表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/48

第48話 炎上したので記者会見したら、マスコミの期待を裏切ってしまいました

 会議室のドアの向こうから、シャッター音とざわめきが漏れ聞こえていた。


「先生、あくまで平静に。冷静に。事実だけを、淡々と話してください」


 御子神が、最後の念押しをする。


「分かってるって。ウチ、闇金の時よりは落ち着いてるし」


「その節は本当に肝が冷えました」


「もう時効でしょ、あれ」


「……時効はありません」


 るる奈は小さく息を吐き、ドアの前に立った。

 開いた瞬間、フラッシュの嵐が視界を白く染めた。

 会議室にひしめいていたのは、国内大手紙、テレビ局、ネットメディア、個人配信者――多種多様な顔ぶりだった。

 るる奈が席に着くなり、質問が次々と飛んできた。


「税金でパリ旅行を満喫していた件について」


「エッフェル塔での記念撮影は、研修の一環だったんですか」


「物価高で苦しむ国民をどう思われますか」


 どれも、答えを聞く気のない、決めつけの質問だった。

 るる奈は一つひとつ、丁寧に頷きながら聞いた。

 ひと通りの質問が終わったところで、るる奈はマイクを引き寄せた。


「まず、エッフェル塔での写真についてですが。あれは研修最終日、全日程が終わったあとのフリータイム、一時間程度で撮ったものです」


「それは言い訳では」


「研修中は、朝は五時起き、夜は資料の読み込みで、正直死ぬかと思いました。マジで」


 会場に、微妙などよめきが起きた。


「言い訳ではなく、事実として、あの一時間以外は、ずっと視察と資料漬けでした」


 だが、記者たちは納得しなかった。


「税金を使っての海外渡航に、変わりはないですよね」


「自己負担金も払っていますし、研修内容も党内できちんと報告しています」


「その報告書、公開されていませんよね。都合の悪い内容だからでは?」


 明らかに、こじつけの色を帯びた質問だった。

 るる奈はふっと息をつくと、静かに鞄から数枚のコピー用紙を取り出した。

 自分が書いたレポートの、写しだった。


「これ、ウチが実際に書いたレポートです。全部は見せられないけど、一部だけ」


 るる奈は、資料に目を落としながら、ゆっくりと読み上げ始めた。


「フランスの家族手当制度では、所得に応じた段階的な支援があって、子ども食堂に近い地域支援モデルも、行政と民間が連携して運営されています。日本でも、この仕組みは部分的にアレンジできると思います」


 会場が、一瞬静まり返った。

 誰も、るる奈がここまできちんと言葉にできるとは思っていなかった。


「ウチ、今回のフランス研修で学んだこと、ちゃんと今後の政策作りに活かしたいと思ってます。子どもの貧困問題、マジで他人事じゃないんで」


 記者たちは、明らかに戸惑っていた。「ふざけた議員を叩く」つもりで来た会場が、思っていたのと違う空気になっていく。


「……あの、それとエッフェル塔の写真の件は」


「だから、それはもう説明した通り一時間だけです。ていうか、闇金議員でも、エッフェルるる奈でも、なんて呼ばれてもいいんで」


 るる奈はカメラのほうを、まっすぐ見た。


「千道るる奈って聞いたら、ついでに子どもの貧困問題も、ちょっとだけ思い出してもらえたら嬉しいです」


 しん、と会場が静まった。

 誰も、次の質問を出せずにいた。


「あ、それと……」


 るる奈は、付け加えるように言った。


「ワイドショーでウチ叩くのもいいですけど、子どもの貧困問題の特集番組とか、作ってくれません? それなら、喜んで協力しますし」


 記者たちの表情は、白けと呆れが混じったものに変わっていった。

 求めていた「炎上の続き」が、まったく出てこない。

 誰かが小さく咳払いをし、質問はそこで途切れた。

 結局、これといった見出しになりそうな発言は引き出せないまま、記者たちは渋々と会議室を後にした。


「……先生」


 御子神が、会見後の空っぽの会議室で、静かに口を開いた。


「なんか、思ったよりちゃんとしてました」


「思ったよりって何?」


「もちろん、褒めています」


 数日後、他の芸能人の不倫スキャンダルが世間を騒がせ始めた。


 メディアはあっという間にそちらへ飛びつき、「#エッフェルるる奈」の話題は、誰も触れなくなっていった。

 子どもの貧困問題そのものには、結局のところ誰も興味がなかったからだ。

 こうして、フランス研修を巡る炎上は、特に決着らしい決着もつかないまま、自然に消えていった。


「……なんか、拍子抜け」


 るる奈は、自室のソファに寝転びながら呟いた。


「まあ、それでいいんです。炎上は、消えるのが一番です」


 御子神の言葉に、るる奈は小さく笑った。


「次、また何かやらかしたら、よろしくね」


「……やらかさないでください」


 千道るる奈の、フランス研修は、こうして静かに幕を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ