第21話 両方に署名したら叱られたのですが(泣)ていうか、『できない理由』より『できる方法』を探した方が早くね?
与党・民自党本部の農林水産部会会議室では、連日、激しい議論が交わされていた。
「これからの日本農業に未来はない。 徹底して輸出を伸ばすべきだ!」
「いや、まずは国内の食料安全保障が先決だ。 足元を固めるのが筋だろう!」
海外市場の開拓を訴える声と、国内供給の安定を重視する声。
ベテラン議員たちが机を叩かんばかりの勢いで意見を戦わせる中、最後列に座る千道るる奈は、配られた膨大な資料の数字を前に、小さくため息をついていた。
どちらの主張も、日本の農業や農家を思ってのことであるのは間違い無い。
しかし、議論は平行線をたどったまま、二時間近くが経過した。
最終的にこの日は、「輸出農業振興法案」と「食料安全保障強化法案」という、方向性の異なる二つの法案がそれぞれ部会了承される形で幕を閉じた。
数日後、議員会館の千道事務所。
秘書の竹中が、一連の書類をデスクに置いた。
「先生、こちらの法案の賛同署名をお願いします」
「おけー☆ 署名するのがウチの仕事だしねー」
るる奈は手際よく署名を終える。すると、数分後、竹中は別の書類を差し出した。
「では、こちらの法案にもお願いします」
「はーい、お安い御用~」
迷いのない手つきでペンを走らせるるる奈を見て、竹中の手がぴたりと止まった。
「……先生。 今、対立関係にある二つの法案の両方に署名をされましたが、お気づきですか?」
「え、マジで?」
るる奈は、竹中の指摘にきょとんとした顔をした。
翌日、るる奈は再び農林水産部会の会議室に呼び出されていた。
「千道議員、これはどういうことですか?」
「方向性の異なる双方の法案に署名するとは、矛盾していると言わざるを得ない」
「あまりにも、無責任ではないか」
ベテラン議員たちの厳しい視線が一斉に注がれる。
重苦しい空気に気圧されながらも、るる奈は助けを求めるように竹中を見たが、竹中は静かに視線を外した。
自力で説明するしかないと腹をくくったるる奈は、まっすぐに議員たちを見つめ返した。
「えー、だってさー……。 こっちは、輸出でワンチャン狙いたいんでしょ?」
「それは、そうだが……」
「で、こっちの方は、国内のガチ勢を守りたいわけじゃん?」
「無論、当然だ」
「じゃあ、両方やればよくね?」
静まり返る会議室で、一人の議員が怪訝そうに反論した。
「理想論だ。 予算や人員、何より国内の生産量には限界がある」
「だったら、限界あるなら、増やせばよくない? 『できない理由』探して萎えてる暇あったら、『どうやったらできるか』マッハで考えた方がタイパよくね?」
その言葉に、室内は沈黙に包まれた。 正論を突きつけられた議員たちは、反論の言葉を失い、互いに顔を見合わせた。
「輸出で爆益出して、国内もちゃんと回して、農家さんもウチらもみんなハッピーハッピー。 これで、優勝じゃん?」
るる奈が堂々と言い切ると、張り詰めていた空気がわずかに緩み、別の性質を帯び始めた。
「……確かに、頭から不可能と決めつけるのも早計か」
「輸出向けと国内向けで生産ラインや流通を切り分ければ、理論上は可能かもしれない」
「予算措置や補助制度を組み合わせることで、折衷案が作れるのではないか?」
先ほどまで対立していた議員たちが、いつの間にか両立に向けた具体的な可能性について真剣に意見を交わし始めていた。
議論が新たな局面を迎えたのを見届け、るる奈はそっと胸をなでおろした。
そっと、隣に立つ竹中に小声で尋ねた。
「竹中さーん、この会議あとどれくらい?」
「……予定では、まだ一時間半ほど残っています」
「長ッ! 詰んだわー」
るる奈はテンションを落とし、再び手元の資料へと視線を戻した。
この日、農林水産部会を揺るがした千道るる奈の発言は、後に党内で、膠着した議論を打開した新たな一手、として半ば伝説的に語り継がれることになる。
双方の法案を統合した折衷案の検討委員会が発足したのも、彼女の指摘が契機だった。
しかし、当の本人はその評価に対しても、
(あれ? ウチなんかそんなエグいこと言ったっけ?)
と、その日のうちにすっかり忘れていた。




