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6.二つの戦場

 翌朝、今日も曇り空が広がる。かなり雲が分厚く、いまにも雨が降り出しそうだった。

 昨日同じぐらいの時間にギルドの戸をくぐる。昨日とは違い人がまばらとしかいない。

 どうやら討伐部隊はまだ帰っていないようだった。

 マオに今日の依頼の確認と併せて状況を確認する。

「昨日はオーガの正確な規模の把握と包囲網の構築に時間がかかったようで、日が暮れてしまったため野営に入ったと連絡が入っています」

「一匹も逃がさないためか」

「はい。中途半端に討伐して残りが散らばれば、被害が広がります。ギルド長の判断です。それにこういったことも視野に入れて野営の準備も行っていったので、問題ありません」

 ハルは無言で頷く。合理的な判断だ。

「早朝に討伐を開始したとのことなので、夕方には戻るかと」

「わかった」

「今日も街の中での作業ですね」

 ハルとは対照的に楽しそうなミントだった。


 街の北方約20キロ地点。

 オーガの位置を確認した冒険者たちは、見張りに足の速い二人を配置し、火を焚いても気づかれない位置で野営を行った。

 火を焚き、テントを張り体調を万全に整える。何かあれば見張りから連絡が来る。

 そして、夜明けの冷気が、森を白く染めていた。

 オーガの群れは、森の中の開けた場所に集まっていた。

 三メートル近い巨体が、無防備に転がっている。 推定十二体。焚き火の残骸の周りで、まだ半分眠っていた。

 すでにオーガの集団を包囲するように冒険者は配置についている。

 待機すること1時間、地面は硬く、冷たい。だが誰も文句を言わない。全員が静かに、日が昇るのを待っていた。

 主に戦闘を行うのは太陽を背に戦える東側の冒険者だ。そこにギルド長とリリア含め5人の冒険者が確認できる。

 北南西には2人ずつ配置されている。

 ーーそして。

 ライズが静かに立ち上がる。それだけで、周囲の空気が引き締まった。

 包囲網は完成している。あとは、合図一つで...。

 ライズが右手を上げる。そして振り下ろした。

 次の瞬間、ライズ以外の4人が駆け出す。4人が標的を定めた後に、北南西の2名ずつの冒険者は残りのオーガに狙いを定める。

 

 4人から抜け出たのはリリアだった。加速系のギフトが発動する。

 足元が光り、視界が流れる。五十メートルの距離を、一息で詰めた。

 眠気眼だったオーガの一隊が気配に振り向く。だが遅い。

 右手に生成された氷の鞭が空気を裂いて伸びる。

 狙いは足首だ。

 巨大な足首に鞭が巻き付き、通り過ぎる勢いを利用して思いっきり引っ張る。

 体重二百キロを超える巨体が、ゆっくりと地面に引き倒される。

 地響きが走り、オーガが転倒した衝撃で周囲の木々が揺れた。

 倒れたオーガが立ち上がろうとたが、リリアはすでにその首元に立っていた。

 オーガが倒れた瞬間に鞭から瞬時に形状を変えていた氷の剣が落ちる。

 一体目、沈黙。

 リリアはあたりを一瞬見渡して自分の位置、仲間の位置、オーガの位置を把握し、すぐに動き出す。

 立ち止まれば死の確率が上がる。大型の魔物を相手にするときには一番注意しないといけない。

 加速を維持したまま、二体目へ向かう。こちらはすでに起き上がっていた。棍棒を振り上げている。

 一匹目は奇襲だったこともあり、簡単に始末できた。次からが本番だ。

 リリアは真正面から突っ込んだ。相手から見れば、無謀に見えたかもしれない。

 棍棒が振り下ろされる刹那、リリアは真下に潜り込んだ。風圧が髪を揺らす。

 そのまま足元をすり抜け、背後へ。氷の剣で両足のアキレス腱をなでるように切断した。

 倒れたオーガに先ほどと同じようにとどめを刺す。

 リリアはすぐに次の標的を見据えた。

 

 ライズは後ろから冒険者の戦いぶりを見ながら散歩でもするかのようにオーガの群れに近づいて行った。

 リリアを除く3人は1対1になるようにうまく立ち回っていた。Aランクの冒険者だが、1匹を相手にするのが手一杯のようだ。

 北南西はBランク冒険者が配置されていたが彼らは2対1でオーガの対応をしている。

 リリアがすでに2体を葬り、3体目と交戦中だ。さすがSランクといったところだろう。

 ーーそして上には上がいる。

 のんびり歩いてくるライズに3匹のオーガが襲い掛かる。

 それぞれが体重二百キロを超える。三体合わせれば六百キロの暴力だ。

 普通の人間なら逃げるしかない。

 ーー立ち止まれば死の確率が上がる。大型の魔物を相手にするときには一番注意しないといけない。

 これは一般的な人にとってのもの。何事にも例外はいる。

 ライズは一歩も動かなかった。最初の一体が巨大な棍棒を振り下ろす。

 ライズは右腕を上げた。轟音。地面に亀裂が走るり、ライズの足が地面に沈む。

 だが、それだけだった。こん棒はそれ以上下りることはなかった。

 棍棒を掴む。指がこん棒にめり込む。オーガがこん棒を再度振り上げようとしたが、ピタッと止まって動かない。

 逆にライズがこん棒を力任せに振り上げると、オーガが宙に浮いた。

 そのまま地面に叩きつけた。地面がへこみメキメキと嫌な音がオーガの背中から聞こえる。

 残りの二体が同時に拳を振るう。ライズは両手を使いそれぞれの拳を受け止めた。

 ーーグシャッ

 容赦なく受け止めた拳を握りつぶした。そして、反撃の一撃が、オーガの胴を貫いた。

 拳一発。それだけだった。ライズの表情は変わらない。

 ライズはそのまま最後のオーガの胴を回し蹴りを叩き込んだ。吹っ飛ぶのではなく上半身と下半身が両断された。

 ライズには傷一つない。圧倒的強者。

 周囲のすべての者から息をのむ音が聞こえたような気がした。


 戦闘は、二十分で終わった。十二体が倒れた。

 森に静寂が戻る。鳥の声すら聞こえない。

「この群れに属してないオーガの目撃情報が入りました。一体です。はぐれだと思われます」

 斥候の冒険者が駆け戻ってくる。息が上がっていた。

「この戦闘の影響で南に向かって逃げていきました。かなりの速度で——」

「街の方向か」

 ライズの声が、低くなった。

「はい」

 沈黙。一秒にも満たない沈黙だったが、周囲には長く感じられた。

「全員、急いで戻れ。走れ」

 それだけ言って、ライズ自身が先頭で走り出す。 その速度に周囲はついていくのがやっとだった。


 ハルとミントとゼインの三人は、外壁修復の依頼を受けていた。

 経年劣化で、街の北側の外壁に小さな亀裂が入ったらしい。

 石材を運び、職人の指示に従って補修作業を手伝う結構力が必要な仕事だ。

「こういう仕事、意外と体に来るな」

 ゼインが重い石材を担ぎながら言う。

「結構な重労働ですね」

 積まれた石の間にコンクリートのようなものを塗りながらミントが返答する。

 その時だった。街の外、北側から、低い唸り声が聞こえた。

 ハルが即座に反応する。職人たちも気づき始めた。

「な、なんだ?」

「外壁の向こうに何かいる」

 ゼインが顔色を変えた。

「まさか……オーガか?」

「お、おい!!壁から離れて、なるべく距離をとれ!!」

 親方らしき人の怒鳴り声が響く。すぐさま作業していた人間は、足場から降り、なるべく城壁から距離を取ろうと走り出した。

 ある程度の人間が非難し終えた後、外壁に衝撃が走った。

 亀裂が入っていた箇所に、さらに大きな衝撃が加わる。

 そして——

 轟音と共に、外壁の一部が崩れた。

 石が降り注ぐ。粉塵が舞い上がる。職人たちが悲鳴を上げて逃げる。

 粉塵が晴れた先に、それが現れた。

 オーガ。

 三メートル近い巨体。灰色の肌が、泥で汚れている。

 黄色く濁った目が、こちらを捉えた。

 追い詰められた獣の目だった。恐怖と怒りが混ざり合った、追いやられた時の目だ。

「逃げろ!」

 ゼインが叫び、周囲の人間の誘導に回る。さすが冒険者歴が長いことはある。

 職人たちが一斉に走り出す。

 だが、ハルは動かなかった。

「お、おい!お前らも早く逃げろ!!」

 ゼインが叫ぶが、ハルは動かず、視線だけ向けて意思の伝達を試みる。

 ゼインはハルの考えていることがわかったのか、小さく舌打ちをして周囲の誘導に戻った。

「ハルさん」

 ミントが隣に立っていた。いつもの穏やかな顔だが、目が違う。些細な情報も逃さないとばかりにオーガを分析、観察していた。

「下がっていろ」

「……1人より、2人の方がいいと思います。ハルさん、丸腰じゃないですか」

「お前の身体能力では」

「大丈夫です。肉弾戦をするつもりはありません」

 ミントがオーガを見据えたまま声を出す。その視線は、オーガの全身を細かく追っていた。

「邪魔にはなりません。たぶん」

 たぶん、というのが少し引っかかった。だが、時間がなかった。

「好きにしろ」


 オーガが動いた。

 巨大な腕が、空気を裂くように横へ薙ぎ払われる。

 ハルは低くくぐり抜けながら、風圧だけで体が揺れるのを感じた。

 側面へ回り込む。だが足元が悪い。崩れた石材が散らばっている。

 踏み込んだ瞬間、細かく砕かれた石のせいで足元が滑った。一瞬、体勢が崩れる。

 ーーまずい。

 普通ならこんなミスはしない、やはり機械眼が使えないことと、ナノマシンが万全ではないために感覚がおかしくなっているらしい。

 オーガはそれを逃さず、腕を大きく振り上げてハルを叩き潰そうと動く。

 その瞬間だった。

 オーガの右足元に、炎が生まれた。

 拳程度の大きさの火が何もない空間から突如現れ、すぐに消えた。

 反射的にオーガはそれを避けようと、左へ重心を移した。今度はオーガに隙ができる。

 ミントの目が金色に輝く。オーガの筋肉の動き、周りのがれきの配置、ハルの動き、すべてが頭の中で整理され、複数の可能性の高い未来を描き出す。

 そこに、ミントが手を加えることにより、未来は完成される。戦っているハルの一番都合のいいようにミントは未来を描いた。

 オーガの右肩の上に、今度は小さな火花が散った。

 次は左足の外側に、火花。オーガはそちらへ体重をかけられなくなる。

 オーガの動きが限定される。オーガが前にしか動けないように次々と火花が散っていく。

 最終的にオーガは本能的に肩をすくめ、動きが止まってしまう。

 ハルの目が光る。もうオーガの動きを読む必要もなかった。

 ただ一歩前に踏み込むだけ、それで最適な距離に移動できた。

 硬直したオーガに手のひらをそっと分厚い筋肉で覆われた腹部に添えた。

 殴らない。押さない。ただ“触れた”だけ。

 次の瞬間。

 ――ドンッ。

 鈍い衝撃音が、オーガの背中側から響いた。

 皮膚が内側から膨らむように波打ち、巨体がびくりと跳ねる。

 外傷はなく、内部だけが爆ぜたように揺れた。

 オーガの口から、空気が漏れるような声が出た。

「……ッガ……!」

 ハルは静かに手を引いた。

 膝が折れ、巨体が前に崩れ落ちる。地響きが走る。粉塵が舞い上がる。

 沈黙。

 オーガが倒れこむ大きな音が戦闘の終わりを告げた。

 ハルはオーガの脈がないことを確認しながら、ミントのほうへ視線だけを向けた。

「……今のは」

 ミントは少しだけ手を震わせていた。

 右手の指先が、わずかに赤く光っている。しばらくしてその光は消える。

「実際に戦闘で使うと、思ったより難しいですねこれ」

 それでも、笑っていた。

「魔法か」

「はい。暇な時間になんとなく練習してたらできました」

「魔法よりも、オーガを完全に制した方法のほうが知りたいが」

「筋肉の動きを見ていれば次の行動パターンは読めます。重心がどちらに移るか、どの筋肉が収縮するか。そこから逆算して、自分が動いてほしいように炎を置けばいいだけです」

「周りの地形、物なんかもすべて計算に組み込まれます。ハルさんの時代にはまだ存在してない"眼"ですよ」

 ハルは珍しく驚いた表情を表に出す。 未来はわからないが、過去はわかる。

 考えが至らなかった。召喚というものは同じ時間軸の人間を呼ぶと勝手に思っていた。

 確かに未来人ならハルの軍服から時代は見当がつくだろう。だとするとハルの能力はすべて知っていてもおかしくはない。

「ハルさんから見たら私は未来人ですね。まぁ後でゆっくり話しましょうか。時間はいっぱいありますし」

 ミントがくすっと笑う。

 そうこうしているうちに、ゼインが警戒しながら戻ってきた。

「お前ら!大丈夫か?」

「ああ、終わった」

「二人で、オーガを?」

 ハルはうなずいて見せた。ゼインはしばらく黙って、倒れたオーガと二人を交互に見た。

 それから頭をかきながら、ため息をついた。

「どうなってやがる」


 それから、一刻過ぎたくらいに、討伐部隊が戻ってきた。

 全速力で走って戻っていた途中で街に来たオーガの排除が完了したという知らせを聞いて、その場で休憩をはさんでから戻ってきたようだ。

 疲弊した冒険者たちが、ぞろぞろとギルドに入ってくる。

 鎧に傷、顔に汚れ、足を引きずっている者もいた。それでも全員が戻ってきた。

 リリアの姿もあった。鎧の一部が凹み、髪が乱れている。だが歩き方はしっかりしていた。

「終わったわ。12体討伐——」

 リリアはため息をついた。そのまま近くの椅子に、どさりと座り込んだ。

「オーガの討伐2人でしたんだって?本当に、あなたたちは」

 言葉を最後まで言わなかった。

 疲れているのか、呆れているのか。

 たぶん、両方だろうとハルは思った。

 ライズが入ってきたのは、それから少し後だった。

 すぐにハルとミントのもとへやってきた。

「お前たちが街に来たオーガを仕留めてくれたと聞いたが」

「はい」

 ミントが答える。

「怪我は?」

「いえ、特にありません」

 ライズは、大きく安堵のため息をはいて、ハルとミントに向かって深々と頭を下げた。

「この度は本当に助かった。お前たちがいなかったら甚大な被害が出ていただろう」

 それだけ言って、また頭を上げると報告のために奥へ入っていった。

 短い言葉だったが、表面上な感謝の言葉ではなく、心がこもっている。

 ハルとミントはその背中を、見えなくなるまで見ていた。

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