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第57話 有能すぎる議員が離党したので、優秀と人望は別物だと知りましたが、秘書に甘えすぎるのも問題らしいです

 その日の午後、るる奈は自室のソファに寝転びながら、スマホでニュース配信のLIVEを眺めていた。


「……うわ、緑橋センセイ、離党会見してる」


 画面の中では、民自党二期目のホープと呼ばれていた緑橋議員が、硬い表情で頭を下げていた。フラッシュの嵐、詰めかけた記者たち、飛び交う厳しい質問。


「秘書とか官僚へのパワハラで、集団訴訟されたってやつだよね、これ」


「そのようですね」


 御子神が、書類を片付けながら画面をちらりと見た。


「ウチ、緑橋センセイのこと知ってる。前に部会で一緒になったことあるし」


「数合わせで参加された、あの部会ですね」


「そうそれ。ベンチャー企業向けの規制緩和の話、めっちゃ熱く語ってた。なんかもう、周り置いてけぼりくらいのテンションで」


 るる奈はスマホの画面を眺めながら、記憶をたどるように続けた。


「あの時も、秘書さんたちめっちゃピリピリしてたんだよね。緑橋センセイが喋ってる後ろで、みんな顔色真っ青っていうか。あれも、パワハラの一つだったのかな……」


「おそらく、日常的な雰囲気の延長だったのでしょう」


「でもさ、緑橋センセイって、めちゃくちゃ優秀じゃん? 法改正とか、いっぱい実現させてるし」


「実力があることと、パワハラをしないことは、まったく別の話です」


 御子神が、静かに言った。


「有能であるがゆえに、自分の基準を他人にも同じように求めてしまう。これは、決して珍しいパターンではありません」


「へー……」


 丸目が、コーヒーカップを手に、少し神妙な顔で口を挟んだ。


「先生、実は僕、知り合いに緑橋先生の私設秘書やってる人がいるんですけど」


「え、マジ?」


「前に青年局主催のアメリカ研修視察旅行があって、五泊七日だったんですけど。その人、帰ってきてから、しばらく放心状態でしたよ」


「アメリカ研修!? いいなあ、ウチも行きたい!」


「先生」


 御子神の声が、瞬時に低くなった。


「今、その話をする流れではありません」


「あ、はい……」


 るる奈は肩をすくめたが、丸目は苦笑しながら続けた。


「その人が言うには、視察のスケジュール自体は、確かにすごく充実してたらしいんです。現地の企業訪問、規制当局へのヒアリング、議会関係者との意見交換……。内容は本当に濃かったって」


「へー、ちゃんとしてるじゃん」


「ただ、移動中も食事中も、ずっとダメ出しの連続だったそうです。資料の読み込みが甘いとか、質問の切り口が浅いとか、報告書の構成が論理的じゃないとか」


「うわ……」


「秘書がホテルの部屋に戻った後も、深夜まで資料の修正をさせられて、翌朝五時起きでまた視察、みたいなサイクルが五泊七日続いたらしいです」


「それ、フランス研修の氷室先生の比じゃなくない……?」


「氷室先生は、厳しいですが、理不尽ではありません」


 御子神が、きっぱりと言った。


「緑橋先生の場合は、結果を出すこと自体は正しい。ですが、その過程で、相手の限界や事情を一切考慮しない。それが積み重なって、今回のような事態を招いたのだと思います」


「なるほどねー」


 るる奈は、画面の中の緑橋を見つめながら、ぽつりと呟いた。


「頭良くて、結果も出してて、でもそれで、みんなから嫌われちゃうんだ」


「有能さと、人望は、別軸で評価されるべきものです」


「深いこと言うじゃん、御子神さん」


「先生の周りで、日々学んでいますので」


「それ、なんか含み持たせて言ってない?」


 御子神は、何も答えずに小さく微笑んだ。


 竹中が、画面越しの緑橋の会見を見ながら、静かに言った。


「彼、これから干されるでしょうね。離党までしたわけですし」


「あーあ。せっかく優秀なのに、もったいない」


「もったいない、で済む話ではないですけどね」


 御子神が、静かに釘を刺した。


「先生も、他人事とは思わず、日頃から気をつけてください」


「え、ウチ、パワハラなんてしてなくない?」


「先生の場合は逆に、秘書たちに甘えすぎる方向で問題が起きています」


「それはそれで、問題なんだ……」


 るる奈は、スマホの画面を見つめながら、小さくため息をついた。

 画面の中の緑橋は、まだ深々と頭を下げ続けていた。

 優秀さと独善さは、時に紙一重で隣り合っている。

 るる奈にはまだ、その境界線がよく分からなかったが、少なくとも、秘書たちを困らせすぎないようにしようとは、なんとなく思うのだった。

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