第14話 ウチのギャル、終了のお知らせ(泣)ていうか、議員服、高すぎて普通にタヒぬ
議員会館の殺風景な部屋で、千道るる奈はソファに深く沈み込みながらスマホを眺めていた。
画面には、ギャル全盛期に愛用していた通販サイトの購入履歴が並んでいる。
『厚底ラメブーツ』
『クロップドパーカー』
『令和ギャル盛りネイルセット』
そして、その横に現実が突きつけられていた。
『初登院』
『政務官就任式典(可能性あり)』
『党新人研修』
「……終わった。ウチの人生、完全に終わった。服がねえ……」
ぼそりと呟いた瞬間、部屋の扉が静かに開いた。
「その通りです」
入ってきたのは第一秘書の御子神。黒のスーツを完璧に着こなし、まるで葬儀社のエースのような顔をしている。
「先生。現在お持ちの衣類をすべて確認しましたが、『国会議員として許容可能』なものは黒のロングコート一着のみでした」
「嘘つけ! この前のワンピ可愛かったじゃん!」
「肩紐でした」
「……」
「丈が短すぎます」
「……」
「胸元も開きすぎです」
「人格否定やめて!?」
御子神は淡々と無視した。
「本日、政治活動用被服を調達します。予算は必要最低限。丸目、車を」
「了解です」
第二秘書の丸目が、柔らかい笑顔で立ち上がる。
「るる奈先生、今日は“議員モード”全開ですよ。覚悟してください」
「やだ……行きたくない……」
二時間後。銀座の高級百貨店・婦人服フロア。
るる奈は死んだ目をしながら、豪華な店内を歩いていた。
「なにここ……空気がお金くさすぎて酸素吸えないんだけど……」
「先生、背筋を伸ばしてください」
「うぃ……」
御子神は慣れた足取りで店員に声をかけた。
「新人女性国会議員用です。落ち着き、清潔感、報道耐性を重視。ブランドロゴは目立たないもの。テレビ映りを優先してください」
「かしこまりました」
店員の態度が一瞬でプロモードに切り替わった。るる奈は内心で震えた。
(このジジイ……本物だ……)
まず出されたのは、ネイビーのパンツスーツ。
「こちら、イタリア生地を使用した実務向きの——」
「お値段は?」
「上下で18万円になります」
「はぁ!?」
るる奈が素で叫んだ。
「服に18万!? バカじゃん!? スマホ新規で2台買えるじゃん!!」
「先生」
御子神の声が低くなる。
「国会議員は“見られる仕事”です」
「でも高ぇよ!」
「安物はテレビでバレます」
「そんな世界イヤすぎる……」
次に白のブラウス3枚。一枚2万8千円。
「布じゃん!? ほぼ布なのに!?」
「シルエットが命です」
「この世界、怖すぎる……!」
さらに黒のパンプス。
「6万!? ただの靴で!?」
「先生はすぐ転びそうなので、安定性を重視しました」
「否定できないのがムカつく……!」
結局、買ったものはこうなった。
ネイビー&グレー&ベージュのスーツ3着……合計52万円
高級パンプス3足……9万円
ブラウス・小物・鞄……17万円
合計78万円レシートを見た瞬間、るる奈の顔から血の気が引いた。
「待って……闇金返したばかりなのに、また借金!?」
丸目が穏やかに説明した。
「一定範囲で政治活動費として処理可能です。ただし私的利用は絶対にダメですよ」
るる奈は紙袋の山に囲まれながら、魂が抜けた声で呟いた。
「……議員って、思ったより金かかるんだけど……」
その後、美容院で髪色を落ち着いたミルクティーベージュに落とされ、採決ボタンが押せないと言う理由でネイルも短くシンプルなデザインに変更された。
鏡の前に立ったるる奈は、呆然と自分の姿を見つめた。
「……誰これ」
銀髪は少しトーンダウンされ、派手だったネイルも控えめになった。スーツは細身だが上品で、ヒールも高すぎない。
丸目が優しく微笑んだ。
「普通に綺麗ですよ、先生」
「……マジ?」
「ええ。頑張ってる新人議員って感じがします」
御子神だけはいつもの無表情で言った。
「最低限、人前に出せる水準にはなりました」
「アンタ、もうちょい優しく言えないの!?」
御子神は静かに答えた。
「先生。あなたは今、『国会議員』です。見た目一つで支持率も信用も変わります。そこを甘く見た議員から、消えていきます」
その言葉は妙に重く、るる奈の胸に刺さった。
帰りの車内。大量の紙袋に囲まれながら、るる奈は窓の外をぼんやり眺めていた。
ニート時代——昼過ぎに起きてスウェットでコンビニに行き、親に怒鳴られていた日々。
今は78万円のスーツを着て、永田町に向かっている。
「……人生、バグってない?」
小さく呟くと、御子神が資料から目を離さずに答えた。
「政治家になる人間は、大抵どこかバグっています」
るる奈はため息をつきながら、毒々しいピンクのネイルを(もう短くなった)指先で軽く叩いた。
「……最悪」
でも、どこかで少しだけ——
本気でやってみようかな、と思い始めていた。
その日の夜、千道家のリビングは、ちょっとした「ファッションショーの会場」と化していた。
「じゃーん! どお? ウチの新しい戦闘服!」
居間のドアが勢いよく開き、るる奈が照れくさそうに、けれどどこか誇らしげにポーズを決めた。
トーンダウンしたミルクティーベージュの髪に、短く整えられた上品なネイル。
そして、銀座の老舗百貨店で仕立てたネイビーのパンツスーツ。
それは、数日前までベッドの上で銀髪エクステを振り乱していたプロニートの姿からは、到底想像もつかないほど見事な「女性国会議員」の佇まいだった。
「おおお……!」
ソファに座っていた兄のしし男が、持っていたお茶の湯呑みを落としそうになりながら立ち上がった。
「マジかよ……るる奈、お前それ、めちゃくちゃ似合ってるじゃないか! なんか、本物の代議士の先生みたいだぞ!」
「みたいじゃなくて本物だし! っていうか、これ上下で18万円もしたんだからね!? 布のくせに高すぎてウチの心臓、縮むかと思ったわ!」
るる奈がいつものギャル口調で文句を言うと、キッチンから料理を運んできた母親の冬子が、その場に固まった。
「るる奈……、あなた、本当に綺麗よ……」
冬子は手にした大皿をテーブルに置くと、エプロンで何度も目元を拭った。
数日前、闇金地獄から命からがら帰ってきた娘が、今こうして、誰よりも立派な大人の姿で目の前に立っている
その現実が、涙となって溢れて止まらなかった。
夜勤明けで少し目が赤かった父親の春男も、静かに腕を組んで娘を見つめていた。
普段は物静かな父親の目が、心なしか潤んでいる。
「うん……良いスーツだ。仕立てが良いのは素人目にも分かる。るる奈、本当によく似合っているよ」
「お父さんまでそんなマジな顔で見ないでよ、恥ずかしいじゃん!」
るる奈は顔を赤くしながら、足をバタつかせた。
そんな姉の姿を、18歳の妹・りり華が嬉しそうにスマホのカメラで連写している。
「お姉ちゃん、すごくカッコいい! テレビに映っても、これなら全然バカにされないよ!」
「ちょっと、りり華! 連写はやめて! 画角確認させて!」
いつの間にか、家族全員でるる奈を囲み、あちこちからスーツの引っ張り合いや、スマホの撮影会が始まった。
ひとしきり盛り上がった後、冬子が腕によりをかけて作った「るる奈の大好物ばかりの夕食」がテーブルに並んだ。唐揚げ、ハンバーグ、そしてお祝いのお赤飯。
「明日は、いよいよ初登院だな」
しし男がしみじみと言った。
「国会議事堂の正面玄関から入るんだぞ。テレビ中継もある。選挙マニアとして言わせてもらえば、新人議員の初登院は一生に一度の晴れ舞台だ」
「しし兄、プレッシャーかけるのやめてよね。ウチ、御子神さん(第一秘書)に『一歩でもマゴついたら永田町から消します』的な視線で脅されてるんだから」
るる奈は唐揚げを口に放り込みながら愚痴をこぼしたが、その表情は以前のような暗い絶望には染まっていなかった。
「でもさ……」
るる奈は箸を止め、少し短くなった自分の爪を見つめた。
「ウチ、今までずっとお父さんとお母さんに迷惑かけっぱなしのプロニートだったじゃん? 600万円の時も、本気でみんなを失うかと思って、マジで人生で一番反省したの」
リビングが、すっと優しい静けさに包まれる。
「お金は御子神さんにガチガチに管理されてるから、年収2000万円になっても、ウチはお小遣いのままなんだけどさ。……でも、せっかく拾った命だし。あの最強のおじさんたちに囲まれて、ウチ、ちょっと本気で仕事頑張ってみようかなって思ってる」
照れ隠しに「ま、お小遣い増やしてもらうために出世しなきゃだし☆」とギャルピースを作ってみせたが、その瞳には、確かに25歳の新米議員としての小さな覚悟が灯っていた。
春男は優しく微笑み、娘のコップに麦茶を注いだ。
「ああ、頑張りなさい。お前が真面目に働くなら、俺たちは全力で応援する。体だけは壊さないようにな」
「うん。お姉ちゃんが国会で頑張るなら、私も将来、福祉の勉強もっと頑張る!」
りり華が力強く頷くと、冬子も涙を笑顔に変えて「たくさん食べなさい」と、るる奈の皿におかずを山盛りにした。
「よーし! 明日は俺が朝4時に起こしてやるからな! 遅刻厳禁だぞ!」
「しし兄うるさい! 4時は早すぎ! 睡眠不足は肌荒れる!」
いつもと変わらない、けれど少しだけ未来に向かって動き出した千道家の夜。
明日、この温かいリビングを出て、千道るる奈は日本の中心である永田町へと、本物の「先生」として第一歩を踏み出す。




