第58話 民自党って意外と色々おるんだな、ていうかケンカしてんの草
今日のるる奈の予定は、相変わらず「数合わせ」の二本立てだった。
午前は党の経済政策調査会。
午後は社会保障部会。
どちらも、福島副幹事長から「とりあえず座っていればいい」という、いつもの『議席維持装置』としての出席命令だった。
「うぃ、了解。座ってるだけならお手の物っしょ」
軽い気持ちで会議室に入ったるる奈だったが、午前の経済政策調査会でその認識は一瞬で吹き飛んだ。
「だから、言ってるだろう!法人税をさらに下げなければ、企業の海外流出は止まらんのだ!規制緩和を徹底し、市場の自由競争に任せるべきだ!」
声を荒げたのは、いかにも財界寄りのスーツの仕立てが妙に良いベテラン議員だった。
その対面に座る、まだ四十代と思われる別の議員がすぐに鋭く切り返した。
「規制緩和、規制緩和って、それで非正規雇用が増えて、若年層の所得が下がり続けてるのが現状でしょう!企業優先の政策ばかりやってきたから、今の少子化があるんですよ。むしろ、中間層への分配を厚くする方向に、はっきり政策の軸を変えるべきだ!」
「分配ばかり言っていたら、財源はどこから出すんだ!結局、未来の世代に借金を押し付けるだけじゃないか!」
「いや、まず大企業の内部留保に、もっと踏み込んだ課税をするべきです。それが、先でしょう!」
怒号に近い声が、会議室の中で何度も飛び交う。
るる奈は、隅っこの席でスマホをいじるどころか、口を半開きにして二人の議員を交互に見つめていた。
(……え、待って待って?これって、同じ党だよね?ウチの党だよね?)
午後の社会保障部会では、さらに別の対立が待っていた。
「家族の在り方を守るためにも、伝統的な価値観を基盤とした制度設計が必要だ。選択的なんちゃらの導入は、慎重に慎重を重ねるべきだろう」
「いつまで『伝統』という言葉で立ち止まるんですか。現場ではもう制度が現実に追いついていない。当事者が苦しんでいる以上、踏み込んだ見直しを今やるべきです」
ここでも、明らかに違う方向を向いた主張が、真正面からぶつかり合っていた。
声を荒げる者、データを片手に冷静に詰める者、感情的に訴える者。
夕方、るる奈は二つの会議を経て、ぐったりとした顔で議員会館の自室に戻ってきた。
「……ただいま。今日、マジで頭おかしくなりそう」
「お疲れ様です、先生。一体何かありましたか?」
御子神が、いつもの無表情でお茶を出しながら聞いた。
るる奈はソファにどさっと座り込み、銀髪を掻き回した。
「いやいや、今更なんだけど……。同じ民自党国会議員なのに、めっちゃケンカしてるじゃん!」
「ケンカ、ですか」
「午前の経済政策の部会、法人税下げろ派と、分配しろ派が、ガチのマジギレでやり合ってたの。午後の社会保障も、伝統重視のおじさんと、もっと変えろって言ってる人が、真正面からぶつかってた。……ウチ、今までずっと『民自党=みんな同じ考えの集まり』みたいなイメージだったんだけど、全然違うじゃん」
丸目が、コーヒーを口に運びながら頷いた。
「先生、実は民自党って結党以来そういう党なんですよ。保守一色というより、いろんな考え方の議員が同じ屋根の下に集まっている『連合体』みたいな性質が強いんです。だから、派閥もできる」
「えー、知らなかった。じゃあ、あの法人税下げろのおじさんと、分配しろの人は、普段から仲悪いの?」
「悪いというより、単純に『立場が違う』だけです」
竹中が、冷静に補足した。
「経済界出身の議員は、企業側の論理に立ちやすい。労働組合や地方の現場から出てきた議員は、分配や生活者側の論理に立ちやすい。同じ党にいても、出自やバックグラウンドが違えば、政策の優先順位は当然変わってきます」
「社会保障の方も、同じ感じ?」
「あれは、もっと根本的な価値観の違いです。家族観、人権観、社会の変化にどう向き合うか。世代によっても、選挙区の地域性によっても、立場が分かれます」
るる奈は、ソファの上で膝を抱えながら、しばらく考え込んだ。
「……あのさ、ウチ、たまにSNSとか見るんだけど、『意見が合わないなら離党すればいい』とか『党内でまとまれないなら、もう分党した方がいい』みたいなコメント、よく見るんだよね。今日の二つの会議見て、なんかそれ違うなって思ったわ」
「違う、というのは?」
「だってさ、考えが反対だからこそ、ガチで討論してたんだよ。法人税下げろ派が勝手に決めるんじゃなくて、分配しろ派がちゃんと反論して、お互い言いたいこと全部ぶつけてた。あれ見て、なんか……民自党って、ああいう『反対意見とぶつかる場』が、ちゃんとあるから強くなってるんじゃないかって、ウチ、肌で感じたんだけど」
御子神が、わずかに目を細めた。
「先生、それは本質を突いた見方ですね」
「マジで!?ウチ、すごいの」
「政治学的に言えば、党内に多様な意見があり、それが正面から討論されることで、政策の精度が上がっていく、という考え方があります。異なる立場がぶつかり合うからこそ、極端な方向に振れすぎず、現実的な妥協点が見えてくる」
「そうそう、それ!なんか、ウチ、SNSの人たちに言いたいわ。『意見違うなら出てけ』とか簡単に言うけど、その意見の違いがあるからこそ、ガチで議論してるんだよって。それ知らないで、勝手なこと言わないでほしいんだけど」
丸目が、苦笑しながら頷いた。
「先生、その意見結構鋭いと思いますよ。実際、党内対立をただの内輪揉めとして揶揄する報道も多いですけど、現場で見ると本来は真剣な政策論争ですから」
るる奈は、ふと何かを思いついたように身を乗り出した。
「ねえ、じゃあさ、野党の人たちも、わざわざ別の党作って外からガーガー言うより、民自党に入って、直接あの会議に乗り込んで、自分の考えをぶつけて論破しちゃえばいいんじゃない?外から石投げてるより、中に入ってガチで言いたいこと言って、実現させた方が早くない?」
その瞬間、部屋に短い沈黙が落ちた。
竹中が、思わず笑い出した。
「先生、それはなかなかに大胆な発想ですね。理論上は、間違っていません。実際、過去にも『党内で実現を目指す』という戦略を取った政治家は存在しました。ですが——」
「ですが?」
「政党には、それぞれの歴史と支持基盤があります。野党には野党の支持者がいて、その人たちが期待しているのは、民自党の中で論破することではなく、外から対抗する勢力であることそのものです。ですので、中に入った瞬間その支持者を失うリスクがある」
「あー、なるほどね。外にいるからこそ意味がある人たちもいるってことね」
「その通りです。ですが、先生の発想自体は、的外れではありません。理念だけで言えば、政策を実現する最短ルートは、力を持つ場所に身を置くことですから」
るる奈は、うんうんと頷きながら、窓の外の国会議事堂を見つめた。
「……なんかウチ、ほんとに国会議員とか、永田町とか、一生縁がないと思って生きてきたじゃん。闇金から借金して、運良く当選しただけだし。でも、こうやって中に入ってみたら、知らない世界がめっちゃ広がってて、地味に面白いなって思うわ」
「面白い、ですか」
「うん。法人税の話とか伝統の話とか、ウチ、正直一ミリも興味なかったんだけど、おじさんたちがガチで言い合ってるの見ると、なんか本気の本気が伝わってくるんだよね。テレビで見るのと生で見るのでは全然違うわ、マジで」
御子神が、静かに湯呑みを片付けながら言った。
「先生がそう感じてくれるなら、数合わせとはいえ、出席させた意味があったということです」
「うぃ、ありがと。……でもさ、明日も座ってるだけでいいやつだよね?」
「もちろん、明日も部会です。今度は外交関連です」
「えー、またガチ討論あるやつ!?」
るる奈の悲鳴混じりの声が、夕暮れの議員会館の一室に響いた。
けれど、その声には、以前のようなめんどくさいだけではなく、どこかうっすらとした好奇心が混じっていることに、御子神だけが静かに気づいていた。




