第32話 開幕土下座で生き延びる唯一無二のギャル議員。ついでに、供託金改革丸投げ成功っしょ!
福島副幹事長への謝罪は、御子神の強い勧めで決行された。
「先生、今は頭を下げるときです。ただし、土下座だけは絶対にやめてください。特に福島副幹事長は、中身のないへつらいを何より嫌いますから」
「うぃー、分かった。品よくシュッと謝るわ」
そう約束して、るる奈は福島副幹事長室のドアを開けた。——そして一秒後。るる奈は、福島のデスクの前にダイブする勢いで床に五体投地し、額をこれでもかと床に擦りつけていた。
「副幹事長ぉぉぉ! マジでウチの不徳の致すところですぅぅ!! 勝手に記者会見で『供託金廃止』とかイカれた提案ぶち上げて、党に大迷惑かけて本当に申し訳ございませんでしたぁぁぁ!!(※御子神の忠告は一瞬で脳内ゴミ箱にポイした。だって、ここで許してもらわないと永田町から強制ログアウトさせられるのだ)」
一瞬、部屋が興ざめに近いように静まり返った。福島は手に持っていた高級万年筆を握りつぶしそうな勢いで、地を這うような低い声を落とした。
「……やめろ、千道。心にもない、マスカラの溶けた土下座ほど不快なものはない。それだったら、謝罪の時くらいその頭の悪そうな銀髪を大人しくさせろ」
「……あっ、サーセン」
るる奈は即座にピタッと泣き止み、背筋をピンと伸ばして膝を正した。額には床の絨毯の赤い痕が、見事な丸印となって残っている。
「失礼いたしました☆ 改めてお詫び申し上げまーす。……でもウチ、あの現場の『子ども食堂』とか見てからさ、お金のない若者が命懸けなきゃいけない日本のシステム、マジでどうにかしたいって前々から『本気』で考えてたんですよね。会見の場で、つい熱くなって口が滑っちゃいました!」
るる奈は、竹中に一晩で叩き込まれた「もっともらしい大義名分」を、さも昔から考えていたかのようなドヤ顔でぬけぬけと言い放った。
福島は苦虫を100個ほど噛み潰したような顔で、じっとるる奈を睨み続けた。
隣に控える代田事務長代理が、眼鏡の奥の目を血走らせて吐き捨てる。
「勝手な単独行動で党の統制をブチ壊し、世論を煽り立てて……よくそんな大嘘をぬけぬけと……!」
だが、福島は代田を片手で制し、指先で机をトントンと規則正しく叩きながら、長い、長い沈黙を置いた。
福島の脳内電卓も、るる奈とは別の意味で高速回転していた。
ネットでは今も「#リアルカイジるる奈」の動画が爆発的に拡散され、民自党全体の支持率調査でも、普段は壊滅的な「10代・20代の若年層」の数字が、るる奈のガチギレ会見のおかげで跳ね上がっていた。
今ここで千道を処分(除名・辞職勧告)すれば、民自党は「若者の挑戦を潰す老害組織」として大炎上する。
それは、鷹町総理のイメージ戦略にとっても最悪の悪手だった。
「……今回は特別に、処分は見送る」
福島の声は低く、今すぐるる奈を物理的に消し去りたいほどの棘に満ちていた。
「ただし、条件がある。お前がぶち上げた『供託金改正案』の手柄は、すべて党本部に献上しろ。千道るる奈の名前は、提出法案のどこにも出すな。党・青年局主導の『若者政治参入支援プロジェクト』という形に綺麗にまとめて進める。無論、これで了承できるな?」
それは、表の権力による、完璧な「手柄の強奪」だった。
普通の新人の政治家なら、自分の名前が消されることに絶望し、悔しがるところだ。
だが、るる奈の脳内電卓の叩き出した答えは、大人の想像の斜め上だった。
(え……? 難しくて激務な法案の書類作りとか官僚との折衝、全部党の偉いおじさん達が代わりにワンオペでやってくれるってこと……? ウチの名前が出ないなら、もし失敗してもウチのせいにならないじゃん! 最高かよ!!)
「はいっ!! ありがとうございます! 謹んで党の方針に従いまーす!!」
るる奈は、今度こそ本物の、満面のギャルスマイルで深く頭を下げた。福島の唇が、ピキピキと引き攣った。
自分の放った手柄剥奪政と言う政治的脅しが、このニートギャルにとっては「激務からの合法的な逃げ道」として120%ポジティブに誤読されたことに気づき、怒りを通り越して凄まじい眩暈を覚えていた。
自室に戻ったるる奈は、御子神たちにピースサインを掲げた。
「御子神さーん! 許された上に、あのめんどくさい法案の仕事、全部党の青年局が代わりにやってくれるって! ウチ、マジで交渉の天才じゃない!?」
御子神は、手に持っていた湯呑みを静かに机に置くと、深く、この世の終わりかのようなため息を吐いた。
「……先生。あなたは本当に、私が今まで見てきた中で、最悪に厄介で、最強に図太いお人形ですよ」
千道るる奈、25歳。大人のドロドロした手柄の奪い合いすらも、「サボりたい」というピュアなエゴで無効化しながら、彼女の永田町サバイバルはさらに誰も予想できないお気楽な地獄へと加速していく。




