表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/48

第34話 政治とお金、生々しすぎてウチのギャルセンサーがバグる件

 闇金スキャンダルが世間的にはほぼ鎮火し、「あのギャル議員、なんか供託金改革で頑張ったらしいね」という、当初とは別人のような好意的なイメージが定着し始めた頃、千道るる奈の議員会館事務所には、相変わらず陳情者の列が途切れなかった。


「次の方、どうぞー」


 御子神に渡された名簿を見ながら、るる奈は応接スペースに招き入れる。


 今日来訪したのは、地元の建設業組合の重鎮、髪をオールバックに固めた六十代の男・倉田だった。名刺交換もそこそこに、彼はやけに親密な笑みを浮かべながらソファに腰を下ろした。


「千道先生、お若いのにご活躍で。実はね、うちの組合、今度の衆院選挙でしっかり票を固める用意がございます。三千票、いや、組合員の家族票も合わせれば五千は固いでしょう。その代わり、先生には次の総選挙、うちの業界に有利な公共工事の発注ルールについて、一声かけていただきたいだけなんです」


「……」


 るる奈の脳内で、ギャルセンサーが「ピーピー」と鳴った。


(これ……ヤバいやつじゃん。闇金より静かだけど、なんか質感が似てる……)


 倉田が続けて、紙袋をテーブルにそっと押し出した。


「気持ちですが、政治団体への寄付の手続きも、こちらでスムーズに進めさせていただきます。年間で、ある程度の規模を約束しますよ」


 るる奈は、紙袋を一瞬見て、すぐに視線を逸らした。御子神に叩き込まれた「黄金律」を、頭の中で必死に再生する。


「……あの、倉田さん。お話、しっかり聞きました。でも、ウチ、票とか寄付とか、そういう確約とセットの話は受けられないんで。普通に陳情として、内容だけ承りますね」


「いやいや先生、堅いことおっしゃらず。皆さん、こうやって地盤を固めていくものですよ」


「すんません、無理っす。これ以上はノーコメントで」


 御子神がすかさず割って入り、丁寧に、しかし完全な拒絶のオーラで会談を終わらせた。倉田は不満げな顔のまま、紙袋を持って帰っていった。



 その日の午後にも、似たような話があった。今度は地域の福祉系団体を名乗る女性が、にこやかにこう切り出したのだ。


「先生、NPO法人を新しく立ち上げたいんです。子育て支援の名目で。先生のお名前を理事に貸していただければ、補助金の申請が通りやすくなりますし、運営が落ち着いたら、もちろん先生にも特別というか、相応のお礼は……」


「いや、それも無理っす。理事とか名前貸しとか、絶対に火種になるんで」


 丸目が苦笑しながらフォローし、竹中が代わりに資料だけを丁重に受け取って、丁寧にお断りの説明をした。



 夕方、事務所に静寂が戻った頃、るる奈はソファに倒れ込み、銀髪をクシャクシャと掻き回した。


「……マジ、今日だけで三件だよ。票の確約、寄付の確約、NPOの謝礼。なんか、闇金の取り立てより、こっちの方が逆に怖いんだけど」


「闇金は分かりやすい暴力でした。こちらは『関係性』という、もっと厄介な縄です」


 御子神が、湯呑みを置きながら静かに言った。


「先生はすべて断りました。それは正しい判断です。ですが——分かっていますか。あなたが断れるのは、あなたが『一期で引退する』という出口を最初から決めているからです」


「え、そうなの?」


「ええ。地盤も、看板も、党員も、何も欲しくない。次の選挙も出ない。だから、票の確約も、寄付のパイプも、先生にとってはまるごと無価値です。普通の議員にとっては、それらは生命線なんですよ」


 るる奈は、ソファの上で体を起こした。


「……つまり、ウチみたいに『歳費だけくれればあとは知らん』って奴は珍しいわけ?」


「極めて珍しいです」


 竹中が、眼鏡を拭きながら苦笑した。


「多くの議員は、次の選挙で勝つために、こういう話を完全に断れません。地元の建設業組合に嫌われれば、選挙のときに人手も票も動かない。福祉団体に嫌われれば、地域の評判に響く。だから、表面上はお断りしつつ、裏ではある程度のお付き合いを続ける議員が大半です」


「うわ、めんどくさ……。じゃあ、福島のおじさんも?」


 その名前が出た瞬間、御子神の口角が、わずかに動いた。


「福島副幹事長は、典型的な『地盤・看板・かばん』型の政治家です。地元に強固な支援組織を持ち、業界団体との関係も深い。今日断った倉田さんのような相手とも、何十年も『持ちつ持たれつ』でやってきたはずです。表で清廉に振る舞いつつ、裏ではきっちり義理を通す。だからこそ、あの方は何期も生き残っている」


「……あー、なんか分かるかも。福島のおじさん、いつも誰かに恩売ったり売られたりしてる感じあるもんね」


 るる奈は、頬杖をつきながら、ふと天井を見上げた。


「じゃあさ……鷹町総理とか、氷室レイ議員も、同じなのかな」


 その問いに、丸目が珍しく考え込むような顔をした。


「総理ですか……。確かに、あの方も派閥を渡り歩いて総理まで上り詰めた方ですから、裏で相当な調整や根回しはしてきたはずです。でも、今のイメージは『清廉な改革者』ですよね」


「氷室先生は、もっとそういう泥臭いイメージ、全然ないよね。元官僚で、エリートで、ガチガチに正論で詰めてくる感じだし」


 るる奈が言うと、御子神が静かに、しかし含みのある声で言った。


「先生。イメージと実態は、必ずしも一致しません。氷室先生は官僚出身ですから、業界団体との直接的な『票とカネ』のパイプは薄いかもしれません。ですが、官僚出身者には別の資産があります。霞が関の人脈、政策決定の裏ルート、そして総理に直接モノを言える距離感です」


「票とカネじゃなくても、別の『持ちつ持たれつ』があるってこと?」


「あらゆる政治家は、何らかの形で誰かに支えられ、誰かに何かを返している。それが永田町です。違いがあるのは、その『通貨』が何かというだけです。倉田さんにとっては票とカネ。氷室先生にとっては、おそらく人脈と情報。鷹町総理にとっては、派閥のバランスと国民的人気」


 竹中が、コーヒーを一口飲んでから付け加えた。


「先生が今日断ったような生々しい話を、表立って受けずに済むトップの政治家もいます。でも、それは『清廉だから』ではなく、『もっと上の階層で、もっと大きな取引をしているから、下々の小さな取引が必要ない』というだけのケースも、正直、少なくありません」


「うわ、それ闇深すぎ……」


 るる奈は、ぐったりとソファに沈み込んだ。


「ウチ、今日マジで三件も断ったけど、なんか、断れば断るほど『あー、ウチが一期で辞めるから出来ることなんだな』って実感したわ。続ける気がある人は、こんな簡単に『無理っす』って言えないんだろうね」


「その通りです」


 御子神は、資料を一つにまとめながら、静かに頷いた。


「先生は、特殊な立場にいます。失うものがないからこそ、断れる。それは、ある意味で、永田町において最も自由な状態でもあるんですよ」


「自由とか言われても、全然嬉しくないんだけど。ただただ、断るの疲れたわ……」



 るる奈は、ぼやきながらも、なんとなく今日のやりとりを忘れたくないような気がして、スマホのメモ帳に「票とカネ=通貨。福島=地盤命。氷室=人脈系? 総理=もっと上の取引?」と、いつものように雑に、それでも確かに、何かを刻み込んでいた。


 窓の外には、夕暮れの永田町が、相変わらず静かに、いくつもの「持ちつ持たれつ」を抱えながら輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ