って、土曜日、含む?」
「含みます。会期中は本会議に委員会と、通常通りのご出席が必要です」
「……ライブ、土曜日なんだけど」
「存じ上げております」
「な、なんで、急に臨時国会なのっ!?ウチの推し、いつも通り開催してくれてるのに、国会側がドタキャンしてくるとか、おかしくないっ!?」
「ドタキャンではなく、召集です」
「同じじゃん!!」
るる奈はソファの上で、思いっきり足をバタつかせた。
「なんでよりによってこのタイミング!ウチ、この日のためにグッズ代も必死で貯めてたのに!国会のせいで、推し活が全部パアじゃん!」
「先生、お気持ちは分かりますが、臨時国会の召集は、先生個人のスケジュールに合わせて決められるものではありません」
「わかってるけど!わかってるけど、ムカつくもんはムカつくの!」
八つ当たり気味に、るる奈はクッションを抱きしめて唸った。
「国会のバカ!空気読めよ!ウチの推し活の方が、大事なんですけど!」
「……先生」
御子神の声が、いつもより一段低くなった。
「国政より推し活の方が大事、という発言は記者の前では、絶対になさらないでください」
「分かってるって!ここだけの話じゃん!」
るる奈はぶすっとした顔で、ソファに突っ伏した。
「はぁ……。楽しみにしてたのに……。ウチだけ、いつも損する星の下に生まれてる気がする……」
そこへ、丸目がタブレットを手に慌ただしく部屋に入ってきた。
「先生、御子神さん、大変なことになってます」
「なに、丸目さんまで。もう驚くことないでしょ。ウチ、もう国会に絶望してるんだけど」
「臨時国会の召集決定を受けて、議院運営委員会が、複数の議員の海外渡航を認めないことを決定したそうです」
「……は?」
るる奈が、ソファから顔を上げた。
「執行部クラスの先生方や、委員会の役職者の先生方が、予定していた海外出張、ベトナムやパプアニューギニアの渡航を軒並み止められたらしくて。今、党内ちょっとした騒ぎになってます」
「海外、出張……」
るる奈の目に、みるみる光が戻ってきた。
「つまり、行くはずだった偉い先生たちが、行けなくなったってこと?」
「そういうことです」
「……ねえ、それってさ」
るる奈は、がばっと起き上がった。
「その空いた枠、ウチが代わりに行っちゃダメ?」
御子神と丸目の顔が、同時に固まった。
「先生、さすがに話が飛躍しすぎです」
「いや、聞いて!ライブ行けなくなった代わりに、海外出張なら、ウチ、テンション上がるし!ほら、パプアニューギニアとか、ベトナムとか、行ったことないとこ多いし! ウチが数合わせで埋めれば、丸く収まるっしょ!」
「その渡航は、政策目的があって組まれているものです。先生の気分転換のために代役を立てる、という制度ではありません」
「でもさあ、竹中さん!アポ、取れない?執行部の人に、『空いた枠、ウチが行きます』って!」
なぜか飛び火したるる奈の無茶振りに、竹中は静かに眼鏡を拭き始めた。
「先生、根本的な部分をお忘れではありませんか」
竹中が、深いため息とともに言った。
「来週は、臨時国会の召集期間です。ですので、千道先生も国会にご出席いただく必要があります」
「……あっ!?」
るる奈の動きが、ぴたりと止まった。
「……そっか。ウチも、国会にいないといけないんだっけ」
「そうです」
「……海外、行けなくない。これ」
「そもそも、行けません」
るる奈は、ゆっくりと先ほどまでの勢いを失いながら、再びソファに沈み込んだ。
「……ライブも行けない、海外出張も行けない、ウチだけ国会に軟禁される……」
「軟禁ではなく、職務です」
「同じじゃん」
るる奈は、クッションに顔を埋めながら、くぐもった声で呟いた。
「……推しのライブより、海外出張より、結局ウチは国会にいる運命ってこと?」
「そういうことです」
御子神が、静かにきっぱりと頷いた。
窓の外では、来週の召集を待つ永田町が、いつも通り、何事もなかったかのように夕暮れに染まっていた。




