第10話 神様って、マジいたんた……マジで……
代田事務長代理による新人議員研修がようやく終わった瞬間、民自党スタッフの一人がるる奈に近づいてきた。
「千道先生、福島副幹事長が応接室でお待ちです。至急お越しください」
「……マジ無理、もう死ぬ……」
るる奈は心の中で何度もそう繰り返しながら、足取りも重く応接室へと向かった。
ドアを開けると、そこには不機嫌の権化と化した福島副幹事長と、二人の男が待ち構えていた。
「千道。今日からお前の言動、スケジュール、SNS……すべて第一秘書の御子神が管理する。一ミリも勝手な真似はするな。いいな?」
福島は返事も聞かずに吐き捨て、忌々しげに部屋を出て行った。
残されたのは、るる奈より明らかに年上の「おじさま」二人だった。
第一秘書の御子神(60歳)は、政界の荒波を何十年も泳ぎ抜いてきた超ベテラン。鋭い眼光がるる奈を射抜く。
第二秘書の丸目(40歳)は、整ったスーツに爽やかな笑顔を浮かべた好青年で、どこか「心配性のお兄ちゃん」のような柔らかい空気をまとっていた。
るる奈が縮こまっているのを見て、御子神が静かに口を開いた。
「……千道先生。何か心配事があるようですね。私は先生の味方です。ここでは何でも話していただいて構いません。遠慮なくどうぞ」
その優しくも重みのある言葉が、るる奈の最後の堤防を決壊させた。
「……うっ……」
るる奈の目から、みるみるうちに大粒の涙が溢れ出した。
「うわああああん……!」
るる奈は堰を切ったように泣きじゃくりながら、椅子に座ったまま顔を両手で覆った。
「実は……供託金の600万円、闇金から借りたんだよ……!10日で1割とかマジでえぐくて……!落選したらウチの全部、好きにしていいって約束しちゃって……!髪も爪も、動画に出すなり島に売るなり……って……!助けて……おじさんたち……! もう怖くて怖くて……どうしていいかわかんないよぉ……!」
応接室に、るる奈の泣き声だけが大きく響いた。
いきなりの不意打ちに、丸目は目を丸くして絶句し、思わず額を押さえた。
「……なんて無謀な……」
だが、御子神は一瞬だけ眉を動かしたが、すぐに落ち着いた表情に戻った。
彼は静かにるる奈の肩に手を置き、穏やかな、しかし力強い声で言った。
「……承知しました。その件は私がなんとかします。安心してください」
るる奈は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、信じられないといった目で御子神を見つめた。
「え……ほ、ほんと……?」
「ええ。本当です」
御子神は静かに頷き、るる奈の肩からそっと手を離した。
その声には、60歳のベテラン秘書らしい重みと、微かな温かさがあった。
「すぐに動きます。丸目君、研修の準備は君一人で対応して下さい。私は先生と今から外出します」
「了解しました」
丸目が真剣な顔で頷くのを確認すると、御子神はるる奈を促して応接室を出た。
議員会館内で、御子神がタクシーアプリでタクシーを呼び寄せ、議員会館の外でしばらく待ったあと、タクシーに二人で乗り込むと、御子神は、またすぐにスマホを取り出した。
シートベルトを締めながら、るる奈はまだ鼻をすすっていた。
タクシーが走り出すと同時に、御子神が電話をかけた。
「……もしもし、田中支店長ですか。民自党の御子神です。……はい、突然すみません。急ぎでお願いしたい融資案件がありまして。……ええ、額は1000万円。担保は不要、つなぎ融資で。……はい、千道るる奈先生の案件です。新人議員です。……そうです、例の件と同じ扱いでお願いします。……時間は? 今から30分以内にそちらへ伺います。……よろしくお願いします」
電話を切った御子神の表情は、まるで日常業務をこなしているかのように落ち着いていた。
るる奈は目を丸くして隣の老人を見つめた。
「……え、今の……マジ? 1000万円って……そんな簡単に……?」
「党と長年お付き合いいただいている金融機関です。ある程度の信頼関係はありますから」
御子神は淡々と答えたが、るる奈にはそれがどれほど異常なことか、ぼんやりと理解できた。
ニート上がりの25歳が、普通の銀行で1000万円など即決で借りられるはずがないと。
メガバンクの特別応接室に通されたのは、それから25分後のことだった。
白髪の品の良い支店長・田中が、笑顔で二人を迎えた。
「御子神さん、お久しぶりです。……こちらが噂の千道先生ですね」
「は、はじめまして……千道るる奈です……」
るる奈がまだ腫れた目で頭を下げると、田中支店長は柔らかく微笑んだ。
「事情は伺っています。急な融資で恐縮ですが、御子神さんのご依頼ということで、特別に審査を簡略化いたします。担保は不要、つなぎ融資として1000万円を本日中に実行可能です。ただし——」
支店長は書類をテーブルに置き、丁寧に説明を続けた。
「返済は先生の歳費から天引きという形になります。毎月、御子神秘書が管理する口座に振り込まれる歳費を原資とし、完済までお小遣い制とさせていただきます。よろしいでしょうか?」
るる奈は、こくこく何度も頷いた。
「……はい。お願いします……本当に、助かります……」
田中支店長は軽く笑って、御子神の方を見た。
「御子神さん、相変わらず面倒見が良い。……では、必要書類にサインをいただければ、30分ほどで融資を実行いたします」
書類に署名を終え、るる奈が震える手でボールペンを置いた瞬間、御子神が静かに言った。
「先生。これで闇金への返済は可能です。……ただし、今後一切、勝手な行動は控えてください。あなたの人生は、もう党と私たちの管理下にあります」
るる奈は涙を拭きながら、深々と頭を下げた。
「……マジで……ありがとうございます。御子神さん……神……」
支店長室を出た後、タクシーに乗り込むと、るる奈は窓の外をぼんやりと眺めながら小さく呟いた。
「……生き延びた……」
隣に座る御子神は、静かに目を閉じていた。
その横顔は、厳格でありながら、どこか優しい祖父のようにも見えた。
呪われた600万円の借金は、こうして「永田町のコネ」と「最強おじさん秘書」の力によって、わずか数時間で解決の道筋がついた。
しかし、これは同時に——25歳のギャル議員が、本格的に「おじさん軍団による徹底管理生活」に足を踏み入れた瞬間でもあった




