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第11話 るる奈がるる奈でいられる場所

 るる奈が、闇金完済の目処がついた日の夜。張り詰めていた緊張の糸が切れた彼女は、よろよろとした足取りで帰宅した。

 ガラリと居間のドアを開けると、そこには父親の春男、母親の冬子、兄のしし男、そして妹のりり華の四人が、テレビもつけずにじっと座って彼女を待っていた。


「……あ、みんな。た、ただいま」


 るる奈がいつもの調子で手を振ろうとした瞬間、冬子が弾かれたように立ち上がり、るる奈の元へ駆け寄った。


「るる奈……! あなた、無事なの!? どこも怪我はない!? 変なこと、されなかった……!?」


 冬子はるる奈の派手なネイルが施された両手をきつく握りしめ、衣服に乱れがないか、顔に傷がないかを、狂おしいほどの必死さで確認していく。その手はガタガタと震えていた。


「大丈夫……大丈夫だよお母さん。マジで怖かったけど、ウチの身体には、指一本触れられてないから。安心して」


 その言葉を聞いた瞬間、冬子の目から堰を切ったように涙が溢れ出し、るる奈を壊れ物を抱くように強く、強く抱きしめた。

 居間のソファーに座り直したるる奈は、これまで起きたことのすべてを、包み隠さずに家族へ話した。


 パジャマニートのノリで出馬してしまったこと。供託金の600万円を闇金から借りてしまったこと。落選したら「商品」として島へ売られる契約だったこと。

 そして——今日、民自党の最強のおじさん秘書が、メガバンクから即日で1000万円を融資させてくれたこと。


「だから……お金のことはもうマジで心配しないで。明日、ウチの秘書さんと一緒に、あのヤミ金に札束叩き返して完全に縁切ってくるから」


 るる奈が話し終えると、部屋には重苦しい沈黙が降りた。

 18歳の優等生の妹・りり華は、ソファーの上で小さく縮こまる姉を、ただ信じられないといった目で見つめていた。

 いつも「ウチ、マジ天才だし☆」と調子に乗っていたお姉ちゃんが、ガチで裏社会の深淵に沈みかけていたという現実。

 そして、突然「秘書」だの「1000万円の融資」だのという永田町のパワーワードが飛び出してきたことに、脳の処理が追いつかず絶句していた。


 社会福祉士として日頃から世間の困窮や闇を見てきた兄のしし男は、じっと妹を見つめていた。

 その内心は、最悪の結末を想像して生きた心地がしていなかった男の、安堵と怒りが入り混じった複雑なものだった。

 しし男は深く息を吐き出すと、厳格な声で妹に告げた。


「……るる奈。何はともあれ、まずは親父とお袋、そしてりり華に、改めてちゃんと頭を下げろ。お前がテレビの画面で『当選確実』って万歳三唱してる裏で、俺たちがどんな思いでお前を待っていたか、分かっているのか。みんな、お前のことが心配で、本当に死にそうだったんだぞ」


 しし男のその言葉が、るる奈の心の中に残っていた最後の強がりのメッキを、ボロボロと剥ぎ落とした。

 永田町の冷酷な空気の中でも、あのヤニ臭い闇金の事務所でも、涙を堪えて虚勢を張り続けていた。

 けれど、実家の居間の、いつもの温かい匂いと、家族の涙に濡れた顔を見た瞬間、心の堤防が完全に決壊した。


「……ごめ、ん……っ。みんな、心配かけて……ウチ、バカだから……本当に、ごめんなさい……!!」


 るる奈は顔を両手で覆い、子供のように声を上げて号泣した。いつものギャル語も忘れ、ただひたすらに謝罪の言葉を繰り返す。


「いいのよ、るる奈。いいの。元気で、五体満足で帰ってきたんだから、今はそれだけでいいの……!」


「お姉ちゃん……っ!」


 冬子とりり華も、るる奈の体にすがりつくようにして、三人で声を上げて泣いた。

 温厚な父親の春男は、驚愕の事実を突きつけられながらも、最初から最後まで慌てずにじっと娘の話を聞いていた。


 腕を組み、涙を流し合う妻と娘たちを静かに見つめながら、春男は深く、深く溜まった息を吐き出した。

 その目には、娘を死線から救い出してくれた、まだ見ぬ「おじさん秘書軍団」への、静かで絶大な感謝の念が宿っていた。


 しばらくして、涙を拭ったるる奈は、少しだけ、本当に少しだけ国会議員センセイとしての覚悟が宿ったような、毅然とした顔で家族を見据えた。


「明日、ちゃんとケジメつけてくる、絶対に」


 ニート上がりのギャル議員、千道るる奈。

 家族の愛に救われた彼女は、明日、最強の味方を背後に従え、あの呪われた雑居ビルへと殴り込みをかける。

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