第47話 フランスで真面目に勉強したのに、エッフェル塔でギャルピースした一枚だけが拡散されました(泣)
フランス研修から帰国して数日後、るる奈は予定より早く、女性局へレポートを提出した。
レポートは、紫村の丁寧なサポートがあったとはいえ、フランスの家族手当制度と子どもの貧困対策について、驚くほど詳細かつ正確にまとめられていた。
数字の裏付け、現地でのヒアリング内容、日本との比較まで、きちんと筋道立てて書かれている。
女性局の会議室で、氷室レイはそのレポートに一通り目を通し、珍しく小さく息を漏らした。
「……悪くありません」
「え、マジですか!?」
「文章の粗さはありますが、内容の理解度は評価に値します。あなたなりに、きちんと現地で吸収したようですね」
「や、やった……!」
るる奈は思わずガッツポーズを決めそうになり、慌てて手を下ろした。
氷室に褒められたのは、面接以来初めてのことだった。
「今後の政策活動に、活かしなさい」
「はい……!」
その一言だけで、るる奈の胸の奥がじんわりと温かくなった。
研修中の地獄のようなスケジュールも、資料の山も、少しだけ報われた気がした。
数日後、民自党のホームページに、フランス政策研修視察の報告記事が公開された。
メインは春日局長と氷室レイの研修や視察の様子。写真付きで、堂々とした内容が並んでいる。
るる奈については、末尾に一行、「千道るる奈議員も同行し、子ども支援政策について視察を行った」とだけ書かれていた。
「……ウチ、扱い軽っ」
「党の公式記事です。目立つ必要はありません」
御子神が淡々と言う。
「まあ、いいけど……」
るる奈は特に気にしなかったが、時期が悪かった。
日本国内では物価高騰が続き、増税議論も重なって、世間の不満は徐々に限界に近づいていた。
そんな空気の中、誰かがSNSに、るる奈がエッフェル塔の前で満面の笑みでギャルピースをしている、あの一枚の写真を投稿した。
『税金で海外旅行満喫中の議員、発見』
悪意たっぷりのコメントとともに、写真は瞬く間に拡散された。
「え、待って、これ何?」
るる奈は悪意あるSNSサイトを見ながら、震える手で画面を確認した。
案の定、コメント欄は大荒れだった。
『闇金議員、今度は税金で海外旅行』
『研修とか建前でしょ』
『ふざけてる』――。
誰かがつけた「#エッフェルるる奈」というあだ名まで、ものの数時間でトレンド入りしていた。
「……エッフェルるる奈って」
るる奈は片眉を上げた。
「語呂、良すぎてムカつく……」
「先生、そこは笑うところではありません」
御子神が真顔で突っ込んだ。
るる奈としては、言い分があった。
あのレポートは、氷室レイにきちんと評価された、実質のある内容だった。
だが党内的には、あくまで「党内資料」として扱われ、公表される予定はないという。
「ちゃんと勉強したのに……。あの写真だけ切り取られて、ふざけてるみたいに言われるの、めっちゃムカつくんですけど」
「世間には、そう見えるだけの燃料が揃ってしまったということです」
竹中が、珍しく神妙な顔で言った。
物価高で苦しむ世間の空気と乖離、そして党への鬱憤。
そこに「若い女性議員が海外でピースサイン」という分かりやすい絵が重なった。
冷静に見れば的外れな逆恨みでも、燃え広がるには十分すぎる材料だった。
るる奈は最初、秘書たちの慰めもあって、なんとか平静を保とうとしていた。
「まあ、ネットの反応なんて、いつものことだし」
そう、自分に言い聞かせていた。
だが、世間一般の空気は、それだけでは済まなかった。
主にネット内で、当てつけのような言いがかりのコメントが目立ち、最初はスルーしていたるる奈も、さすがに数日続くと、我慢の限界が近づいてきた。
「……もう無理」
自室のソファに沈み込みながら、るる奈がぽつりと呟いた。
「先生」
「なんかもう、ムカつきすぎて、いい加減、ちゃんと言いたい」
御子神と丸目、竹中は顔を見合わせた。
このままでは、るる奈の我慢がどこかで爆発する。
それならば、こちらでコントロールできる形で発散させたほうがいい。
三人の判断は一致した。
「……分かりました。会見の場を、セッティングします」
御子神がスマートフォンを取り出しながら言った。
議員会館の会議室が、急遽押さえられた。
マスコミ各社への連絡、質疑応答の想定、るる奈への簡単なレクチャー。
慌ただしく準備が進む中、るる奈は会議室の椅子に座り、窓の外を眺めながらぽつりと呟いた。
「……この雰囲気、なんか懐かしいっていうか」
「先生」
「闇金スキャンダルの時以来じゃん、これ」
御子神と丸目と竹中の表情が、揃って複雑に歪んだ。
「……そうならないよう、祈っております」
御子神の声には、あの時の記憶がまだ色濃く残っているようだった。
会見の時間が、静かに近づいていた。




