第48話 炎上したので記者会見したら、マスコミの期待を裏切ってしまいました
会議室のドアの向こうから、シャッター音とざわめきが漏れ聞こえていた。
「先生、あくまで平静に。冷静に。事実だけを、淡々と話してください」
御子神が、最後の念押しをする。
「分かってるって。ウチ、闇金の時よりは落ち着いてるし」
「その節は本当に肝が冷えました」
「もう時効でしょ、あれ」
「……時効はありません」
るる奈は小さく息を吐き、ドアの前に立った。
開いた瞬間、フラッシュの嵐が視界を白く染めた。
会議室にひしめいていたのは、国内大手紙、テレビ局、ネットメディア、個人配信者――多種多様な顔ぶりだった。
るる奈が席に着くなり、質問が次々と飛んできた。
「税金でパリ旅行を満喫していた件について」
「エッフェル塔での記念撮影は、研修の一環だったんですか」
「物価高で苦しむ国民をどう思われますか」
どれも、答えを聞く気のない、決めつけの質問だった。
るる奈は一つひとつ、丁寧に頷きながら聞いた。
ひと通りの質問が終わったところで、るる奈はマイクを引き寄せた。
「まず、エッフェル塔での写真についてですが。あれは研修最終日、全日程が終わったあとのフリータイム、一時間程度で撮ったものです」
「それは言い訳では」
「研修中は、朝は五時起き、夜は資料の読み込みで、正直死ぬかと思いました。マジで」
会場に、微妙などよめきが起きた。
「言い訳ではなく、事実として、あの一時間以外は、ずっと視察と資料漬けでした」
だが、記者たちは納得しなかった。
「税金を使っての海外渡航に、変わりはないですよね」
「自己負担金も払っていますし、研修内容も党内できちんと報告しています」
「その報告書、公開されていませんよね。都合の悪い内容だからでは?」
明らかに、こじつけの色を帯びた質問だった。
るる奈はふっと息をつくと、静かに鞄から数枚のコピー用紙を取り出した。
自分が書いたレポートの、写しだった。
「これ、ウチが実際に書いたレポートです。全部は見せられないけど、一部だけ」
るる奈は、資料に目を落としながら、ゆっくりと読み上げ始めた。
「フランスの家族手当制度では、所得に応じた段階的な支援があって、子ども食堂に近い地域支援モデルも、行政と民間が連携して運営されています。日本でも、この仕組みは部分的にアレンジできると思います」
会場が、一瞬静まり返った。
誰も、るる奈がここまできちんと言葉にできるとは思っていなかった。
「ウチ、今回のフランス研修で学んだこと、ちゃんと今後の政策作りに活かしたいと思ってます。子どもの貧困問題、マジで他人事じゃないんで」
記者たちは、明らかに戸惑っていた。「ふざけた議員を叩く」つもりで来た会場が、思っていたのと違う空気になっていく。
「……あの、それとエッフェル塔の写真の件は」
「だから、それはもう説明した通り一時間だけです。ていうか、闇金議員でも、エッフェルるる奈でも、なんて呼ばれてもいいんで」
るる奈はカメラのほうを、まっすぐ見た。
「千道るる奈って聞いたら、ついでに子どもの貧困問題も、ちょっとだけ思い出してもらえたら嬉しいです」
しん、と会場が静まった。
誰も、次の質問を出せずにいた。
「あ、それと……」
るる奈は、付け加えるように言った。
「ワイドショーでウチ叩くのもいいですけど、子どもの貧困問題の特集番組とか、作ってくれません? それなら、喜んで協力しますし」
記者たちの表情は、白けと呆れが混じったものに変わっていった。
求めていた「炎上の続き」が、まったく出てこない。
誰かが小さく咳払いをし、質問はそこで途切れた。
結局、これといった見出しになりそうな発言は引き出せないまま、記者たちは渋々と会議室を後にした。
「……先生」
御子神が、会見後の空っぽの会議室で、静かに口を開いた。
「なんか、思ったよりちゃんとしてました」
「思ったよりって何?」
「もちろん、褒めています」
数日後、他の芸能人の不倫スキャンダルが世間を騒がせ始めた。
メディアはあっという間にそちらへ飛びつき、「#エッフェルるる奈」の話題は、誰も触れなくなっていった。
子どもの貧困問題そのものには、結局のところ誰も興味がなかったからだ。
こうして、フランス研修を巡る炎上は、特に決着らしい決着もつかないまま、自然に消えていった。
「……なんか、拍子抜け」
るる奈は、自室のソファに寝転びながら呟いた。
「まあ、それでいいんです。炎上は、消えるのが一番です」
御子神の言葉に、るる奈は小さく笑った。
「次、また何かやらかしたら、よろしくね」
「……やらかさないでください」
千道るる奈の、フランス研修は、こうして静かに幕を閉じた。




