第22話 ウチの国会議員ライフ、思ったよりマジで地味なんだが?それでも、自宅ではそんなスゴい扱いされるやつ!?
とある、日曜日の正午過ぎ。千道家のリビングに、るる奈が欠伸をしながら現れた。
久々の完全オフ、そして久々の十二時間睡眠。寝癖を手で軽く押さえながら、ぼんやりとした足取りでソファに近づく。
「……あ、るる奈。おはよう、っていうか、もう昼だけど」
ソファに寝転んでスマホを眺めていた兄のしし男が、顔だけこちらに向けた。三十歳、独身、自他共に認める政治マニア。選挙特番は彼にとって最高のエンターテインメントである。
テーブルでアイスを食べていた妹のりり華も、ちらりと視線を上げる。十八歳、まだ高校生で、姉が国会議員になってからというもの、どこかふわふわと現実感のない日々を過ごしていた。
「おはよ……てか、確かにおはようでいいのか、この時間」
るる奈はそう言いながら、冷蔵庫から麦茶を取り出し、グラスに注いでソファにどさっと腰を下ろした。
久々にしっかり眠ったおかげで、頭の中はすっきりとしている。気分も、悪くない。
しし男はその様子をちらちらと窺いながら、ポテチの袋を開けた。
いつもなら、忙しいだろうから、あまり仕事のことは聞かないようにしようと、思っている兄だが、今日のるる奈はどこか機嫌が良さそうだ。これは、もしかしたら――。
「……あ、そういえばさ」
しし男は、できるだけ何気ない調子を装って切り出した。
「るる奈って、普段、民自党でどんな仕事してんの?」
(……ついに、来たか……)
るる奈はグラスを口元から離し、特に気負うこともなく答える。
「あー、メインは部会とかPTに出ること、かな」
「部会?」
「うん。色んなテーマの会議があってさ。ウチはそこに座って、みんなの話聞いてるだけ」
「話聞いてるだけ……?」
「で、最後に『この方針で行きます』ってなったら、ウチも賛成してあげる、みたいな」
「あげる、って」
しし男は思わず小さく笑った。
「要は、数合わせ。人数いた方が、会議っぽく見えるじゃん?参加することが、ある意味仕事みたいな」
「な、なるほど……」
しし男は神妙に頷きながら、内心では、数合わせって自分で言うんだと、思っていた。
だが、それを口に出すような野暮なことはしない。妹の口から流れてくる政治の内側の話に、純粋にワクワクしている部分の方が大きかった。
「他には?他にも仕事あるんだろ?」
「あー、法案の署名とかもあるかな」
「署名?法案に賛成するための、あの署名?」
「そうそう。でもそれも、内容は秘書のみんなが全部見てくれてるから、ウチはペンで名前書くだけ。署名するのが仕事、みたいな感じ」
「……それも、秘書さん任せなんだ」
「うん。ウチ、書くの専門」
しし男は半笑いになりながら、ポテチを一枚口に入れた。妙な説得力のある言葉に、ツッコミどころが多すぎて処理が追いつかない。
「他には?」
「陳情とか請願の対応も、仕事のひとつ。でもこれも、結局秘書たちが全部処理してくれるから、ウチは話聞いて『なるほどですね〜』って言うだけ。対応するのが仕事」
「対応するのが仕事……うん……」
しし男は、もう何と言葉を返せばいいのか分からなくなってきた。
一度咳払いをして、話題を変える。
「じゃ、じゃあ常任委員会は何入ってんの? 予算委員会とか、法務委員会とか、メジャーなところ?」
「懲罰委員会」
「ちょう、ばつ……?」
「懲罰委員会。なんか、めっちゃ開店休業っていうか、ほぼ仕事ない委員会らしくて」
「常任委員会で、仕事がないって、どういう……」
「とりあえずスマホで『衆議院懲罰委員会』で名簿検索してみて」
「お、おう」
しし男は素直にスマホを取り出し、検索した。
表示された名簿に目を通した瞬間、その表情が固まる。
「……ちょ、これ、石田元総理と貴司元総理、二人とも入ってるじゃん!?」
「うん。隣の席だった」
「は? 隣!?元総理大臣の隣に座ったのか!?」
「うん。石田先生、めっちゃ優しかった」
「いやいやいや、待って、情報量がおかしい……」
しし男はスマホを持ったまま、声にならない声をあげた。
普段、ニュースや選挙特番でしか見ないレジェンドたちの名前が、妹の口から先生や、隣の席という、あまりにも日常的な言葉で語られている。そのギャップに、頭がうまく処理できない。
一方、テーブルでアイスの最後のひとくちを口に運んでいたりり華も、控えめに会話に入ってきた。
「お姉ちゃん……本会議、っていうのは……? なんか、テレビで見る、議席がいっぱいあるところ……」
「ああ、本会議ね」
るる奈は麦茶を一口飲んでから答える。
「あれは、自分の席に座って、ボタン押すだけ」
「ボタン……押すだけ?」
「うん。法案の説明とかすごく長くて、正直めっちゃ眠いんだけど、最後に採決があって、賛成のボタン押すだけ。それで終わり」
「それ、だけ……?」
「うん。仕事って言うほどのことは、特にないかな」
りり華は、何度か瞬きをした。
国会、本会議、採決――テレビの向こうの世界の言葉が、目の前のソファに座る、つい数ヶ月前まで一日中スマホをいじって寝ていた姉の口から、当たり前のように出てくる。
りり華の中でも、何かがうまく処理できずにいた。
「……お姉ちゃん、それ、ほんとに……国会議員の、仕事なんだよね……?」
「だと思う」
「思う、って……」
しし男も、りり華も、しばらく無言になった。
リビングには、テレビから流れる昼の情報番組の音だけが、のんびりと響いている。
二人とも、同じことを考えていた。
(身内が、国会議員……元総理の隣に座って、採決ボタンを押している……)
その光景を想像しようとしても、頭の中のるる奈のイメージと、どうしても噛み合わない。
しし男は、やがてぼそりとつぶやいた。
「……るる奈、マジで国会議員、なんだな」
「いまさら?」
「いや、頭ではわかってたけど、こうやって話聞くと、改めて……すごいことなんだなって」
りり華も、こくこくと頷いた。
「うん……なんか、急に、現実感出てきた……」
るる奈は二人の反応に、きょとんとした顔をする。
「そんな大したことしてないと思うけどなぁ」
「いや、十分すごいよ」
「うん、十分すごい」
兄妹二人の声が、思わず重なった。
その様子に、るる奈は少し照れたように笑い、麦茶をもう一口飲んだ。
窓から差し込む昼下がりの光が、リビングのテーブルをやわらかく照らしている。
兄と妹、そして国会議員になった姉。
いつもと変わらない、平凡で温かい日曜日の午後だった。
ただ、テーブルの端に置かれた小さな議員バッジだけが、その日常がもう、以前とは少し違うものになったことを、静かに物語っていた




