2.適性判定
石造りの廊下を、兵士に先導されながら進む。無機質な床に足音がやけに響く。
窓はない。今が夜なのか昼なのか、時間の感覚も曖昧だ。
ここが城の内部であることだけは理解できるが、それ以上の情報はない。
「……」
ハルは周囲の構造を無意識に解析していた。
壁の厚み、兵士の配置、逃走経路。
どうすればこの状況を打開できるかを考える。
――情報不足。
その結論だけが脳内に残る。機械眼は沈黙を貫いている。
前方では、先ほどの高校生たちが騒いでいた。
「で、結局これってなんなのかな?」
「魔王討伐とか言ってたけど、意味が分かりません……」
彼らの緊張感は薄い。状況を呑み込めていないのか、それとも現実として受け入れられていないのか。
――ひとりを除いては。
先ほどから気になっている男子生徒だ。表情は柔らかいまま、何かを懐かしむような視線をあちらこちらに向けている。
廊下の造り、壁の紋様、兵士の装備。その目は確かめるように動いていた。
その行動の何もかもに、異質感を覚える。
「こちらへ」
兵士に導かれ、部屋に通される。
そこは広い訓練場のような空間だった。やはり窓はない。
中央には魔法陣と、見たことのない装置が並んでいる。
「これより、諸君らの"適性"を確認する」
先ほどの大臣が説明を始める。
「この世界では、魔力と"ギフト"で力が決まる。順に前へ」
最初の一人が魔法陣に立つ。
緊張した様子で足元を見下ろし、おそるおそる中心へと踏み込む。光が走る。装置が反応し、文字が浮かぶ。
「魔力量、大魔導士クラス!適正属性……火,,,いえ、ほ、炎属性!!」
「ギフト……肉体超強化!」
兵士たちがどよめく。
「すごいぞ……召喚者はやはり違う」
魔法陣に立った本人は、自分の周りで何が起きているのかわからない様子でキョロキョロしていた。だが周囲の熱気に押されるように、照れくさそうに頭をかく。
次の一人が前へ出る。さっきの反応を見て少し期待しているのか、足取りが軽い。
光が走る。
「風と土の二属性持ち!魔力量も申し分ない!」
「ギフト……速度超強化!」
今度はさらに大きなどよめきが起きた。二属性持ちは珍しいのか、兵士たちが互いに顔を見合わせて興奮している。
三人目が魔法陣に立つ。光が走る。
「ギフト……治癒!」
「治癒持ちだと……!」
兵士たちがざわめく。大臣も初めて表情を動かした。
「攻撃系だけが力ではない。治癒は戦場において、時に何よりも貴重だ」
当の本人たちには、その数値が意味するものがまだわからない。
だが周囲の反応を見て、少しずつ状況を呑み込み始めていた。
「え、これってすごく強いんじゃ?」
「ね!周りの人たちもすごいって言ってるし」
――増長。
そして例の男子生徒が前に出る。魔法陣が光る。
だが——反応が一瞬遅れた。
「……ん?」
測定器の反応が他の者とは違う。わずかなタイムラグがあった。
「魔力量、高位魔術師クラス!適正属性、氷!」
「ギフト……魔力超強化!」
他の三人と比べて突出したものはない。それでも感じる違和感は消えなかった。
――なにか、隠している。
ハルは直感的にそう感じた。
「では次」
ミントが前へ出る。静かに魔法陣へ立つ。
光が走る。しかし他とは違い、安定している。
「魔力量、魔導士クラス!適正属性――火属性」
「ギフト……なしです」
大臣が首をかしげる。
「ギフトがない?」
「そうみたいですね。まずいのでしょうか?」
「いや、珍しいことではない。大抵の人間は持っていない」
「そうですか」
ミントは軽く微笑んだままだった。
大臣は視線を最後の一人へと向けた。
「最後、お前だ」
他の召喚者たちの視線が集まる。
「……」
魔法陣に立つ。光が走る。
しかし——すぐに光は消失した。
「……反応、なし」
大臣が目を見開く。
「魔力適性……ゼロ?ギフトなし」
ざわり、と空気が変わる。
「そんな馬鹿な……召喚者だぞ?」
「故障か?」
兵士たちがざわつく中、ハルは無表情のまま立っていた。
――ナノマシンが干渉を抑えている。
この世界の測定方法で検出できるものは何もない。それだけのことだ。
だが、次の言葉は予想していなかった。
「使えない個体か――処理対象として記録しておけ」
大臣の声が、冷たくなる。
――処理対象。
その言葉が、静かに脳内に落ちた。
怒りはない。屈辱もない。ただ、頭の中で淡々と可能性が並べ立てられていく。
処理対象。それが即座の排除を意味するなら——今この場が、戦場になる。
ナノマシンの出力を確認する。まだ制限がかかっている。全力には程遠い。
それでも、ここにいる兵士程度なら。
静かに、重心を落とした。
周りの空気が変わる。見下す者、興味を失う者、気の毒そうに見る者。共通しているのはマイナスの感情だけだ。
高校生たちもざわつくが、一言も話したことのない他人だ。すぐに興味を失ったようだった。自分たちに問題がなくてほっとしている、そんな顔だった。
「お前は用なしだ。おい、こいつを城外に叩き出せ」
――殺さないのか。
一瞬だけ、力が抜けた。
追い出すだけ。戦う必要はない。
……悪くない結果だ。むしろ、かなり助かった。
訓練された兵士がすぐに動き出し、ハルの腕をつかんで連れて行こうとする。
抵抗する理由はない。されるがままに従った。
その時、ミントが一歩前に出た。
「あのー。そうやって"使えない"と判断されると追い出されてしまうのでしょうか?」
「そうだ」
大臣が短く答える。
「それなら、私も彼と一緒に出てもいいでしょうか?」
室内の空気が、一瞬止まった。
高校生たちが怪訝そうな顔でミントを見る。兵士たちも顔を見合わせている。
「なぜだ?」
「先ほどから皆さんの反応を見ている感じ、私は一般人と変わらないくらいの能力値という認識ですよね」
大臣はうなずくことで返答とした。
「いつ追い出されるかわからないので。それなら一人より二人のほうが心強いですし」
笑顔のまま、淀みなく言った。
誰も何も言えなかった。
理屈は通っている。だが、今しがた初めて会った相手に対してこの決断を、しかもこの笑顔でできる人間がどれだけいるだろうか。
ハルはその言葉を聞きながら思う。
――合理性か、それとも別の何かか。
判断材料が少なすぎる。だが今は、どちらでもいい。
「好きにしろ」
大臣は興味を失ったように言った。
城門まで連れてこられるまで、時間はかからなかった。
長い廊下を兵士に挟まれながら歩く。ミントはその間も特に動揺した様子はなく、むしろ城内の装飾を物珍しそうに眺めていた。
その落ち着きが、かえって不思議だった。
重い扉が開く。冷たい外気が流れ込む。
兵士に背中を押され、二人は城外へと踏み出した。
「必要なら町で生きろ」
小さな袋が投げ渡される。重さはほとんど感じない。
扉が閉まる。
分厚い石の壁の向こうから、くぐもった歓声が聞こえた気がした。選ばれた者たちの声だ。
その外側に、二人だけが立っていた。
――追放。
空を仰ぐ。どんよりとした曇り空。
袋の中身を確認する。金属製の硬貨が数枚。価値はまだわからないが、多くはないだろう。
手持ちの装備はない。土地勘もない。知り合いもいない。
状況を整理すれば、なかなか厳しい。
――だが、生きてはいる。
それだけで十分だった。
「……さて、行きましょうか」
鼻歌でも歌いそうな調子で、ミントが言った。
「これからどうします?」
「情報を集める」
それだけだった。




