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第5話 兄妹3人で仲良く期日前投票してくるんだけどぉ〜

「るる奈も一緒に期日前投票行かないか?」


 しし男は、半分諦め気分で声をかけた。


 本来なら、今年18歳になったばかりの真面目な妹のりり華と二人で投票に行く予定だったが、一応、形だけ誘ってみたのだ。


 すると、ベッドに寝転がっていたるる奈が、スマホからバッと顔を上げて意外な返事をした。


「行く! ウチも行く! 今すぐ準備するね!」


 しし男とりり華は驚いて顔を見合わせた。今まで一度も選挙に行ったことがないはずの姉が、急にやる気満々になるとは。


 数分後、リビングに現れたるる奈を見て、二人は絶句した。


 盛りに盛った銀髪エクステ、派手なメイクに毒々しいネイル。

 まるで推しのライブに行くような、気合十分のギャル全開コーデだった。


「……お前、投票に行くんだぞ?」


「わかってるって。でも、なんか楽しそうじゃん!」


 るる奈はニコニコと珍しく上機嫌だった。内心では(自分の名前が投票所に載ってるはず……!)という期待と焦りがぐるぐる回っていたが、家族に悟られる気配は全くない。


 投票所へ向かう道すがら、しし男は熱心に期日前投票の説明を始めたが、るる奈の耳には右から左へ抜けていく。


「いいかるる奈、要するに無効票だけは絶対に書くな。一票を確実に有効にしろ。これ超大事だからな!」


「はーい、わかったー」


 りり華は、二人の後ろで小さくため息をついた。


 学校で模擬投票を経験している彼女からすると、姉のやる気の方向性が完全にズレているのが心配でならなかった。


 大型商業モールの特設期日前投票所に着くと、しし男はまず選挙区一覧の掲示板の前に二人を連れていった。


 るる奈は「どれどれ〜?」と平静を装いながら、必死に自分の名前を探した。


(……え? ない。ウチの名前どこ……!?)


 小選挙区の欄には、あの日闇金事務所で鉢合わせた川本麒麟丸の名前が堂々と載っているのに、自分の名前がどこにも見当たらない。


 焦るるる奈の横で、掲示板の別の区画を見ていたりり華が、突然素っ頓狂な声を上げた。



「お、お姉ちゃん……! こっちの『民自党・比例代表単独候補』のところに……『千道るる奈』って書いてある……!」


「はあ!?」


 しし男の目が点になった。


「ちょっと待て、るる奈……お前、まさか本当に立候補したのか!?」


「え、違う違う! 全っ然他人! ただ同姓同名なだけだし!」


 るる奈はブンブンと両手を振って必死に否定した。内心では背中に冷や汗がダラダラと流れていた。


(やばい、バレる……! 闇金から600万円借りてエントリーしたなんて、真面目なしし兄に言ったらその場で説教するし!)


 しし男とりり華は、ほんの一瞬だけ本気で疑ったが、すぐに「まぁそうだよな」と納得した。供託金600万円なんて、貯金5000円のニートに用意できるはずがない。


「まあ、世の中同姓同名なんてたまにいるしな……」


「でもさ、面白そうだから、ウチその千道るる奈って人に一票入れたいんだけど」


「却下だ」


 しし男は即座に首を振った。


「今回の衆院選のシステムを教えてやる。受付で投票用紙を二枚渡される。一枚目は小選挙区だ。ここは、例えば『川本麒麟丸』とかの個人名を書く紙。そして問題の二枚目、こっちが『比例代表』の紙だ」


 しし男は人差し指を立てて、オタク特有の早口で解説をまくし立てる。


「衆院選の比例代表は、参院選と違って『個人名』を書いたらその時点で無効(ゴミ箱行き)になるんだよ。二枚目の紙には、必ず『民自党』とかの『政党名』を書かなきゃいけないルールだ。いいか、絶対に名前を書くなよ!」


「え〜? じゃあ、その同姓同名のるる奈ちゃんには投票できないじゃん。意味なくね?」


「意味はある! 比例はな、みんなが『民自党』って書いた票の総数で、まずその党が何議席獲得できるかが決まる。で、その獲得した議席の数だけ、党があらかじめ決めた名簿の順番に当選していくんだ。もし今回の『鷹町旋風』がガチで大爆発して、民自党の票がウゴウゴ集まれば、名簿の後ろの方にいるその『千道るる奈』まで順番が回ってきて、回り回って当選する可能性がワンチャンある!」


「……!」


 るる奈は細かいシステムはよく分からなかったが、「民自党と書けば、ウチの年収2000万円(名簿四位)に一歩近づく」ということだけは天才的な直感で理解した。


 投票ブースに入ったるる奈は、一枚目の紙に「川本きりんまる♡(漢字めんどい)」と適当に書き、そして二枚目の比例代表の紙に対し、これまでの人生で最も真剣な表情で、一文字ずつ念を込めて記入した。


『民自党』


(ウゴウゴ集まれ民自党の票……! 届けウチの四番目の席に……!!)


 切実すぎる願いを込めて、るる奈は投票箱に紙を滑り込ませた。


 投票の後、三人はモール内のレストランで早めの昼食を取った。


 兄妹三人で外食するなんて本当に久しぶりだった。


 しし男は上機嫌で「今後の政局の行方」を熱弁し、りり華は「同姓同名」のことがまだ少し気になるのか複雑な表情を浮かべつつも、珍しく楽しそうにオムライスを食べるるる奈を見て、嬉しそうに微笑んでいた。


「ねえ、記念に写真撮ろ! 映え〜なやつ!」


 るる奈がスマホを掲げ、三人でレンズを覗き込む。


 しし男は照れくさそうにピースし、りり華は少しはにかみ、るる奈は無敵のギャルスマイル。パシャリ、と三人の満面の笑みが画面に収まった。


 るる奈はいつものルーティンで、その写真を自分のSNSへ即座にアップした。


『人生初の投票行ってきた☆ 家族で選挙とかマジウケるんだけど〜♡ #期日前投票 #モールでランチ』


 るる奈にとっては、ただの日常の投稿のつもりだった。


――ちなみに、この期日前投票において、千道家で川本麒麟丸に投票した者は一人もいなかった(るる奈は「きりんまる♡」の「♡」は、公職選挙法において、投票用紙に候補者の氏名以外の文字や記号を書き込むこむ他事記載なので、無効票になっていた)。

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