第12話 闇金のケリ、つけるっしょ!
翌朝、るる奈は丸目とともに新宿の雑居ビルへと向かっていた。
ブランドバッグの中には、昨日メガバンクで工面したばかりの生々しい札束がぎっしりと詰まっている。
重さが妙に現実味を帯びて、手が微かに震えた。
「……マジでこれで最後だよね?」
「はい。今日は僕が全力で守りますから」
丸目が優しく、しかし力強く答える。その頼もしさに、るる奈は少しだけ胸をなで下ろした。
そして、エレベーターを降りた瞬間、意外な人物と鉢合わせた。
「え……川本麒麟丸?」
無所属で東京小選挙区を落選した、ちょっと有名な政治系YouTuber出身の元候補者だった。
彼も同じように大きめのバッグを抱え、顔を強張らせている。
麒麟丸はるる奈を見て目を丸くし、すぐに丸目の存在に気づいて動揺を隠せなかった。
「お、お前……本当に国会議員になったのかよ……」
丸目は即座にるる奈の前に立ち、ボディーガードのように彼女を守る姿勢を取った。麒麟丸は苦笑しながら手を軽く上げた。
「安心しろ。俺も同じだよ……供託金返済に来た。供託金返還条件クリアしてたから、それを担保に、無理言って銀行から300万円のつなぎ融資を借りられた」
奇しくも同じ闇金地獄を味わった者同士。るる奈は小さく頷いた。
重い鉄扉を開けると、相変わらずヤニ臭い薄暗い空間が広がっていた。
不貞腐れた表情でソファーにふんぞり返る黒金と、その取り巻きのマサルたちが下品な笑いを浮かべる。
「よお、先生様のおなーりだ! 今日はどんな顔して泣き叫ぶんだ?」
るる奈は震える手でブランドバッグを開け、札束をテーブルにぶちまけた。
「……これ、返します。きっちり600万円。追加の利子60万円も含めて、全部数えてください」
瞬間、事務所の空気が凍りついた。黒金の不貞腐れた表情が、さらに禍々しい雰囲気を醸し出した。
驚愕と、抑えきれない苛立ちがその顔に浮かんだ。
「……フンッ……マジかよ。本当に用意しやがったのか……」
黒金は舌打ちしながら札束を検品し始めた。
彼にとって、るる奈は「極上の商品」になるはずだった。
絶望に泣き叫び、尊厳をズタズタにされながら夜の街に沈んでいく姿を、愉しむつもりだった。
それが——秘書を連れた国会議員として、堂々と金を返しに来た。
しかも、今日は貸付から19日目。明日になれば2回目の利子が発生するはずだったが、まだ1回分で済んでしまったのも腹立たしい。
「……国会議員様、ねぇ」
黒金は忌々しげに借用書を投げ捨て、るる奈を睨みつけた。
「おい、るる奈。運だけで掴んだそのバッジ、いつまで持つかな? まぁいい。金の切れ目が縁の切れ目だ。二度とそのツラ見せるんじゃねえぞ。縁起でもない」
るる奈は精一杯の強がりで、にっこり笑ってみせた。
「……こちらこそ。マジでお世話になりました!」
事務所を飛び出した瞬間、るる奈の膝から力が抜けた。外の空気を吸った途端、堰を切ったように涙が溢れ出した。
「……終わった……ウチ、売られないで済んだ……本当に、終わった……」
丸目が優しく肩を叩く。隣では麒麟丸も壁に寄りかかり、大きく息を吐いていた。
清々しい、けれどどこか虚しい表情だった。
るる奈は震える指でスマホを取り出し、御子神に電話をかけた。
「御子神さん……! 完済したよ! ウチ、自由の身!」
電話の向こうから、相変わらず冷静で冷徹な声が返ってきた。
「……そうですか。ですが、自由なのは借金の話だけです。至急、党本部の会議室へお越しください」
るる奈は電話を切り、空を見上げた。借金は消えた。
しかし、これから始まるのは、さらに重い「永田町の鎖」だった。
会議室に戻ると、御子神が山のような資料を用意して待ち構えていた。
特別国会、初登院、会派総会、新人議員研修……地獄のスケジュールがびっしりと並んでいる。るる奈は力なく笑った。
「……え、待って。借金返したら、あとはバッジつけて街を闊歩するだけじゃないの?」
御子神は淡々と、しかしはっきりと言った。
「これが永田町の現実です、先生」




