第15話 何もしたくない新人議員VS完璧すぎる秘書団
「総務省へ向かいます。タクシーを呼びました……チケットはこちらで管理します」
御子神が淡々と告げる。るる奈の金欠を当然のように見越した、完璧なフォローだった。
タクシーの中、御子神は当選証書授与式の流れを細かくレクチャーし続けたが、るる奈は窓にもたれかかりながら力なく返事をするのが精一杯だった。
「……うぃ、把握……」
総務省の会場に着くと、そこは当選者たちの熱気とマスコミのフラッシュで埋め尽くされていた。
派手なネイルと茶髪を抑え気味にしたとはいえ、るる奈は明らかに場違いだった。
カメラが向けられるたび、彼女は慌てて丸目の背後に隠れる。
「大丈夫ですよ、千道先生。僕がついてますから」
丸目が優しく囁き、るる奈の背中をそっと庇うように立つ。
その「お兄ちゃん感」に、るる奈の強張った肩が少しだけ緩んだ。
授与式はあっけなく終わった。
大きな当選証書を受け取ったるる奈は、それを両手で持ったまま首を傾げた。
「……これ、映えるけど邪魔じゃね?」
御子神が素早くそれを奪い取り、専用のケースに収めた。
「先生、これは国民の負託の証です。丸める折りたたむは、言語道断ですよ」
「……そんなことしないし!」
るる奈は膨れっ面で言い返したが、内心では「プロすぎ……」と感心していた。
党本部に戻り、小会議室に入ると、すでに一人の男性が待っていた。
眼鏡をかけた知的な雰囲気の50歳。
野党第一党・真ん中革新連盟の元衆議院議員、竹中だった。
鷹町旋風で落選した後、旧知の御子神に請われて苦渋の決断で自党を離れ、政策担当秘書になったという。
竹中は複雑な表情を浮かべながらも、るる奈を真っ直ぐに見つめた。
「初めまして、千道先生。早速ですが、改めて伺います。国会議員として、何かやりたいことはありますか?」
るる奈は、闇金完済までの恐怖を思い出し、そして今の解放感を噛み締めながら、晴れやかな笑顔で答えた。
「やりたいこと? ……特にないかな!ウチ、ただ歳費のためにダラダラしたかっただけだし。1期4年、何事もなく給料もらって、SNSで『議員なう』とかやって過ごせれば、それがゴールっしょ!」
その瞬間、部屋に重い沈黙が落ちた。
丸目は口を半開きにし、竹中は「……え?」と眼鏡の奥で目を瞬かせた。
御子神の眉間には、これまで見た中で一番深い皺が刻まれた。御子神は深いため息をつき、静かに言った。
「……左様ですか。では、衆議院常任委員会は最も波風の立たない『懲罰委員会』あたりを調整しましょう。基本、先生には『座っていること』だけを仕事にしてもらいます。ただし、居眠り一つ許しません。分刻みで監視させていただきますよ」
「えー、監視とかマジ管理教育じゃん……」
るる奈がぶーたれると、御子神は内心で深く息を吐いた。
(欲がないのは扱いやすいが……これほどまでとは。福島副幹事長の言う通り、文字通りの『議席維持装置』として飼い殺すしかないか……)
るる奈は窓の外にそびえる国会議事堂の白い塔を、ぼんやりと眺めた。
闇金との縁は切れた。自分が「商品」になる恐怖も、消えた。
だが、代わりに始まったのは——
最強の「おじさま秘書軍団」による、24時間体制の徹底した飼育生活だった。
25歳の新人議員、千道るる奈。
彼女の「政治家」としての物語は、野心ゼロ、絶望ゼロの、奇妙な無機質さを持って動き出した。
そして数日後——
特別国会の初日、首班指名選挙が待っている。




