第28話 見て見ぬフリできるほど、ウチ大人じゃなかった。ていうか、ウチ、初めて政治にキレたかもしんない
東京の午後、るる奈は議員会館の自室で、福島副幹事長から投げつけられた「視察日程表」を不満げに眺めていた。
「……板橋区の子ども食堂? え、ウチそういうのキャラじゃなくね?」
福島は鼻で笑い、デスクを指先で叩いた。
「キャラなどどうでもいい。千道、お前は東京比例の『顔』だ。最近の世論は物価高に敏感だからな。民自党はこういう細かい草の根の活動にも目を配っている――そういう『ポーズ』が必要なんだよ。適当に子供と写真撮って、ブログにでも上げとけ。チャッチャと終わらせてこい」
「うぃー、了解。インスタ映えする写真、サクッと撮ってきまーす」
るる奈は軽い足取りで部屋を出た。御子神、丸目、竹中の秘書3人も、いつもの「雑用仕事」と割り切って随行した。
たどり着いたのは、築40年は経っていそうな古民家。看板には「にじいろ子ども食堂」と手書きで書かれている。
中に入ると、カレーの匂いと子供たちの騒ぎ声が響いていたが、るる奈の期待した「映える光景」はそこにはなかった。
ボランティアの女性代表が、疲れ切った顔でるる奈を迎えた。
「……あ、民自党の先生ですか。……見ての通りです。今日は50食用意しましたが、足りませんでした。本当はもっとおかずを出したいんですが、卵も油も高すぎて……」
るる奈は、端っこでカレーを食べている小学校低学年くらいの女の子に目を止めた。
服は少し汚れていて、サイズが合っていない。
その子が、皿に残った最後の一粒の米まで、必死にスプーンで掬っている姿を見て、るる奈の胸の奥が、チリリと焼けるように痛んだ。
「……ねえ、もっと食べる? おかわりあるよ、多分……」
るる奈が声をかけると、女の子は小さな声で答えた。
「……ううん。明日まで、これでお腹いっぱいにしなきゃいけないから。ママ、夜お仕事でいないし、お家、冷蔵庫空っぽなの」
るる奈の言葉が詰まった。
ニートギャル時代、それでも家族がるる奈を食べさせてくれた。自分は大人なのに。この子は、まだこんなに小さい。
施設の代表が、ボロボロの帳簿を持ってきた。
「光熱費を払うと、食材費に回せるのは月数万。行政の補助金は『使い道の報告』が複雑すぎて、私たちみたいなボランティアには申請すら難しいんです。このままだと、来月にはここ、閉めなきゃいけません……」
帰りの車内。るる奈は珍しく一言も発さず、スマホの自撮りライトもつけなかった。
永田町に戻り、自室に入るなり、彼女は御子神、丸目、竹中の3人を呼びつけた。
「……ねえ、さっきの場所。なんとかできないの?」
るる奈の声は、いつもの高いトーンではなかった。
「あの子、明日まで食べられないって言ったんだよ。ウチ、ああいうの無理。500万円返上したときみたいに、パーっとさ、国のお金とか、ウチの給料からとかで、どうにかできないの?」
御子神が冷たく眼鏡を直した。
「無理ですね。個別の施設に現金を渡せば公職選挙法違反。国の予算を動かすには部会の承認、財務省との折衝、法改正が必要です。今の先生に、そんな力はありません」
丸目も困ったように眉を下げた。
「先生、福島先生の指示は『ポーズを見せること』でした。深入りは危険です」
竹中も淡々と続けた。
「それに先生、どうにかするのが『国会議員』という仕事です。私たちがやるのではありません。先生が道筋を立て、官僚を動かし、法律を作る。それが本来の姿ですよ」
「……」
その瞬間、るる奈の心に、鋭い棘が深く突き刺さった。
今まで「手取り63万円」のためだけに、言われるがままバカを演じてきた。
でも、目の前の3人は「それがお前の仕事だ」と言っている。
「……ウチの仕事?」
るる奈は、窓の外に見える国会議事堂を見上げた。白く冷たくそびえ立つその建物の中に、あの子を救うための金も、ルールも、全部詰まっている。
「……御子神さん、次の雑用の資料、全部出しといて。……あと、竹中さん。『子どもの貧困』の法律、ウチでも読めるように分かりやすくまとめといて。……なんか分かんないけど、マジむかつくわ」
るる奈は、ドカッとソファに座り、不機嫌そうに唇を尖らせた。
胸の棘は、抜けるどころか、奥の方で熱を持ち始めていた。
それは、千道るる奈という「借り物の議員」の中に、初めて生まれた本物の「怒り」だった。




