第31話 その場しのぎの方便から始まる法改正ルート、意味不明っしょ!
七月七日、あの「逆ギレ会見」から三日が経過した夜。議員会館の千道るる奈事務所は、異様な重苦しさに包まれていた。
るる奈はソファに深く沈み込み、顔の上に雑誌を載せたまま動かない。テーブルの上には、ネットニュースの「#リアルカイジるる奈」という見出しの切り抜きと、パンク寸前の陳情メールの山。
御子神、丸目、竹中の三人が向かいに座り、通夜のような沈黙が流れる中、るる奈が雑誌の下から消え入るような声を出した。
「……ねえ。ぶっちゃけ言っちゃっていい?」
三人が顔を上げる。るる奈は雑誌を退け、気まずそうに視線を泳がせた。
「あの供託金改正案とか公約とか言ったやつ……。ウチ、本気でやるつもりなんて一ミリもなかったんだけど」
「…………は?」
御子神の眼鏡の奥の瞳が、凍りついた。丸目は口を半開きにし、竹中は持っていたペンを落とした。
「いや、だってさ! あの会見の空気、マジでヤバかったじゃん! 闇金のことばっかり詰められて、このままじゃ『犯罪者ギャル』で終わると思って……。なんか、もっともらしい正論ぶつけないと逃げられないって思ったわけ。方便だよ、方便。とりあえず『いいこと言ってます感』出したかっただけなの」
部屋に、絶望的な沈黙が落ちた。最初に沈黙を破ったのは、竹中の乾いた笑い声だった。
「……全国生中継で。数百万人の前で。自分の身体を担保にした話までして……。それが全部、その場しのぎの『方便』だったと?」
「そうだよ! ウチ、ガチでキレているように見えて、脳内グルグルフル回転で考えていた。適当に相手が喜びそうなこと言っとけば収まるかなーって……」
丸目が頭を抱えて叫んだ。
「先生、マジっすか!? 私、あの会見見て『この人についていこう』って、不覚にもちょっと涙ぐんだんすよ! 返して、私の感動返して下さい!」
御子神は無言だった。だが、握りしめた資料がミシミシと音を立てている。怒りと、呆れと、そして「やはりこの人は……」という諦めが混ざり合った、凄まじい形相だった。
「……先生」
御子神の声は、地を這うように低かった。
「あなたは、私が今まで見てきたどの世襲議員、どのタレント議員よりも……最悪に厄介な方だ」
「ひっ、すみませーん……」
るる奈はソファのクッションに顔を埋めた。
「……ですが」
御子神は深いため息をつくと、冷徹な仕事人の顔に戻った。
「現実問題として、あなたはすでに賽を投げました。しかも、全速力で。今さら『あれは嘘でした』と言えば、闇金問題以上の大炎上になり、物理的に永田町からログアウトすることになります」
御子神は立ち上がり、ホワイトボードに「供託金改正案」と力強く書き込んだ。
「ですから、形だけに留まりません。本当に案を出しましょう。方便だったかどうかは、もうどうでもいいです。公言した以上、それは民自党衆議院議員千道るる奈の『責任』です」
「え、マジでやるの……? 難しそうだし、福島のおじさんにまた消されるよ?」
「だからこそ、です」
竹中が眼鏡を直しながら、面白そうに笑った。
「本気で突っ走るふりをして、党の部会や選挙制度PTに『問題提起』という形で放り込む。福島副幹事長には、御子神さんが『先生が軽率に言ったことを、こちらで軟着陸させています』と説明すれば、ギリギリの言い訳は立ちます」
丸目も拳を握った。
「そうっすね! ネットの熱が冷めないうちに、形だけでも動いてる姿を見せれば、それが先生の盾にもなります!」
るる奈は三人を順番に見回し、大きく肩を落とした。
「……うー、わかったよ。やる。形だけ……いや、ちゃんとやる。もう、逃げらんないもんね」
御子神は、資料をまとめながら内心でため息をついた。
(この人は、自分がどれだけの爆弾を抱えて、どれだけの人の心を動かしたのか、まだ分かっていない……)
だが、方便から始まったその「嘘」が、本物の「正義」に化ける瞬間を、彼はわずかに期待し始めていた。
「いいですね、先生。方便を事実に変えるのが、政治家としての唯一の生き残り策です。……さあ、朝まで資料読みですよ」
「ええーっ! 結局ブラックじゃん!」
深夜の事務所に、るる奈の悲鳴と、秘書たちの呆れたような笑い声が響いた。
千道るる奈。方便でぶち上げた「大義」が、彼女の運命をさらに予測不能な方向へと加速させていく。




