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19.遭遇

 昼食を済ますと、ハルとミントは村長の家の客室で休憩をとっていた。

 ハルは部屋の窓から村の北の方角を見ている。鉱山は見えない。ただ、山の稜線がどんよりとした曇り空に溶け込んでいた。厚い雲が山の輪郭を曖昧にし、距離感を奪っている。

 ミントはベッドで仮眠をとっていた。ここ数日の疲れを少しでも回復させるためなのか、暇があると眠っている。

 ハルは目を閉じて、坑道の地図を頭の中で広げる。

 水脈の位置は洞窟に行ってみなければわからない。ミントは「必ずある」と言った。鉱山というのはそういうものらしい。

 特にミントの言葉を疑わなかった。この短い期間でハルはミントを信用していた。ハルもそんな自分に少し驚いてもいる。

 日が山の端に差し掛かった頃、ハルとミントは村長の家を出発した。

 夕方の村は静かだった。炊事の煙が数本、空に上がっているが、曇り空の中に吸い込まれるようにすぐ消えていく。井戸の前にいた子どもたちはもう家に入っていた。風が少し出ていて、草と土の匂いがした。空はいっそう暗くなっていた。

 ヘムが村の入り口に立っているのが見えた。手に包みを持っている。

「お待ちしてやした」

 ヘムはハルの前に立って、包みを解いた。

 薄い剣だった。

 刃渡りは六十センチほど。幅が狭く、厚みがない。曇り空の薄い光を受けてかろうじて反射するほど研ぎ上げられた刃は、切るためだけに鍛えられた形をしていた。

 朝に渡されたブロードソードとは対極にある。装飾は一切ない。柄の握りに黒い革が巻かれていて、それだけが唯一の意匠だった。

「昼の話を聞かせてもらっていましてね」

 ヘムが言った。

「竜の首か喉に刃を通す必要があるってことでしたな。だとすれば、こういう薄い刃が要ると思いやして、朝から探していやした」

 ハルは手に取った。重さを確かめる。軽い。重心が柄に近い。刃に指の腹を当てた。吸い付くような切れ味を感じ取れた。

「よく手に入ったな」

「流れ者の冒険者が持ち込んだものを、宿の主人が買い取っていたんでやんす」

 ハルはヘムを見た。

「いくらだ」

「これはあっしからのプレゼントでさ。受け取ってください。もし貸し借りが嫌であれば、素材を少し多めに融通していただければ」

 にへらとヘムは笑う。

 ハルは遠慮なく受け取った。必要だと思ったのだ。左腰の位置に革帯で固定する。ブロードソードは背に回した。

 ミントがヘムを見ていた。

「ヘムさん、ありがとうございます」

「いやいや、お二人には帰ってきてもらわんといけませんのでね」

 ヘムは笑ったが目は笑っていなかった。真剣に二人の無事を祈っている眼差しだった。

「行ってきます」

 村長の案内でミントが先に歩き出した。ハルが続く。

 背後でヘムが小さく言った。

「御武運を」

 振り返らなかった。


 鉱山の入り口は、山の斜面を切り込むように掘られていた。

 木枠が嵌まった縦二メートルほどの口。蝶番の残骸が錆びていた。「第二坑道」と彫られた石板は一部が欠けている。

 二人は入り口の手前で止まった。

「スキャンします」

 機械眼の探知を全方向に広げた。立体的な解析のため平面よりも情報量が跳ね上がる。水脈などの正確な位置の特定も必要なため、かなり負荷の高い処理だった。眼とそれに繋がっているチップの出力が跳ね上がるのがわかった。

 石の密度が変わる場所が複数ある。竜のいる空洞の壁の向こうに、細い線が走っていた。流れている。水だ。地表から三十メートルほど下の層を、岩盤に沿って流れていた。

 場所を確定する。空洞からさらに奥に向かう通路の側面に水が溜まっている場所があった。壁の厚さは一メートルといったところ。

「詳細な情報取れました」

 ミントがハルの眼にデータを共有する。

「確認した。指定地点までの対象の誘導が必要だな。現在の竜の位置からさらに奥に続く通路の途中の壁奥か」

「はい、おそらく一メートル程度の壁の向こうに水だまりができています。問題は二点」

「竜の誘導と壁の破壊」

「はい。あと狭い通路なので……」

「ブレスを使わせる都合上、一発勝負か。逃げ場がない」

 ハルは頷いた。

「順序を確認する。まず誘導して竜を水脈の位置に引き込む。ブレスを使う瞬間に口を閉じさせて、ミントの火魔法で強制発火」

 油袋から気化した油が出て、口に到達する前の絶妙なタイミングで着火させる。うまくいけば油袋の油にも着火する。ミントの精密な予測眼があればこそ可能な芸当だった。

「口を閉じさせることで首から頭にかけて高温になるはずです。もしそれだけで倒せれば終わりです。でも倒せなかった場合、壁の破壊、剣での攻撃が必要になります」

「火はどの程度の距離に発生させられる?」

「目の届く十メートル程度であれば」

 ミントは少し言葉を切った。

「あとは壁の破壊をどうするか」

「それは考えてある。ナノマシンを機械眼なしで最大出力にする。そうすれば狭い空間でも一メートルの岩の壁くらいは破壊できる」

 ハルはナノマシンの状態を確認した。全力稼働で一分。竜が自身の熱に苦しんでいる間に、岩を力任せに破壊する。

「それで足りなければその場で切り抜けるしかない。戦場はいつも想定外のことが起きる」

 自分を打った雷のことを思い出し、少し眉を寄せる。

「はい」

 その返事を最後に会話を終える。二人は機械眼の暗視モードを起動し、入り口を抜けた。


 坑道の中は、暗かった。

 本来だったら松明か魔法の明かりで照らされているはずだが、一ヶ月メンテをしていないため、明かりがない。機械眼の暗視モードが空間を青白く解像する。人が歩いた跡が石の床に残っていた。轍の痕、荷車の跡、積み重なった靴底の擦り傷。一ヶ月前まで、ここには生活があった。

 でこぼこした石壁が続く。一ヶ月前まで人が使っていたこともあり、特に問題なく先に進むことができた。

 しばらく進むと第一坑道と合流している広場に出た。第一坑道はかなり広い造りになっていた。

 さらに先に進み分岐を二度やり過ごす。奥へ進むほど、空気がどんよりしていくのがわかる。

 本来は魔法で空気の入れ替えをしているそうだが、今はそれができていない。錆と土と、何か動物的な匂いが混じりはじめた。

(ここからはなるべく音を出さずに進みましょう。ターゲットはすでにとらえています)

 ミントの声が頭に響く。目が金色に輝いている。

(了解)

 竜のいる空間まであと三百メートル、採掘空間を四つ超えた最奥のひとつ前の部屋。

 ハルは足音を完全に消して進む。ミントはハルの十メートル後方を慎重に進んでいた。

 ミントは足音を完全に消すことができていなかったが、足が踏む場所を的確に選択しながらなるべく音を立てずに進んでいた。

 百メートル。

 匂いが濃くなる。鉄と油の匂いに混じって、獣の体臭のような何かがある。

 五十メートル。

 空気が重い。ミントが足を一度止めた。そのまま動かない。

(呼吸のリズムからして眠っているようです)

(起きそうか?)

(わかりません。でも近づくほど感知される可能性はあります)

 ハルは頷いた。足のひとつひとつを、置くのではなく地面に吸わせるように進んだ。

 

 最後の通路を抜けた。広い空間が広がる。

 その中央に——大きな影があった。

 七メートルの体躯。横幅も、高さも、圧倒的だった。

 金属質な鱗が暗闇の中で鈍く光を跳ね返す。深緑と黒の混合。夜に溶け込むような色。

 低い呼吸音が、胸腔から響いていた。規則的で、深い。地鳴りのような音。

 ミントの言った通り眠っていた。

 ミントは右目を赤外線モード、左目を暗視モードで画像を重ねる。温度のグラデーション。竜の体は冷えているが、芯から熱を持っている。放射状の熱が、暗闇の中で浮かび上がる。

 ハルはミントを見た。

 ミントの姿勢に変化はない。目が金色に輝いている。


 竜の尾が動いた。

 ゆっくりと、石の上を擦って。

 眠りの中で何かを感知したのか、首が向きを変える。

 鼻孔が膨らんで縮んだ。においを嗅いでいる。この空間には存在しないはずの人間のにおい。

 空気が変わった。

 ハルの全身のナノマシンが反応する。戦闘前の静かな高揚、ではなく、もっとフラットな確認だった。心拍は上がっていない。呼吸も一定のままだ。ただ、思考の解像度が上がる。ミントから事前にもらっていたスキャン情報とこの空間を重ね合わせ戦闘態勢を整える。

 竜の目が開きかけている。

 金色の虹彩。縦に裂けた瞳孔。それが、暗闇の中でゆっくりと、焦点を結ぼうとしていた。

 ハルは息を吸い、ゆっくりと吐き、背中のブロードソードの柄に指をかけ一気に引き抜いた。

 それと同時に竜の目が——開いた。

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