18.鉱山とリスキーモンスター
朝のうちに、ヘムが服と武器の手配を済ませてくれた。
窓から外を見ると、昨日と変わらず厚い雲が空を覆っていた。光源としての太陽はあるはずなのに、空全体が均一な灰色に沈んでいた。
くすんだ茶色の革の上着、濃い灰色の布のズボン、頑丈な革靴。ミントには薄い青みがかったマント付きの上着と、動きやすい丈の短いスカートと細身のズボンを合わせたもの。二人ともこの地域ではどこにでもいる旅人の格好になった。
ミントは着替えてから少しの間、自分の袖口を見ていた。
「どうした?」
「いえ、何でもないです。ちょっと着たことのない質感の服なので……ただ、慣れないなと思っただけです」
ハルは自分の恰好を見直した。軍服の機能はリリアとの戦闘でほとんど失われた。防刃・防衝撃の素材は今や普通の布と大差ない。慣れ親しんだ重さが消えていた。新しい服は軽すぎる。
部屋の隅に、ヘムが手配した武器が置かれていた。
ブロードソードが一本。刃渡りは七十センチほど、鋭さよりも強度を重視した厚みがある実用品で、鑑賞用の装飾はどこにもない。グリップに革が巻いてあり、使い込まれた跡がある。ハルは手に取って重さを確かめた。重心は中央より少し刃先寄り。切るというより殴る使い方を想定した造りだった。刃を確認する。研いである。十分だ。
ナイフが一本。刃渡りは十五センチ。鞘付きのものだった。革帯でベルトに固定することにする。
ミントの短剣はリリアと一緒に買いに行った時のものがそのままある。刃を確認してから鞘に戻していた。
「どうですか?」
ミントが聞いた。
「問題ない」
「ヘムさんのセンスはいいですね。対象のことを考えた武器選びをしてくれています」
「剣種も指定していないのに、最適な一本だ」
武器を準備してくれとしか伝えていなかった。何本か持ってきて選ばせるものだと思っていたが、そうではなかった。
ミントは少し考えるような顔をした。
「ヘムさんって、何者なんでしょうね」
「さあ」
ハルはブロードソードを見ながら、ヘムのことを考えた。
武装した人間を前に動じない胆力、必要なものを過不足なく揃える手際、情報の精度。この世界の商人がみんなこうなのか、それともヘムが抜きんでているのか——判断材料がまだ足りなかった。
ヘムが案内してくれた村長の家は村の最北端にあった。鉱山はそこからさらに北に二キロほどのところに位置している。
歩きながら、ハルは空を見た。相変わらず雲が低く垂れ込んでいた。風がないのか、ほとんど動きがない。景色に統一感がある——灰色の町、灰色の道、灰色の空。色彩の変化が極端に乏しい世界を歩んでいた。
ヘムが戸をノックすると、すぐに応接間に案内され、お茶を出された。
村長は六十近い男で、白髪が多く、目に疲れが滲んでいる。一目で苦労しているのがわかった。
「ヘムさんからお話は伺っています。なんでも、アイアンドラゴンの討伐をしていただけるとのことで」
村長は言いながら、ハルとミントを順番に見た。値踏みというより、確認するような目だった。二人の体格、年齢、装備——そのどれもが、村長の期待していたものとは違ったのだろう。一瞬、目に迷いが浮かんだ。
窓から外を見ると、村の灰色の家屋群が並んでいた。曇天のため、距離が感覚的に短く見える。立体感がない景色だった。
それでも村長は続けた。
「失礼ですが、お二人はどういった——」
「冒険者をしています」
ミントが食い気味に答えた。
「最近この地域に来たばかりなので、見慣れない顔かもしれませんが……」
村長は小さく頷いた。疑っているわけではない。ただ、目の前の細身の二人組と、七メートルの竜とを頭の中で並べて、どうしても討伐できる未来が見えないのだろう。
「こちらのハルさんはオーガを単独撃破しています。聞く話によると、ほんの数秒、目にもとまらぬ速さで倒したとか」
ヘムがハルの実績を大げさにアピールする。
村長は目を見開いて、そうですかと少し考えた後、次の言葉を紡ぐ。
「報酬についてですが」
かなり言いにくそうに口を開く。
「村の財政は逼迫していまして、多くはお出しできないのですが、竜の素材はすべてお渡しします。皮、骨、牙、爪——買い取ってくれる商人に持ち込めば、相当な額になるかと」
まぁ、想定していた内容ではある。
「いえ、素材はそちらで換金してくれ。その中から金貨1枚……いや銀貨にして100枚こちらに渡してもらえばいい」
と言った後、少し考えてさらにハルは口を開く。
「あと、素材はヘムに優先して売ってくれ。ヘム。それで装備の金額はチャラにならないか?」
ヘムをハルが見ると、満面の笑みで手をもんでいる。
「へい。これからも御贔屓にさせていただきまっせ」
どうやら交渉成立のようだ。
「は?」
話についていけていないのは村長。会話の意味は頭に入ってくるが、理解できない。
「アイアンドラゴン一匹売りさばけば金貨50枚は下りませんが……!!」
「いえ、まぁこちらにも事情があると思ってください。それに討伐できたとしても、採掘を再開してお金に換えるまでそれなりの時間がかかると思いますので、それまでの繋ぎとして使ってください」
ミントがやんわりと村長に伝える。大金が動くと目立つ。国から追われている立場でそれはまずいという事情があった。あと、恩を売ることで、少しでも自分たちが売られる確率を下げておきたいという打算的な考えもある。
ハルがさらに追い打ちをかける。
「前金も不要だ。どうせ失敗したら死ぬんだ、必要ない」
村長は口を開いたまま、少しの間固まった。
「そんな……」
そこで言葉が止まった。
村長は自分の手を見た。テーブルの上で、握ったり開いたりしていた。
そして、机に頭を付ける勢いで下げ、震える声を出した。
「すみません。我々にはもう後がないのです。お二人を危険な目に合わせてでも、この村で生きている人々を救わなければいけない。少しでも可能性があるのであれば掛けたいのです」
「それでいい。合理的な判断だ」
ハルが言った。村長が顔を上げた。
そこでヘムが口を開く。
「おそらく大丈夫だと思いまっせ。多くの冒険者を見てきやしたが、お二人はその中でも抜きんでていやす。私が保証しまっせ」
村長はヘムを見た。
「あのヘムさんが、そこまで言うのは珍しい」
"あの"という言葉に引っかかっただ、話が纏まりそうなのでその件には触れなかった。
ヘムはまた茶を飲んだ。何を考えていて、どこまで把握しているのか、ハルには測れなかった。
そして、村長が再び頭を下げ、お願いします。と声を震わせた。
話が纏まったところで、ハルは「鉱山内部の地図を見せてほしい」と伝えた。
村長は奥から図面を出してきた。羊皮紙に墨で描かれた鉱山の坑道図だった。何代か前に作られたもので、増設された部分は別の紙に書き足してある。ハルはそれを広げて、しばらく見た。ミントが隣に来て一緒に見た。
「入り口はここ一カ所ですか」
「元はそうでしたが、二十年前に換気のため第二坑道を掘っています。こちらです」
村長が小さな穴を指した。
「人が一人通れるかどうか、という幅です」
「竜は使っていないか」
「ええ、サイズ的に通れませんので」
ミントが図面の上で指を動かした。
「主坑道の最奥の手前、このあたりが開けていますね。竜がいるとすれば、あのあたりですかね?」
「そうですね。そこは天井も高い空洞になっています」
ということは、ここをねぐらとしている可能性が高い。鉄を摂取するときは最奥の金属が豊富な岩を食べているのだろうと予測ができた。
「鉱山から出てくることはあるのか?」
とハルが村長に聞いた。
「日中は鉱山の周りをうろうろしているようです。昨日も鉱山の入り口付近で煙が上がりました。野生動物を捕食したのでしょう」
「なるほど」
とミントが静かに言った。
「岩を主食としているわけではなく、動物やモンスターも捕食するのですね」
顎に手を当てて考えに耽る。
「おそらく爬虫類型なら体温調節が必要です。夜は坑道の奥に引っ込んでいて、日中は日の当たる場所に出てきている可能性が高い」
「洞窟内での戦闘と、外での戦闘はどちらがリスクが高い?」
「鉱山内のほうがリスクは高いですね。ただ――」
「討伐の可能性も高いってところか。村のほうに逃げられるリスクも少ない」
図面を見ながら話し合っていると、ちょうどお昼時になったので、村長が昼食をふるまってくれた。出てきたのは麦と根菜を煮込んだ料理だった。保存食に近い味だったが、量はある。食事を取りながら、ハルはミントと細部を詰めていく。
ヘムは少し出かけてきますと食事もそこそこに出かけて行った。
第二坑道の位置、主坑道との合流点。ミントが整理した爬虫類型竜の生態特性——光に対する感度が高く、急激な温度変化に弱い。視野角は広いが正面の焦点距離が短い。
「注意すべきはブレスと尻尾、体を使ったプレス、手足での踏み付けってところか」
「そうですね。金属を纏っている分重量が大きいと思います」
そのあとミントは少し考えて口を開く。
「鉱山に行ってみないと分かりませんが、水脈が近くにあれば勝ち筋が見えますね」
「熱衝撃破壊か……」
「ええ、その応用です。ただ私の魔法では限界があるので、ブレスも利用させてもらいましょう。ブレスを吐く瞬間口を閉じさせて頭に熱が集中するようにして、そこに私の魔法で追撃、あとは水をかければ……」
「頭から首付近に刃が通るようになれば落とせるな」
(あとは、ハルさんのナノマシンについてですが)
ハルの頭の中でミントの声が響く。
(あぁ)
二人が急に黙り込んで食事をとり始めたので、村長も匙でスープをすくいながら、時折外の曇り空を見ている。
(現状を確認させてください。機械眼の接続後、暗視と探知と通信は回復しています。残りの部分とナノマシンは……)
少し間があった。
(バックグラウンドでの魔法とギフトの解析稼働がかなり負担になっていて、通常稼働が4割程度。機械眼の制御なしだとナノマシンは全力稼働した場合1分が限界だ)
そもそも解析がいつ終わるのやら。解析の進捗は機械眼には表示されない。終わるまで待つしかなかった。
(そうですか……)
ミントはスープを一口飲んでから、通信を続ける。
(坑道内の立体的なデータが取れれば、もう少し細かい作戦が立てられるのですが……それは現地でですね。とりあえずさっき読み込んだ鉱山の地図を連携しておきますね)
ミントはそれだけ伝えるとハルの目に地図のデータを送ってから通信を切った。これ以上会話することもない。ナノマシンの制限を頭に置きながら、作戦の細部を整理して食事を進めた。
食事を終えて、ハルは椅子の背に寄りかかった。
ミントが図面を広げ直して、最終確認を始めた。
「第二坑道から入って距離を詰めていきましょう」
「戦闘は基本俺がする。ブレスのタイミングの合図や細かい指示を頼む」
「はい。任せてください」
ハルは図面の空洞部分を指で押さえた。
「水脈の確認は現地で行います。そこは入ってみないとわかりませんので。ただ――」
ミントは少し口を止めて、考えるような顔をした。
「こういった鉱山に水脈は必ずあるはずです」
村長は二人のやり取りを黙って聞いていた。何も言わなかった。ただ、二人を見ている目が、最初に玄関で出迎えたときとは変わっていた。
ハルは図面から顔を上げた。
「夕方に出る。それまで休んでおいてくれ」
村長が頷いた。
「部屋をお使いください。なんでも言っていただければ」
ハルは立ち上がり、図面を村長に返す。
「こちらもういいので?」
「ああ、もう頭に入った」
あと数時間で暗くなる。情報を整理して、体を休ませるのにちょうどいい時間だった。




