第2話 闇金から600万円とかありえんww マジでそれしか道ねぇの!?
「はぁ? 貸せないとかマジ意味不明なんですけど。ウチ、将来の国会議員なんですけど? 投資しといた方が絶対お得ですよ?」
地元の信用金庫の窓口で、るる奈は盛りに盛ったネイルをカウンターにカツカツと叩きつけた。
しかし担当者の視線は氷点下だった。
「お客様……無職、いえ自称自由業の方への、使途不明の600万円融資は、弊社の規定によりお受けいたしかねます」
「ケチ! 一生シケてろ!」
捨て台詞を吐いて踵を返するる奈。そのままロビーを突き進んでいると、隣のブースで同じくキレ散らかしている派手なシャツの男が目に入った。
「……チッ。しゃあねえ、最後の手段か。黒金さんのトコ行くしかねえな」
その言葉に、るる奈のセンサーがビビッと反応した。
(黒金さん……? 秒でカネ貸してくれそうな響きじゃん!)
今や彼女の脳内は「鷹町旋風に乗って国会議員になる妄想」で真っピンク。恐怖とかリスクとか、そんな小難しいワードはとっくに削除済みだった。
「ねえお兄さん! その黒金さんって、すぐお金貸してくれる人? ウチも紹介してよ!」
青年は川本麒麟丸、25歳。政治系インフルエンサーで、今回同じく東京小選挙区へ無所属で立候補を画策しているらしい。
供託金300万円が必要で、るる奈と同じく金策に奔走していた。年齢も境遇も近い二人は、妙に意気投合してしまった。
数時間後——。
雑居ビル最奥の重厚な扉を開けた先は、タバコの煙が充満し、鉄錆のような血の匂いが混じり合う、まさに映画で見るような「絵に描いた闇金事務所」だった。
「ぎゃあああ! もう勘弁してください!!」
部屋の隅では、パイプ椅子がひっくり返り、借金まみれの男がチンピラにボコボコにされている。
壁には乱雑な督促状のメモが貼られ、荒々しい怒号が飛び交う殺伐とした空間。
るる奈はそれを、まるでスマホのバイオレンス動画でも見るような顔で眺めていた。
「うわ、マジで痛そう……」
隣の麒麟丸は顔面蒼白で震えているというのに、るる奈は平然と中央へ歩み寄る。
そこに鎮座していたのが、この街の裏社会を牛耳るボス、黒金だった。
がっしりとした体躯に、鋭く刻まれた顔の傷。一見、暴力ですべてをねじ伏せてきたような、凄まじい威圧感を放つ強面の男だ。
しかし、そんな彼のデスク周りだけは、事務所の他の場所とは全く異なる異質な空気を放っていた。
黒金の机の上には、複数の大型モニターが整然と並び、世界各国の為替やオンライン投資の複雑なチャート画面が高速で点滅している。まるで永田町の金融アナリストか、外資系ディーラーの作業場だ。
黒金は強面な外見とは裏腹に、極めて論理的なインテリの頭脳を持っていた。
黒金はキーボードを叩く手を止め、冷徹な眼鏡の奥から二人を射抜いた。
「……ちょうどさっき、オンラインのショート(空売り)が綺麗に決まって数千万円の利益が出てな。すこぶる気分が良い。用件を端的に話せ」
データとロジックしか信じない男の低い声。
「……は? 25歳のニートギャルが、比例代表の供託金600万円? ふざけてんのか、ガキ」
「ガキじゃないし! ウチが当選したら年収2000万円なんですけど? 利息なんか余裕で払えるって。鷹町旋風に乗ってる今が勝ち確なのに、今貸さないとかビジネスチャンス逃してません?」
黒金の眉間に、深い皺が刻まれる。周囲のチンピラが一斉に殺気立つ中、るる奈はスマホを構えて――パシャッ。
「え、何この圧? 強すぎて草(笑)」
自撮りまで決めてしまった。これには、普段どんな修羅場でも冷徹に計算を崩さないインテリ黒金も、一瞬呆気にとられた。そして、腹の底から笑い声を上げた。
「カカカッ……面白い女だ。合理的判断による覚悟じゃなくて、ただの底抜けのバカか。……いいだろう、今日の俺は投資で機嫌が良い。その極上のポートフォリオ(博打)、乗ってやる」
机の上に投げ出されたのは、輪ゴムでくくられた生々しい札束の山。
「600万円だ。利子は、十一。十日に一割だ。ただし、落選した瞬間、お前の髪も爪も、戸籍も、二十四時間の自由も、つまり全部俺の物になる。地獄の果てまで働いてもらうぞ」
「オッケー把握! マジサンキュー黒金さん!話がわかる大人っていいよね〜!」
るる奈は屈託のない笑顔で札束をブランドバッグに詰め込み始めた。
まるで推しの限定グッズでも買ったかのような軽いノリで。麒麟丸はもはや言葉を失っていた。
震える手で半分後悔している自分の300万円を受け取りながら、隣でスキップしそうな勢いのるる奈を見て、ただ一言。
「……お前、本当に大丈夫か?」
るる奈は振り返って、にっこり笑った。
「大丈夫に決まってるじゃん。当選するもん」
25歳ニート、千道るる奈。
強面インテリ闇金からせしめた600万円を握りしめ、彼女は「国会議員」という名の甘い夢に向かって、今日も一直線に突っ走り始めた。
後戻りは、もう完全に不可能だった。




