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1.召喚

 眩い光が、視界を焼いた。

 反射的に目を閉じる。だがそれでも、瞼の裏が白く染まるほどの光だった。

 やがてゆっくりと、光が収まっていく。

 意識が、戻ってくる。

 ――ここはどこだ。

 全身が重い。頭の奥が鈍く痛む。最後の記憶は、白い閃光と、叩きつけるような衝撃だった。

 それ以降の記憶がない。

 目を開けると、そこは石造りの広間だった。

 高い天井、壁に刻まれた奇妙な紋様。足元には巨大な魔法陣が描かれている。

 神殿。そんな言葉が、自然と頭に浮かんだ。

 ――解析実行。位置情報の特定。

 いつもの要領で機械眼を起動しようとする。

 ERROR

 ERROR

 ERROR

 視界の端に、赤い警告が連続して走る。

 ――ネットワーク接続、不可。

 一瞬の沈黙。

 直後、強制的にシステムが再起動を開始した。

 ――再起動プロセス開始。3……2……1

 視界が暗転する。

 数秒後、再び光が戻った。

 ――再起動、完了。

 だが同時に、異常を検知する。

 ――体内に未知の干渉を確認。排除処理、開始。

 ――失敗。

 ――再実行。

 ――失敗。

 ――……失敗。

「……っ」

 頭の奥に、鈍い圧迫感が走る。

 ――干渉の封鎖を優先。ナノマシン機能を制限。

 ――干渉の解析と削除を開始。

 脳に流れ込む情報量が、一瞬で跳ね上がる。

 戦場なら、致命的な隙だ。

 背中に、じわりと嫌な汗が滲んだ。

 ――状況を把握しろ。

 深く息を吸う。痛みを意識の外に追いやり、視界を巡らせる。

 ここは戦場ではない。少なくとも、今この瞬間は。

 敵意のある視線はない。武装した人間もいない。脅威レベルは低い。

 ならば今やるべきことは一つだ。

 ――情報収集。

「……え?」

 すぐ近くで、困惑した声が上がる。

 視線を向けると、そこには似たような服を着た男女が四人、呆然と立ち尽くしていた。

 資料では見たことがある、日本の高校の制服。

 ハルには縁のないものだった。あまりにも場違いだ。

「ここ、どこ……?」

「ちょっと、何これ……ドッキリ?」

「え、待って、さっきまで教室にいたよね?」

「誰かに連絡しないと……って、電波ない!?」

 四人がそれぞれ騒ぎ立てる。スマートフォンを取り出す者、壁を触って確かめる者、ただ立ち尽くして震えている者。反応はばらばらだが、共通しているのは混乱だけだ。

 どう見ても戦場慣れした人間の動きではない。

 ――一般人か。

 その集団の中に、一人だけ様子の違う者がいた。

 男子生徒。表情は柔らかく、周囲に合わせて戸惑っているように見える。だが——目だけが違った。黒く静かな瞳が、広間をゆっくりと見渡している。まるで懐かしい場所を再訪したような、そんな目だった。

 石造りの壁、魔法陣、兵士の配置。その視線は一つひとつを確かめるように動いていた。

 ほんの一瞬だけ、その視線がこちらに向いた。

 ――気のせいか。

 すぐに何事もなかったかのように、視線は外れる。

 その集団の隣に、もう一人、女性がいた。

 栗色の長い髪。柔らかく整った顔立ちで、どこか穏やかな空気をまとっている。

 女性用の軍服に似ているが、機能性より見た目にこだわった感じで、見慣れない意匠が入っていた。

 こちらに気づくと、ふわりと微笑む。

「大丈夫ですか?」

 やけに落ち着いた声だった。

 状況を理解しているわけではないはずなのに、不思議と安心感を覚える。

「ああ、問題ない」

 短く答えたそのとき、広間の奥で重々しい扉の開く音が響いた。

 全員の視線が一斉にそちらへ向く。

 現れたのは、豪奢な衣装を身にまとった男と、その後ろに控える複数の兵士たちだった。

 男はゆっくりと歩み寄り、こちらを見渡して満足げに頷いた。

「成功だ」

 その一言で、兵士たちが沸き立つ。

「諸君らを、この世界へと召喚した」

 ざわり、と空気が揺れた。

「は? ちょっと待ってくださいよ!」

「意味わかんないんだけど!」

「召喚って……ここ、異世界ってこと?」

「そんなわけ……でも、この建物……」

 高校生たちが口々に声を上げる。無理もない。

 だが男は気にする様子もなく、淡々と続けた。

「ここは諸君らの世界とは異なる。魔力が満ちる世界だ」

 魔力。非現実的な単語に、誰もが言葉を失う。

 ――"魔力が満ちる世界"。

 裏を返せば、俺たちの世界には魔力がない、ということを知っている。

 なぜ知っている。初めて接触する相手の世界の常識を、なぜ断言できる。

 答えは1つだ。

 ――この召喚は、一度目ではない。

 召喚。魔力。異なる世界。

 ナノマシンのエラーの原因が、ここにあるとすれば——辻褄は合う。

「そして諸君らには、その力を扱う素質が与えられている」

「我が国は、諸君らの力を必要としている」

 男はそこで言葉を区切り、わずかに声の調子を変えた。

「ダンジョンの攻略、そして魔王の討伐」

 幼いころ読んだ物語のような、突拍子もない話だ。

「そのために、諸君らを召喚した」

 静まり返る広間。高校生たちは戸惑い、互いに顔を見合わせている。

 その中でひとりだけ——先ほど視線の交わったあの者が、妙に落ち着いた様子で周囲を観察していた。

 表情は穏やかなまま。だが目だけが、相変わらず静かに世界を見ていた。

 ――やはり、気になる。

「……ねえ」

 隣で、先ほどの女性が小さく声をかけてきた。

「これ、たぶんですが」

 周囲を一瞬だけ見渡し、少しだけ考えるような間があってから——

「断れる雰囲気ではなさそうですね」

 柔らかく微笑む。

 冗談のような口調だったが、その内容は冷静だった。

「ああ、そのようだ」

 短く同意する。兵士の数、位置、武装。逃げ場はない。

 もし全力が出せたとしても、ここを切り抜けた後が未知数すぎる。

「ひとまずは、従うしかない」

「そうですね」

 女性は頷くと、こちらを見て言った。

「私はミントです。よろしくお願いします」

 少しだけ、照れたように笑った。

「……ハルだ」

 名前というより、記号を告げるような感覚だった。それでも、今この状況で名乗り返すくらいの意味はあると思った。

「ハルさん、ですね。覚えました」

 ミントはそう言って、また静かに前を向いた。

 その横顔はどこまでも穏やかで、まるで見知らぬ土地への旅を楽しんでいるようにさえ見えた。

「これより、諸君らの力を測らせてもらう」

 男の声が、再び広間に響いた。

「詳細は別室にて説明する。ついてきたまえ」

 兵士たちが一斉に動き出す。

 逃げ場はない。選択肢もない。

 ――これは任務ではない。

 だがやることは変わらない。

 状況を把握し、生き残る。それだけだ。

 歩き出す人の流れに紛れながら、もう一度だけ後ろを振り返る。

 魔法陣はすでに光を失い、ただの模様に戻っていた。

 元の世界へ戻る手段は——少なくとも、ここにはなさそうだ。

「……」

 隣では、ミントが静かに周囲を見ている。

 その表情は穏やかで、まるで遠足にでも来たかのようだった。

 だがその瞳だけが、わずかに違っていた。何かを計算するように。

 静かに、すべてを見ている。

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