第24話 党員ノルマ1000人(罰金付き)とか、無理ゲーすぎてガチ泣きしたんだが!?
議員会館の自室で、るる奈は御子神から差し出された一枚の書類を、死刑宣告でも見るかのような目で見つめていた。
表紙には、民自党組織局のいかめしい赤い印。
【衆議院議員 千道るる奈殿
党勢拡大目標通知書
令和○年度 党員獲得ノルマ:1,000名
獲得目標額:300万円(党費相当分)】
るる奈の指先が、ガタガタと震え始めた。
「……せん、にん? 1000人って、何? ウチのSNSのフォロワーとかじゃなくて?」
「実名の、党費を払ってくれる実在の党員です」
御子神が、氷のような声で追い打ちをかける。
「民自党の標準ノルマです。未達の場合、不足1名につき3000円の『貢献金』を都道府県連に納めるのが慣例。1000名ゼロなら、300万円の自腹を切っていただくことになります」
るる奈は書類を放り出し、椅子から転げ落ちそうになった。
「無理無理無理! マジで無理! ウチにそんな友達いないし! いたとしても、みんな『政治とかダルくね?』って層だよ!? 300万円とか、せっかく返済進んだのにまた借金じゃん!」
その晩、さすがにるる奈は一睡もできなかった。
天井のシミがすべて黒金の顔に見え、ようやく逃げ出した闇金の地獄に引きずり戻される幻覚を見た。
翌朝、るる奈はボロボロの顔で福島副幹事長の執務室に突撃した。
福島は朝から機嫌が悪そうに、重要書類に目を通していた。
「……千道か。またお前か。今度は何を壊した?」
るる奈は返事をする代わりに、その場に崩れ落ちた。
そして、これまでの人生で一度もしたことがないような、見苦しく、激しい「ガチ泣き」を始めた。
「副幹事長ぉぉぉ! お願いですぅぅ! 1000人なんて無理ゲーですぅぅ! ウチ、友達とかみんな縁切っちゃったし、人見知りだし、頭悪いしぃぃ! 300万円払ったらウチの歳費なくなっちゃう、またお金で苦しむの嫌だぁぁぁ!」
マスカラは溶けて目の周りは真っ黒。
鼻水は垂れ流し、過呼吸気味に床を叩きながら泣き喚く。
25歳の「センセイ」が、プライドも何もかも捨てて、ただ金とノルマのために一心不乱に懇願する。
そのあまりの見苦しさに、福島は呆れを通り越して、手に持っていた書類を落とした。
「……おい、よせ。うるさい。マスコミに聞かれたらどうするんだ。泣き止め!」
「嫌だぁぁ! 助けてくれるまで泣き止めませんぅぅ! 免除して、マジでお願いぃぃぃ!」
福島は顔を引き攣らせ、深いため息を吐いた。
「……ったく、こんなのが党の議席を埋めているとはな。いいか、千道。特別扱いはせんと言いたいが、お前がここで死なれても寝覚めが悪い。……条件がある」
福島はペンを回しながら、悪魔のような提案をした。
「一応、お前にも支給される『政党交付金』——およそ500万円を、全額党本部に寄附という形で返上しろ。それで今年のノルマはチャラだ。どうだ?」
るる奈は、ピタリと泣き止んだ。黒い涙で汚れた顔を上げ、即座に脳内電卓を叩く。
(政党交付金って、確かウチが自由に使えない、あの御子神さんが管理してる『硬いお金』だよね……? でも歳費の63万円は減らないんだよね?)
「……やります! 今すぐやります! ありがとうございます、副幹事長マジ愛してる!」
「……二度と私の前で泣くな。それと、さっさとその汚い顔を洗ってこい」
自室に戻ったるる奈は、スキップせんばかりの勢いで御子神たちに報告した。
「御子神さーん! ノルマ、解決したよ! 福島副幹事長に頼んだら、『政党交付金500万円返上すればいいよ』って! ウチ、天才じゃない!?」
御子神が手に持っていたタブレットが、音を立てて机に落ちた。
丸目はコーヒーを吹き出し、竹中は眼鏡を落とした。
「……先生、正気ですか?」
御子神の声が、怒りよりも驚愕で震えている。
「政党交付金を全額返上してノルマを免除させるなんて、党の歴史始まって以来の暴挙です。それは先生の活動費であり、事務所を維持するための……一応、調査研究広報滞在費で、ギリギリ維持費は大丈夫だと思いますが……」
「えー、でも自腹の300万円より、使えない500万円の方が安くない? 手取りの63万円は守れたし、ウチ的には超ハッピーなんだけど!」
「……」
部屋に、氷のような沈黙が落ちた。
御子神は額を押さえ、深いため息をついた。
「……あなたは、ある意味で最強かもしれない。名誉よりも、政治家としての体裁よりも、ただ目先の現金を死守するために国家予算の一部を差し出すとは……」
竹中が呆れたように笑い出した。
「ははは……面白いな。氷室レイ議員が見たら卒倒するだろうが、これこそが『究極のサラリーマン議員』の姿か」
るる奈はソファーにふんぞり返り、小さくピースサインを作った。
「これで1年間、ダラダラ過ごせるっしょ!」
『交付金全額返上・ガチ泣き議員』
千道るる奈は、永田町の常識を「小市民的な欲望」で粉砕しながら、誰にも予測できない伝説を積み重ね始めていた。




