第60話 コア層を引き止めないと党が潰れるとか、政治家の推し活ビジネスも楽じゃないね
国会議事堂前は、今日もいつも通りの賑わいを見せていた。
拡声器から響く力強いシュプレヒコール。
色とりどりのプラカード。
市民党の櫛党首と人民政党の友村党首が、それぞれの陣営を率いて声を張り上げている。
「自衛隊は違憲です!九条を守りましょう!」
「軍拡は絶対に許しません!」
議員会館の自室で、スマホの画面越しにそのニュースをぼんやり眺めていたるる奈は、ふと首を傾げた。
「……ねえ、これ。いつも同じこと言ってない?」
「デモの内容ですか?」
書類仕事をしていた竹中が、顔を上げた。
「うん。ウチ、前にデモの現場で会った時、あの二人自衛隊がどうとか九条がどうとか、めちゃくちゃ熱く語ってたじゃん。でも、その後普通に喋った感じ、めちゃくちゃ現実的な人たちだった気がするんだよね」
るる奈は、腕を組みながら首をひねった。
「なんかさ、あの人たちって、絶対に頭の中では自衛隊を今すぐなくすの無理って分かってると思うんだよね。それなのに、なんでずっと同じこと、言い続けてるわけ?」
その素朴な疑問に、御子神、丸目、竹中の三人は、思わず顔を見合わせた。
「……鋭いご指摘です、先生」
竹中が、静かに口を開いた。
「まず前提として、これは私たちが所属する民自党の立場からではなく、あくまで公正中立な視点で説明させていただきます」
「うん、お願い」
「市民党や人民政党の主張の根底には、第二次大戦への反省と、憲法九条の平和主義への強い思いがあります。自衛隊の増強が、アメリカの戦争に巻き込まれることに繋がるのではないか、という警戒感ですね」
「それは、まあ、一応分かる」
「ですが、先生がおっしゃる通り、現実問題として自衛隊をすぐになくすことは不可能です。実際、市民党が過去に政権を担当した時も、結局は自衛隊を合憲だと認めざるを得ませんでした。人民政党も、違憲とは言いながらも、災害時や有事には自衛隊を活用する、という姿勢を取っています」
「……それって、めちゃくちゃ矛盾してない?」
「はい。矛盾しています」
竹中は、あっさりと頷いた。
「では、なぜそれでも違憲や解消という看板を、下ろさないのか」
「うん、それそれ!それが、聞きたい!」
丸目が、優しい口調で引き継いだ。
「先生。政党にとって一番怖いことって、なんだと思いますか?」
「え、なんだろ……。選挙で負けること?」
「近いです。答えは、支持者に見放されることです」
「支持者?」
「市民党や人民政党には、長年応援してきてくれている、コアな支持層がいます。平和運動をしている団体や、労働組合の人たちですね。彼らは、必ず選挙に行って必ずその党に投票してくれる、いわば固定票です」
「あ、それ、なんかウチも分かるかも。推しに、長年投げ銭してたようなもの」
「近いかもしれません」
丸目が、苦笑しながら続けた。
「その固い票は、少数だとしても比例代表での議席獲得や政党交付金、党組織の維持において、かなり重要なんです。実際、少なくとも1議席確保できる数ならなおさらです。ですので、党がやっぱり自衛隊、現実的に必要だよねって、急に路線を変えたら――」
「その支持者たち、離れちゃう?」
「はい。しかも、ただ離れるだけじゃなくて、もっと過激な主張をする新興の政党に、票がそのまま流れていく可能性が高いんです」
「……あ」
「なるほど、だから、あの二人は絶対に主張変えないんだ。変えたら、ライバルにお客さん取られちゃうもんね」
「先生の言葉を借りるなら、まさにその通りです」
御子神が、静かに口を挟んだ。
「彼らにとって、あの主張は、党という組織を存続させるための、極めて計算された戦略でもあるんです」
「……でも、じゃあさ」
るる奈は、少し不服そうな顔をした。
「そんな、現実的な政策よりも、党存続のための主張を続けてる政党、いっそなくなっちゃえばよくない?その方が、国会もスッキリしそうだし」
その言葉に、御子神はいつになく丁寧な口調で答えた。
「先生。仮に、市民党や人民政党が0議席になったとしても、その支持者たちも同時に消えるわけではありません」
「……あ」
「彼らは、また別の――もしかしたら、今よりもっと過激な主張をする政党に、票を投じるだけです」
「……なるほど」
「有権者が多い以上、少数派の主張も必ず一定数存在します。その声を、少数派だからといって、一切無視することはできません。日本が民主主義を掲げる以上は」
竹中が、静かに続けた。
「それに、いつまでも大多数側にいられる保証は、誰にもありません。今は多数派の意見でも、時代が変われば少数派に転じることもあります」
「……なんか、急に難しい話になってきた」
「無論、少数派を過剰に優遇するわけでもありません。あくまで、バランスの問題です」
「バランス……」
「そして、そのバランスは、一生かけても簡単には解決しません」
御子神が、はっきりと言った。
「そのために、国会議員がいるんです」
るる奈は、しばらく黙り込んだ。
いつものような軽口も、すぐには出てこなかった。
「……国会議員って、思っていた以上に責任重大なんだね」
「はい、単純ではありません」
「うん、分かった。今、めっちゃ分かった」
るる奈は、ソファに深く沈み込みながら、ぽつりと呟いた。
「あの二人がずっと同じこと言い続けてるのも、もっと過激な政党に支持者がいかない様に引き止めているんだね。意味あってやってることなんだね」
「おおむね、そうです」
「……政治家って、大変だ」
「先生も、その一員ですよ」
「そこは、思い出させないでほしかった」
窓の外では、まだ国会前のデモの声が、遠くから微かに聞こえていた。
るる奈は、その声に耳を澄ませながら、少しだけ真剣な顔で夕暮れの空を見つめていた。




