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7.ギルド長

 翌朝。昨日より空が重かった。

 雲は低く、街全体を押しつぶすように広がっている。

 ギルドの扉を押し開けると、昨日の喧騒が嘘のように静かだった。昨晩はオーガ討伐の祝杯で大いに盛り上がっていた。

 昨日の疲れを癒すために休んでいるのか、いつもより冒険者の人数が少ない。

「ハルさん、ミントさん」

 マオがこちらに気づき、少し緊張した顔で近づいてくる。

「ギルド長がお呼びです。……お二人とも、今すぐ来てほしいと」

「昨日の件ですか?」

 とミントが首を傾げる。

「だと思います。ずっと気にされていたので」

 ハルは頷き、ミントと共に奥の階段を上がった。


 ギルド長室の前で足を止める。

 扉の向こうから、低い声が聞こえた。

「入れ」

 さすがギルド長、気配だけでハルたちが来たことがわかったようだ。

 部屋に入ると、ライズが机の前に立っていた。昨日の今日で全く疲れている様子はない。

 そして——ギルドと向かい合って話していた人物が1人。副ギルド長、ガルド・ハイネス。

 名前だけは事前にリリアに聞いて知っていたが、今回が初対面だ。

 昨日の討伐には参加していなかったと記憶している。

 ガルドが振り向く。

 細身で、鋭い目をした男。ライズとは対照的に、冷たい空気をまとっている。

 無表情の顔からは何の感情も読み取ることはできなかった。

「来たか」

 机の上に書類を置いてこちらに視線をよこした。

「昨日は助かった。街を守ってくれたこと、心から感謝する」

 深く頭を下げた。ギルド長が冒険者に頭を下げるなど、滅多にないことだ。

「……その場にいたので対処しただけだ」

 ハルが淡々と答えると、ガルドが鼻で笑った。

「対処?召喚された者が国に従わず、こんなところでのうのうと冒険者などと」

 怒りとも、あきれともつかない冷たい声が遠慮なくハルたちに投げかけられる。

「ましてやオーガを倒すほどの技量の人間が...。ギルド長、国に報告して対処すべきです」

「ガルド。そんな話をするために彼らを呼んだのではない。それに彼らのことを国に報告する気はない」

「ですがっ!」

 ガルドの声に感情が入る。ーー怒り。

 空気が一瞬で張り詰めた。ライズはゆっくり息を吐く。

「ガルド、席を外してくれ」

 有無を言わせない雰囲気。

 ガルドは小さく舌打ちし、ハルたちとすれ違う時に向けた冷たい視線を置き見上げに、足早に部屋から出ていった。

「すまんな。あいつはこの国出身で愛国心が人一倍強い。許してやってくれ」

「お前たちを呼んだ理由だが……簡潔に聞く。お前たちはこの国をどう思う?」

 ガルドの気配は遠のくのを確かめてからライズが口を開いた。

「...信用できない。従う気はない。それはギルドに対しても同じだが」

 ハルとミントはしばらく考えた後、ハルが率直な意見を並べる。

「俺が忠誠を誓っているのは母国にだけだ。それ以外に従う気はない」

「私も信用はできないと思っています。お城で説明をしていた偉そうな方、言葉の端々に嘘が混じっていました。それにーー」

 ミントのハルと同じ意見のようだ。

「私は信じていない」

 ライズの声は静かだったが、重かった。

「この国の召喚制度に、私は疑念を抱いている。召喚された者が"使命を果たして帰った"という話は国から聞いているが、召喚者が本当に帰還できたのか。そもそも、何のために召喚されているのか——」

 ライズの拳が机を叩く。重い音が響いた。苛立ちを隠そうとしなかった。

「人は道具ではない。それは召喚者も我々も一緒だ。もし国に逆らうことになったとしても、召喚が人の尊厳を踏みにじる行為だとしたら俺は止める!!私はそれを曲げるつもりはない」

 その声は怒りと悲しみが入り混じっているようなそんな声音だった。しばしの静寂が周りを包んだ。

 ライズは深く息を吐く。

「すまない。つい声を荒げてしまった」

 ライズは信用できる。直感的にそう思えた。裏表のない人間、損得で動かない人間。

「それで、俺たちに何をしてほしい?話を聞かせるためだけに呼んだわけではないよな?」

「鋭いな、俺は——召喚された者たちが、どうなったのかを知りたいのだ」

 その目は、どこか悲しげだった。

「なるほど、調べろということか」

「ああ、先日のオーガの件で実力は把握できた。任せられると思った」

 少し考えたハルが、答えを出す。

「わかった。俺はその依頼を受けよう。その代わり、報酬として当面の生活の面倒を見てくれ。ほかの依頼を受ける余裕が減るからな」

「あ、そうしたら私もハルさんと一緒に調査したいと思います」

 ハルは少し考えたが、ミントの能力はこういったことにはうってつけだと思い、口を出さなかった。

「そうか、助かる。この件は内密に頼む」

「もし調査の結果、国が召喚者を”還していなかった”としたらどうするつもりだ」

 ライズは席を立ちハルたちに背を向けると

「その時はーー」



 場面は変わり王城の一角、窓のない部屋。

 火の灯っていない燭台が三本、壁に並んでいる。明かりは卓上の蝋燭一本だけだ。

 ガルドが椅子に座ると、向かいに座った男——召喚に立ち会っていた王の側近セイン——が静かに口を開いた。

「ギルド長は?」

「変わりません。相変わらず召喚制度への疑念を抱いています。」

「そうか」

 セインは卓上の蝋燭を眺めた。炎が、微動だにしない。

「そろそろ頃合いか...処理の準備を進めろ。事故に見せかけてな」

 ガルドは頷いた。表情は動かない。

「あの男がいる限り、大規模召喚の実行ができない。召喚者の運用計画が前に進まない。……それと、ガルド」

「はい」

「召喚者二人——ハルとミントだったか。あの二人も監視しておけ」

 ガルドは少しだけ目を細めた。

「……理由を聞いてもよいですか」

「魔力ゼロで、オーガを倒したのだろ?」

 セインは立ち上がり、部屋の隅へ歩いていく。

「しばらく様子を見て使えるようなら使う。使えないなら——」

 蝋燭の炎が、ふっと消えた。

「——ライズともども消えてもらう」

 部屋が、暗くなった。



 ギルド長室を出ると、廊下の空気がやけに冷たく感じた。

「……思ったより国に反感を持っているようですね、ギルド長」

 とミントが言う。

「人と街を守る。損得勘定も、思考の裏表もない人だったな」

「副ギルド長は危ないですね」

 ミントの声は穏やかだったが、目は鋭かった。

 ハルは答えなかった。ただ、階段を降りる足を少しだけ速めた。

 一階に戻ると、ちょうどリリアが入ってきた。鎧は外していたが、疲れが残っているのか歩き方が少し重い。

「あ、二人とも。ギルド長に呼ばれてたんでしょ?」

「話は終わった」

「そう。……最近ずっと何か考えているみたいだから」

 リリアは眉を寄せた。

「ああ、ねえハル」

 唐突にこちらを向いた。

「ギルド長のこと——どう思った?」

 ハルは少し考えた。

「……損得で動かない。あと、とてもまっすぐな人だ」

「そう」

 リリアは静かに言った。それが褒め言葉だとわかったのか、少しだけ口元を緩めた。でもすぐに表情が曇る。

「あの人、私が子供の頃からずっとそうで。正しいと思ったことは曲げない。誰に何を言われても、自分がどれだけ傷ついても」

 ギルドの建物を振り返る。

「昔はそれが頼もしかったんだけど——今は、怖くて」

 その言葉は、独り言みたいに小さかった。

 ハルは答えなかった。ただ、その言葉を聞いていた。


 しばらく会話をしていたところ、ギルドの扉がそっと開く、そこから半泣きの男の子が入ってきた。

 周りの冒険者が怖いのか、その場から動けなくなっていた。

 それに気づいた受付のマオがパタパタと駆け寄り声をかけてきた。

「どうしたの?」

 しゃがんで視線を合わせると、優しく声をかける。

「あ、あの。友達がいなくなっちゃって...」

 震える声でそう言って、かわいい手のひらに握られた銅貨3枚を差し出してきた。

 リリアがすぐさま男の子に近付き声をかける。

「それでギルドに依頼しに来たの?」

 男の子はうなずく。この金額では誰も受けてくれないのは明白だ。どう指摘しようと迷いながらマオが口を開く。

「でもーー」

「いいわ。私が受けましょう。まずは状況を聞かせてくれる?」

 マオを遮り、リリアが先に答える。

 どうやら、同じ孤児院の女の子が昨日から行方不明になっているとのこと。

 昨日市場に買い物に行ったきり、帰ってこない。歳は15歳、茶色のショートボブの女の子。

 憲兵にも相談に行ったが、門前払いにされたらしい。

 身寄りのない子が行方不明になることはそこまで珍しいことではない世界だった。

 情報を整理し終えると、リリアが男の子を孤児院まで送り届けた。ハルはその背中を見送りながら、静かに状況を分析する。市場で行方不明、憲兵が動かない、身寄りなし——見つかる確率は高くない。

 

「じゃあ、ハルとミント、行きましょうか?」

 戻ってきたリリアが、当然のように二人に声をかけてくる。ギルド長に似て、有無を言わさない。

「なぜ——」

「銀貨3枚、私が出す。3人で探したほうが早いでしょ」

 ハルが口を開きかけたのを、真剣な声が遮った。

「……わかった」

 肩をすくめて答える。ミントはその隣で、すでにうなずいていた。

 3人は足早にギルドを出た。空は朝よりさらに暗くなっていた。

 リリアが足を止め、空を見上げる。

「なんか——嫌な予感がする」

 ぽつりとこぼれた言葉が、曇天の下で妙に重く沈んだ。

 ハルは何も言わなかった。ただ、同じ空を見上げた。

 厚い雲が、街ごと飲み込もうとするようにどこまでも広がっていた。

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