第59話 民自党に入って直接論破した方が早くないっすかとギャル議員。野党党首に政党の存在意義を教えられる
議員会館、小会議室前。
るる奈は午後の部会の合間、丸目と一緒に廊下を歩いていた。
コーヒーの自動販売機に向かう途中、ふと正面から見覚えのある二つの顔が現れた。
「……あ」
市民党の櫛党首と、人民政党の友村党首だった。
国会前のデモで一度、公開説教まがいのやり取りをした相手である。
あの時、二人はるる奈を何も知らない若いお嬢さんとして諭そうとし、最終的に現職の国会議員と知って、絶句する羽目になった。
無論、その日の動画は、ネットで散々拡散された。
櫛も友村も、内心ではるる奈の存在を思い出すだけで苦々しい相手として、記憶していた。
「……あら。千道先生でしたか」
櫛が、優雅な仮面の下に、わずかな険を滲ませながら言った。
友村は、無言で露骨に眉間に皺を寄せている。
「友村センセイに、櫛センセイ。お久しぶりっす」
るる奈が、いつもの軽い調子で女傑党首たちに頭を下げる。
丸目が、すかさず一歩後ろに控えた。
「今日は、何の用でこちらに?」
友村が、低い声で言った。
「いや、たまたまっす。コーヒー買いに来ただけ。でも、せっかく会ったし、ちょっと聞きたいことあるんすけど」
るる奈は、自販機の前で立ち止まり、二人の女傑をまっすぐ見た。
「ウチ、民自党の研修で、市民党と人民政党のこと、ちゃんと勉強したんですよ。昔って、結構な議席数、持ってたんすよね?」
その一言に、櫛の表情がわずかに揺れた。
「……ええ。かつては、もっと国民の支持を集めていた時代もありました」
「でも今、両方合わせても二十議席切ってるじゃないっすか。それってマジで、世間一般からの期待値、めちゃ下がってるってことっしょ?」
「……何が言いたいんですか、千道先生」
友村の声に、明確な棘が混じった。
るる奈は、悪気のない顔で続けた。
「いや、悪く言うつもりないんすけど。今のお二人の党、コアな支持者さんはガチで熱いんすよね?でも、世間一般のフツーの人たちからは、正直そんなに期待されてない感じがするんすよ。今回の選挙も、結局民自党が圧勝したわけじゃないっすか。それって、世間が今はこっちでいいやって、判断したってことだと思うんすけど」
控室前の廊下に、しばし沈黙が落ちた。
櫛が、静かに鋭く切り返した。
「圧勝の理由は、メディアの空気作りと、『鷹町旋風』という一時的な熱狂です。本質的な政策の是非とは、必ずしも一致しません」
「それはそうかもしれないっすけど、結果は結果じゃないっすか。世間一般の人たちが、投票で選んだのは民自党だったってことは、変わらないっすよね」
るる奈の指摘は、決して悪意に満ちたものではなく、むしろ研修で得た知識をそのまま素直にぶつけているだけの、ある意味で残酷な率直さを持っていた。
友村が、苦々しい顔で口を開いた。
「……千道先生。あなたのような議席数だけで価値を測る考え方は、それこそ傲慢で危険です。少数派の声を代弁することにも意味がある。それが、民主主義です」
「あ、それはマジで分かるっす。少数派の声、大事だと思うっすよ。でも、だったらもっと、コアな支持者だけじゃなくて、世間一般のフツーの人にも届く言葉、考えた方がいいんじゃないっすか?ウチ、前にデモで会った若い子たちと話した時のお二人の演説、ぶっちゃけ刺さってなかったっすよ」
その言葉に、友村の顔が苦虫を噛んだように歪んだ。
櫛は、目を細めながら努めて冷静さを保とうとしていた。
「……それで?あなたは何が言いたいんですか」
「いや、提案なんすけど」
るる奈は、自販機からコーヒーを取り出しながら、軽い調子で続けた。
「外からギャーギャー言ってるより、民自党に入ってガチで部会とかPTで直接論破した方がコスパいいんじゃないっすか?ウチ、数合わせで部会出てるんすけど、民自党って、実はめっちゃ意見対立してて、ガチで議論してるんすよ。経済政策とか社会保障とか、党内でも全然一枚岩じゃないし。だったら、外から石投げるより、中に入って言いたいこと直接ぶつけた方が、実現する確率高くないっすか?」
「……あなたは、政党の存在意義を何も理解していませんね」
櫛が、静かに言った。
「私たちが市民党や人民政党という旗を掲げているのは、民自党の中に取り込まれてしまえば失われる独自の価値観があるからです。支持者は、私たちが民自党とは全く違う党だからこそ、信頼を寄せてくれている」
るる奈は、コーヒーの缶を両手で持ちながら、少し首を傾げた。
「でも、結局それじゃあコアな支持者さんだけ見て、世間一般の声はちゃんと聞いてないんじゃないっすか?ウチ的には、外からぎゃーぎゃー言ってる方がコスパいいのか、それとも中に入って直接やる方がコスパいいのか、正直まだよく分かんないんすよね。」
友村が、何か言い返そうと口を開いたが、その言葉は出てこなかった。
代わりに、深く苦々しいため息だけが漏れた。
しばらくの沈黙の後、櫛が意外にも静かな声で言った。
「……千道先生。あなたは、本当に私たちが嫌悪していたような、運だけで当選した無知なギャルではないようですね」
「いや、運だけで当選したのはマジっすよ。闇金から金借りて、たまたま鷹町旋風に乗っただけだし。でも、こうやって国会議員やってると、知らない世界とかいろいろ見えてくるんすよね。特に与党の場合、議論した政策が現実になるのを、肌感覚で分かるし」
るる奈は、悪びれることなくあっけらかんと笑った。
「ウチ、一期四年でスパッと引退するつもりなんで、お二人みたいに何期も生き残ろうとする政治家とは、基本的な考え方が違うのかも。だから、こうやってフラットに、ギャル目線で言えちゃうのかもしれないっす」
友村は、しばらく無言でるる奈を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……一期で辞めるつもりの新人に、議席数で説教されるとは、思いませんでしたね」
「あっ、すんません。さすがに、調子に乗りました」
「いえ……」
友村が、珍しく少しだけ柔らかい表情を見せた。
そして、櫛が半ば呆れたように微かな苦笑を浮かべながら言った。
「先ほどの提案、民自党に入って中から論破するは、丁重にお断りします。私たちには、私たちの歴史と信じてついてきてくれた支持者がいる。それを簡単に捨てる気はありません」
「了解っす。やっぱり、それがいいと思うっす」
るる奈は、コーヒーを一口飲みながら軽く頷いた。
「ウチ、別にお二人の党を潰したいとか思ってないんで。ただ、お二人が民自党国会議員だったら、自分がやりたい政策できるのにと、思っただけっす」
控室の前に、奇妙な静けさが流れた。
櫛と友村は、もう以前のような完全な敵意ではなく、どこか複雑なしかし確かに何かを受け取ったような表情で、るる奈を見つめていた。
丸目が、後ろから小さく咳払いをした。
「先生、そろそろ部会の時間です」
「うぃ、了解。……じゃあ、お二人とも、お疲れっす」
るる奈は、軽く手を振りながら廊下を歩いていった。
その背中を見つめながら、友村がぽつりと呟いた。
「……あの子、本当に一期で辞める気なのかしらね」
「分かりません。ですが、仮に立候補たとしても、受けてたちますわ」
櫛が、薄く笑った。
二人の女傑党首は、しばし無言で若いギャル議員の後ろ姿を見送っていた。




