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第25話 ウチ、政治の仕組みにちょいキレしたんだが?でも、正義の味方とかコスパ悪すぎて無理っポイ☆

 民自党の「数合わせ」として、るる奈は日々、党の部会やプロジェクトチーム(PT)の末席に座らされていた。


 一応は与党国会議員。しかし、右も左もわからないニートギャルにとって、飛び交う専門用語はすべてただの呪文だった。


「……ねえ、これなんて読むの? ち、ちじき、あらし? 宇宙の嵐とか、ウチ映画の観すぎじゃね?」


 衆議院第一議員会館、千道るる奈オフィスのソファで、るる奈は渡された分厚い資料を派手なデコネイルで弾いた。


 デスクでパソコンを叩いていた御子神が、眼鏡の奥の目を向けた。


「『宇宙由来気象・地磁気嵐対策および国家基幹インフラ防護法案』です、千道先生。簡単に言えば、太陽の気まぐれで巨大な電磁波が地球に降ってきた際、日本の送電網や通信が全滅するのを防ぐための防衛法案ですよ」


「スマホ使えなくなるとかマジ人類滅亡じゃん。秒で可決しなよ、そんなの」


「それがそうもいかないんです」


 お茶を淹れていた、竹中が苦笑交じりに口を挟んだ。


「その法案を通したい内閣官房に対して、党内の慎重派が交換条件を突きつけてるんですよ。『地磁気嵐対策に賛同してやる代わりに、災害時に国が水道や道路の管理権を一元化する法案(広域インフラ管理権統合法案)を認めろ』と。要するにバーター取引です」


 るる奈は口を半開きにした。


「ばーたー? 物々交換ってコト? どっちの法案も、あった方がいいやつじゃん。なんでおじさんたち、何をバチバチ揉めてんの?」


「それだけでは、ありませんよ、先生」


 御子神が別の資料を差し出す。そこには『国有林野カーボン・オフセット民間委託推進法案』とあった。


「環境派が推すこの環境対策法案ですが、産業界の反対が強くて揉めていました。そこで、法案の核心である『民間委託の罰則規定』をゴリッと一部削除する代わりに、伝統派の議員が泣いて喜ぶ『日本伝統漁業・後継者国家給付金法案』の予算枠を丸々認めさせる……そういう『手打ち』がさっきの裏部会で行われたようです」


 るる奈は、さっき廊下ですれ違ったおじさん議員たちの様子を思い出した。


「あー、だからか……。さっき部屋の外でさ、偉そうなベテランのおじさん議員が、なんか高そうなスーツ着た企業の社長か団体の偉い人みたいなオヤジたちとコソコソ話してたのね。そのおじさん議員が『高級ブランド農産物・国家DNA登録法案だけは、この会期中に絶対通してやるからな!』ってドヤ顔で約束してた。あれもその、フリマの裏取引的なやつ?」


「……それは『ロビー活動』ですね」


 御子神が小さくため息をついた。


「そのベテラン議員は、農業団体から莫大な支援(票と資金)を受けているんでしょう。だから、別の法案の身を切ってでも、自分のパトロンが求める法律を最優先で通そうとしているんです」


 るる奈の脳内アラートが微かに鳴った。


 パトロンにいい顔をするために、未来の環境対策の法律を「骨抜き」にする。


 内容の良し悪しではなく、おじさん議員たちが廊下の隅で「これで手打ちだな」と握手している。


「……意味不。ただのイキりおじさんたちの裏のフリマアプリじゃん。ねえ、なんで中身を削って、中途半端にしてまで法案を通したいわけ? 100%良いもの作らなきゃ、意味なくね?」


 その素朴で、あまりにも真っ当な疑問に、オフィスが一瞬静まり返った。


 御子神は椅子をくるりとるる奈の方へ向けた。その表情はいつになく真剣で、冷徹な現実主義者のものだった。


「千道先生。この永田町において、法案が通らなかった『ゼロ』と、中身を削られてでも通った『イチ』の間には、天と地ほどの差があるんです。たとえ中身がスカスカに骨抜きにされようが、一行でも『法律』として成立して残れば、来年の国家予算がつく。役所が動く。不完全でも、現場へ金を届けるための『一歩』が踏み出せる。逆に、100点満点を目指して意地を張り、否決されて『ゼロ』になれば、その法律を待っていた現場の人間は、全員路頭に迷うんです。政治家は、理想を語る仕事じゃない。半分泥に塗れながら、妥協の『イチ』を奪い合うゲームなんですよ」


 竹中が静かに言った。


「こういう大人の事情のバーター取引で、中身がどんどん削られて、現場がカツカツの状態で可決される法案なんて山ほどあります。……介護とか、福祉の現場にかかわる法案なんて、いつもその最たる犠牲(バーターの弾)ですよ」


「!」


 るる奈の脳裏に、夜勤明けで死んだような顔をして帰ってくる父と母、そして文句を言いながらも毎月三万円を必死に家に入れていた兄・しし男の顔が、唐突にフラッシュバックした。


 万年人手不足で、施設がボロボロで、しし兄がキレてたのって——。


「ねえ、だったらさ」


 るる奈はピンクのデコネイルで、さっきベテラン議員がロビイストと密談していた廊下の方を指差した。


「その『ロビー活動』ってやつ? カネとか票を持ってるオヤジたちが法律の枠をフリマの裏取引で売り買いできるならさ、ウチの実家みたいな介護とか福祉の団体が、マジ気合入れてロビー活動したら、一発で現場の環境良くなるんじゃね? 兄の給料も爆上がりっしょ」


 るる奈の無邪気な大逆転の提案に、オフィスに流れる空気が、一気に冷え込んでいく。


「……千道先生。結論から言うと、それは『絶対に無理』なんです」


 御子神はホワイトボードに、黒いマーカーでぶっきらぼうに二つの単語を書いた。


 【 組織票 】と 【 政治資金 】


「農協や医師会、あるいは大企業の経済団体は、この二つが化け物級に強い。会員全員に『この議員に投票しろ』と命令すれば、何万票という塊がガチガチに動く。さらに、パーティー券を何百万円分も買ってくれる。だから議員たちは彼らの言うことを何でも聞く。……では、介護や福祉の現場はどうですか? みんな、毎日死ぬほど忙しくて、まともに飯を食う暇も、寝る暇もない。そんな人たちに、政治団体を作って選挙運動をしたり、議員に裏金を貢いだりする余裕がありますか? ありません。つまり彼らは、『数は多いのに、一番政治力を持てない弱者』なんです」


 追い打ちをかけるように、竹中が苦いお茶を一口すすって言った。


「それに先生、農業のブランド登録や環境対策は『規制のルール』を変える話ですが、介護や福祉を良くするというのは、要するに『国の財布(予算)からダイレクトにカネを分捕る』っていう戦いなんです。介護職員の給料を上げるには、国が定める『介護報酬』を増やすしかない。そのためには、国民の税金を上げるか、介護保険料を上げるか、あるいは防衛費や公共事業の予算を削って持ってくるしかない。その財布の紐をガチガチに握っているのは、議員じゃなくて『財務省』っていう、1円の予算を削るために生きてる国家最強の化け物たちです。政治力のない介護団体がどれだけ泣きついたところで、あいつらは『財源がありません』の一言でシャッターを下ろして終わりですよ」


 ――財源がない。


 すべては「国の財布(財源)」という名の限られたパイを奪い合いなのだ。


 そしてその奪い合いのゲームにおいて、自分の親やしし兄のような「声を上げる暇もない現場の人間」は、最初からプレイヤーとして数えられてすらいない。


「……は、マジ笑えないんだけど」


 るる奈はローテーブルを爪でガリッと引っ掻いた。冷たい怒りが、胃の奥でドロリと熱を帯びる。


「カネがないからロビー活動ができない。ロビー活動ができないから、法律を内輪のフリマに回されて中身を削られる。だから現場はずっと貧乏で、忙しくて、選挙に行く暇もない。……なんなのそれ? 無理ゲーみたいな永久機関じゃん」


「それが、この国の完成された社会システムですよ、千道先生」


 御子神は冷たく告げた。この絶望を受け入れて、静かに数合わせの駒として生きろと言わんばかりに。


 だが、千道るる奈は並の政治家ではない。闇金から600万円を借りて、公職選挙法のバグを突いて、ハイリスクハイリターンに勝ったある意味「無敵のニートギャル」だ。


 るる奈は、胸元の金ピカに輝く国会議員バッジを指先でなぞり、不敵に、獰猛に口角を上げた。


「……あー、そ。だったらさ」


「先生?」


「ウチ、一応これでも民自党の国会議員じゃん? だったら、ウチ自身がその介護福祉の『最強のバイヤー』になって、おじさんたちのフリマの輪の中に突っ込んでって、財布の紐ごとブチ切ってカネ引っ張ってくればよくね?」


「……は?」


 有能な三人の秘書が、初めて同時にマヌケな声を上げた。


「先生、あなたは介護の現場を救うために、この先何十年も、地獄のような選挙戦を戦い続け、一生この永田町で『国会議員』という名の激務の社畜として生きる覚悟があるのですか?」


「…………」


 御子神の冷酷なまでの正論が、るる奈の脳天を直撃した。


「……それは、マージで無理。2期とか3期とか、絶対絶対、精神と体調が崩壊して死ぬ。てかウチ、4年経ったら絶対に秒で辞めてニートに戻るって決めてるし!」


 るる奈はソファーに激しく転がり、クッションに顔を埋めてバタバタと足を暴れさせた。


(そうだ。ロビイストなんかになったら、だらだら不労所得計画が完全に大破する。そんなの、ウチの人生の美学に反する。)


 クッションに顔を埋めたまま、るる奈は自分の「現在地」を冷徹に振り返っていた。


(ウチは何か高尚な志があってここに来たわけじゃない。実力もなければ、政治の知識もない、ただの元ニートギャルじゃん。選挙ののバグを突いて、ハイリスクハイリターンに勝っただけのラッキーガールだし。おじさん議員たちのフリマ取引に割って入る? 財務省の化け物相手に大立ち回りを演じるって?)


 ……できるわけがなかった。調子に乗ってイキり散らしたところで、何十年もこの泥水をすすってきたプロの政治家たちに、一瞬で手のひらの上で転がされて終わるのがオチだ。


「……はぁーあ」


 るる奈はのそりとクッションから顔を上げると、ボサボサになった髪のまま、盛大にため息をついた。


 胃の奥で燃え上がっていたドロリとした怒りは、冷徹な「現実の計算」によって、急速にシュルシュルと萎んでいく。


「……チッ。やっぱ無理ポ。ウチ、そんな器じゃねえわ」


「賢明なご判断です」


 御子神がホッとしたように眼鏡の位置を直す。


「だよねー! 毎日夜遅くまでオッサンらと会食して根回しとか、マジ考えただけで蕁麻疹出るし! しし兄の給料上げたいけど、そのためにウチの20代後半から30代の全青春を永田町に捧げるとか、コスパ悪すぎてガチで無理!」


 るる奈はソファーの上でパッと開き直ると、胸元の金ピカの議員バッジをパチリと指で弾いた。


 実家の親やしし男の顔は浮かぶ。感じ悪いシステムへの怒りもある。だけど、だからといって自分が「自己犠牲のヒーロー」になれるほど、人間はできちゃいないのだ。だって、元ニートギャルだもん。


「じゃあ先生、この法案のバーター取引に関しては、我々は静観ということで?」


 竹中がどこかホッとしたような、それでいて少し寂しそうな苦笑いを浮かべて尋ねる。


「うん、スルーで! 触らぬ神に祟りなしっしょ。ウチは予定通り、この1期4年を空気みたいにだらだら過ごして、給料しっかり貯金して、4年後にハッピーリタイアメントきめさせてもらいまーす!」


 いつもの能天気で締まりのないギャルスマイルに戻ったるる奈を見て、オフィスにはいつもの脱力した空気が戻ってきた。


「……まあ、それでこそ千道先生ですがね」


 御子神が小さくため息をつきながら、パソコンの画面に視線を戻す。


「ですが先生、だらだら過ごすにしても、最低限の部会への出席と『数合わせの1票』を投じる仕事は残っています。明日の朝9時から地磁気嵐の部会ですから、遅刻しないでくださいよ」


「げぇっ、朝9時!? マジでブラック企業じゃん永田町……。ウチ、起きれる自信ゼロなんだけど、丸目さんモーニングコールよろしくぅ……」


 ソファに再び力なく沈み込んでいくギャル議員。


 永田町の完成された巨大な檻を前に、規格外の猛獣は――戦うよりも「だらだら眠る」ことを選んだ。


 しかし、その死んだ魚のような目で睨みつける会館の天井の向こうには、まだるる奈自身も気づいていない、次なる「政界の嵐」が確実に近づいていた。

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