表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/44

第20話 働くるる奈

 通常国会が開会し、千道るる奈の国会生活は、本格的に「出席議員」としての日々へと移行した。

 御子神第一秘書が分刻みで組んだ地獄のスケジュールに従い、るる奈は党の部会、プロジェクトチーム(PT)、各種会合に欠かさず出席させられる羽目になった。

 朝から夕方まで、時には夜の懇親会まで会議が続き、民自党本部と議員会館、そして国会議事堂の間を慌ただしく往復する。


「……マジ足パンパン。ウチ、永田町でフルマラソンでも走らされてるわけ?」


 衆議院の常任委員会である『懲罰委員会』は文字通り開店休業状態で、ほとんど議事が行われないため、るる奈は内心で少しだけ安堵していた。

 ただ座っているだけで、何もしなくていい。それだけが今の彼女の救いだった。


 時折、福島副幹事長がリーダーを務める部会にも顔を出した。そのたびに福島の視線は「なぜ我が党にこんな不純物が交ざっているんだ」と言いたげに露骨に不快そうで、部屋の空気が一気に重くなる。

 しかし、るる奈は何も発言せず、ただ空気のように座って時間をやり過ごすため、福島もそれ以上の追及はしてこなかった。「出席している」という事実だけで、お人形でいることの役目を果たせていることに、るる奈はひそかに助けられていた。


 さらに、あの面接でるる奈を場違いの如く切り捨てた氷室レイ参議院議員が主宰する『女性地位向上PT』にも、るる奈は召集された。

 氷室は最初から不愉快さを隠さなかった。元女性官僚らしい冷徹な視線を向け、挨拶を交わす際も声の温度は氷点下だ。


「千道先生。ここはファッションチェックの場ではありませんのよ。あなた自身の政治的ビジョンはあるのかしら?」


「あー、ビジョンとかマジ無理ポなんで☆ ウチは先輩たちの引き立て役に徹するんで、氷室センセイ、今日のお洋服マジ骨格ウェーブ大優勝って感じで超綺麗っす!」


「なっ……!?」


 お門違いな褒め言葉で煙に巻かれる氷室をよそに、周囲のベテラン女性議員たちは意外にもドッと沸いた。


「あら、可愛いわねぇ。素直でいいじゃない」


「今の若い子は褒め上手ね」


 彼女たちはるる奈を歓迎し、むしろ泥臭い永田町に若いギャルが参加してくれることをポジティブに捉えていた。


 また、るる奈は意外な形で「便利な議員」として認識されるようになっていく。法案提出に必要な賛成人数(党内署名)を集める際、他の議員から声がかかるようになったのだ。


「千道先生、ちょっとこの法案に署名してもらえませんか」


「はーい、分かりましたー」


 るる奈はどんな法案でも断らなかった。なぜなら、文字が多すぎて内容を1ミリも理解できないからだ。

 自慢のベージュ系ネイルを施した指で、淡々と名前を連ねていく。

 だが、頼んだ側のおじさん議員たちは、その迷いのない筆跡にガタガタと震えを戦慄させた。


(……なんという決断力。党内でも賛否が分かれるこの法案に、一切の保身なしで即座に名前を連ねてくれるとは。千道るる奈、あのバカそうな見た目はフェイクか……。泥を被る覚悟が座りすぎている……!)


 その姿勢が評判を呼び、「千道先生はどんな法案でも署名してくれる、私心なき漢おとこ気溢れるギャルだ」と、党内でとんでもない誤解が静かに広まっていった。


 陳情や請願の相談にも対応した。

 スケジュールに隙間があれば、議員会館の自室で地方の業者や業界団体、個人の嘆願を笑顔で迎え入れた。

 内容は多岐にわたったが、ニート上がりのるる奈にできることは、ただ相槌を打つことだけだった。


「なるほど、よく分かりました。関係省庁に確認してみます(※言ってみただけ)」


 そう言って話を聞き、相手が帰った瞬間に、御子神、丸目、竹中の三秘書に書類を丸投げした。


「もう、先生はすぐ調子いいこと言って引き受けちゃうんだから……」


 丸目が苦笑しながら実務を回し、竹中が「この陳情の背景にある業界団体の思惑はですね……」とガチ解説を始めてるる奈をフリーズさせる。

 そして御子神が「……党の田中支店長の件もありますし、貸しを作っておくのは悪くありません」と冷徹に政治的価値を計算する。

 三人はため息を吐きながらも、完璧なプロの技で処理してくれた。


 るる奈自身は、ただ「一国会議員として動いているポーズ」を維持することだけに全力を尽くした。


 ある夜、議員会館の自室で帰り支度をしながら、るる奈は窓の外にそびえる国会議事堂を眺め、ぼんやりと呟いた。


「……これでいいのかな」


 隣で書類をまとめていた御子神が、静かに答えた。


「今の先生には、これが適切です。目立たず、問題を起こさず、議席を埋めていただく。それが党の期待であり、私どもの仕事です」


 るる奈は小さく頷いた。

 闇金との縁は切れた。あのマットレスの恐怖からも逃げ切った。

 けれど、自分の人生はもう、この最強のおじさん秘書たちの手のひらの上、永田町という名の別の巨大な檻に閉じ込められている。


 それでも毎日欠かさず出席し、署名し、話を聞く——それが今、るる奈に許された唯一の「お仕事」だった。


 そしてその地味で無難な、しかし周囲を盛大に勘違いさせる姿勢は、思わぬ形で彼女を永田町の深部へと溶け込ませようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ