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13.暗殺

 召喚されて、3週間程度たった。

 そんなある日の夜が深くなった頃、ユウトの部屋にセインが訪ねてきた。

 いつもの使用人ではなく、召喚された日に顔を見た男だった。城の廊下で会うことはあっても、こうして部屋に来たのは初めてだ。

「夜分に失礼します。少し、お耳に入れたいことがあって」

 男の声は低く、穏やかだった。それがかえって、ユウトの背筋をわずかに緊張させた。

「……なんですか」

「この国にギルドという組織があるのはご存じですよね?」

 セインは扉を閉めてから、静かに続けた。ユウトは座学で学んでいたので、頷いた。

 実際に関わったことがないので、話だけしか聞いたことがない。トップはたしか——。

「ギルド長ライズ。彼についての情報です」

「彼が国家転覆を企てているという話です。もともと召喚者が自分たちの仕事を奪うので、召喚に反対の立場の方でした」

「今回の召喚で、強硬手段に出る可能性があるとのことです」

「……強硬手段?」

「詳しくは申し上げられません。ただ——皆さんの身が危険にさらされるかもしれません」

 セインはユウトを真っ直ぐに見た。

「我々もあなた方を全力で守ろうと思いますが、ギルド長の実力は誰もが認めるもの。奇襲なんてされたら、我々でも守り切れるかどうか」

「とにかく、注意をしておいてください」

 それだけ言って、セインは部屋を出た。

 ユウトは椅子に座ったまま、しばらく動けなかった。

 狙われているという恐怖で、物事の判断が鈍り、自身の鼓動が耳まで聞こえてくるようだった。


 翌日の夜、ファルが飲み物を持ってきた。

 いつも通り扉を叩いて、いつも通り「お持ちしました」と言う。いつもの元気が全くない。

「……どうした?」

「なんでもないです」

 ファルはカップをテーブルに置いた。置く手が、わずかに震えていた。

「ファル」

「……」

「何か、あったのか」

 ファルは俯いたまま、少しの間黙っていた。

 やがて、絞り出すように言った。

「……ギルド長が、ここを襲撃するかもしれないって。城の人が、話しているのを聞いてしまって」

「それは——」

「申し訳ありません。余計なことを口にしてしまいました……忘れてください」

 ファルは一礼して、すぐに出て行こうとした。

 ユウトは思わず立ち上がった。

「待って」

 ファルの背中が止まった。

「……怖い、のか?」

 ファルはゆっくり振り返った。その目が赤かった。泣いていたのか、泣くのを堪えていたのか、ユウトには判断できなかった。

「……ごめんなさい」

「謝らなくていい。ありがとう」

 ファルはもう何も言わなかった。廊下に消えた足音が、遠ざかっていく。

 ユウトは拳を握った。胸の奥で、何かが燃え始めていた。


 セインの部屋にノックの音が響く。

「入れ」

 そっと扉が開き、入ってきたのはユウトだった。何か決意した顔だった。

「どうした」

「俺にできることはありますか?」

 これ以上言葉は不要とばかりの単刀直入の質問。

「やはりあなたなら、そう来ると思いました。危険な任務なので、こちらからお願いはできない」

 セインは内心ほくそえみながら、真面目な顔でユウトを見返す。

「ですが——もしあなたが自分の意思でやると言うなら、止める理由はありません」

 セインは静かに立ち上がり、部屋の奥へ向かった。

 棚の引き出しを開け、布に包まれた何かを取り出す。テーブルの上に置き、布をゆっくりと解いた。

 剣だった。

 ユウトが使っているのは大剣に対し、これはブロードソードに形状のよく似た片手剣。

「……これは」

「万が一のことも考えてます。この剣を使えば、もしものことがあっても——疑いがあなたに向くことはない」

 ユウトはその言葉の意味を、すぐには理解できなかった。

 理解した時、わずかに眉をひそめた。

「……それは、誰かに罪を」

「あなたたち召喚者を守るためです」

 セインは静かに遮った。

「ギルド長を慕うものは多い、その者たちに狙われても結局あなたたちに危険が及んでしまう」

 ユウトは剣を見つめた。

 何かが引っかかっていた。でも、ファルの震えた手が頭をよぎった。カナの顔が浮かんだ。ナナミの顔が浮かんだ。

「ギルド長は3日に1度、冒険者と交流を深めるために、夜遅くまで会食を行ってるそうです。ギルドからその店までのこの道を通ります」

 セインは地図を広げ、指で経路をなぞり、トントンと地図をたたいた。

「そして、この廃墟付近は民家もなく、人がめったに通ることはありません」

 セインはそこで待ち伏せろと暗に伝えていた。

「……一つだけ聞かせてください」

「なんでしょう」

「俺がこれをやったら、みんなは守れますか」

 セインはユウトを真っ直ぐに見た。

「守れます。あなたが動けば、脅威は消える。皆さんは安全になる」

 ユウトは少しの間、黙っていた。

 それから剣を手に取った。

 重かった。

 自分の剣より軽いはずなのに、ずっと重く感じた。

「……わかりました」

 セインは表情を変えなかった。

 ユウトが部屋を出た後、ひとつだけ息を吐いた。

 それだけだった。

 部屋に静寂が戻った。窓の外、一つの影が動き出していた。


 数時間前に話は戻る。


 その夜は雲が厚く、星が見えなかった。

 風もなく、空気がじっとりと重かった。遠くの空が、ときおり白く光る。雷が近づいているようだった。

 ギルド長とハル、ミント、リリアの四人で食事をとっていた。

 ライズが店を選んだのは珍しいことだった。ギルドから少し離れた、看板も出ていない小さな食堂。知る人ぞ知るという雰囲気で、店主はライズの顔を見るなり奥の席へと案内した。

「ギルド長がこういう店を知っているとは思いませんでした」

 ミントが席に着きながら言うと、ライズは苦笑した。

「リリアが小さい頃、よくここに連れてきたんだ。あいつが食べ過ぎて腹を壊したのも、ちょうどこの席だったな」

「……それは言わなくていいです」

 リリアが眉をひそめてそっぽを向いた。ハルはそれを横目で見て、何も言わなかった。

 料理が運ばれてくる間、ライズが近況を確認するように話を向けた。依頼の進み具合、街の様子、ギルドの冒険者たちの動き。当たり障りのない話題のようで、ハルはライズが何かを測っていると感じた。

「最近、ギルドの雰囲気はどうだ」

 ライズがリリアに向けて言った。

「……どう、とは」

「いつもと違うと思うことはないか」

 リリアは少し考えてから答えた。

「ガルド副ギルド長が、最近よく冒険者と個別に話しているのを見かける。依頼の相談にしては、顔ぶれが偏っている気がして」

 ライズは表情を変えずに頷いた。

「気にしておいてくれ」

 リリアが何かを言いかけて、止めた。ライズがそれ以上話す気がないとわかったのだろう。ハルはその一瞬のやり取りを見ていた。

 ライズはリリアに話せる範囲を正確に測っている。そしてリリアも、聞いていい範囲を心得ている。長い時間をかけて作られた距離感だと、ハルは思った。

 ミントが場を和らげるように口を開いた。

「ギルド長は昔から、こういう店で話をするんですか」

「大事な話ほど、人目のないところでするものだ」

「なるほど」とミントは笑った。「では今日は大事な話だったんですね」

「普通の食事だ」

 ライズが即答すると、リリアが小さく吹き出した。珍しい顔だった。

 夜が深くなったころ、四人は食事を終え、店から出た。外に出ると、空気がさらに重くなっていた。遠雷が、低くどこかで鳴った。

「俺はそろそろギルドに戻る。少しやり残した仕事があったのを思い出した。リリアは先に家に帰っていてくれ」

 店の前でライズはそう言うと、手を振ってギルドの方へ歩いていった。

「お気をつけて」

 遠ざかる背中にミントが声をかけた。三人はしばらくその場に立っていた。

 歩き出したのはリリアが先だった。帰り道は三人とも同じ方向だった。

 並んで歩きながら、ハルはふと思い出した。召喚者の調査の件で確認しておきたいことがあったのを失念していた。

「先に行っていてくれ。ギルド長に確認したいことがある」

「わかった」とミントが頷いた。

「じゃあ私がミントを宿まで送っていく」とリリアが言った。

「ああ、頼む」

 ハルは二人に背を向け、ライズの消えた方へ足を向けた。街灯の少ない路地に入ると、すぐに暗闇が深くなった。空の向こうで、また雷が光った。


 廃墟の通りは暗かった。

 解体工事が途中で止まったまま放置された建物が両側に並び、街灯もなく、人の気配がない。

 ライズはギルドへの近道としてこの通りを使っていた。足音は静かで、迷いがなかった。

 気配を感じたのは、通りの中ほどに差し掛かったときだった。

 建物の影から飛び出してきたのは、細い体の少年だった。訓練着に似た格好。手に片手剣。踏み込みは速く、魔法で強化された体の動きだった。

 ライズは構えを取った。

 初撃は体を半身にして受け流した。二撃目は腕で弾いた。三撃目は一歩退いてかわした。少年の剣筋は荒削りだったが、力と速度だけは本物だった。

 ライズは少年の顔を見た。

 苦しそうな顔で、剣を振っていた。怒っているのか、怖いのか、それとも両方なのか。ただ、その目に迷いはなかった。

 やりにくい相手だと、ライズは思った。

 四撃、五撃。ライズは防ぎながら相手を見ていた。仕留めるつもりがないことは、少年の剣筋でわかった。急所を外し続けている。意識的かどうかは判断できなかった。

 二人は距離を置く。

「見ない顔に、身のこなし、召喚者か……」

 少年に動揺が浮かぶ。

「……関係ない」

「誰に頼まれた」

「関係ない!!!」

 少年が思いっきり踏み込んでくる。感情が乗り始めている。ライズはそれを受け流しながら、続けた。

「何を考えている?数合立ち合えば相手の実力ぐらいわかるだろ?」

 少年の剣が止まった。一瞬だけ。しかしはっきりと、止まった。

「……仲間のために」

「仲間のために、あなたをやらないといけないんだ——!!!!」

 大切なものを守ろうとする強い意思。

 ライズは少し目を細めた。昔の自分のようだ。

「俺が守る!!!」

 少年の動きが数段早くなる。ライズは戦闘中だというのに、集中しきれていなかった。

 ——そして

 ズンッ

 ライズの体を少年の剣が貫いていた。

 ライズはゆっくりと膝をついた。少年の手の中で剣が震えていた。

 覚悟はあった、だが実際に自分が今何をしたのか、理解するのに時間がかかっているようだった。

「ああぁぁあ、俺は——」

「ちがう、俺は、みんなを守ろうとしただけで——」

 手が震えている。剣を握ったまま、離せないでいる。

 今この少年に言うべき言葉が何もなかった。この少年はまた国のいいように使われている。

 少年はようやく剣から手を離すと、自分の震える手を見ながら、わなわなと震えていた。

「——守れる、といい、な……」

 ライズは少年を見て優しく笑った後に、大量の血を吐いて背中越しに倒れこんだ。

 その瞬間、空が割れた。

 轟音とともに白い光が廃墟の通りを一瞬だけ昼間のように照らし出し、続いて太い雨粒が石畳を叩き始めた。最初の一粒が落ちたかと思うと、次の瞬間には土砂降りになっていた。雨音が路地を満たし、遠くの物音をすべて飲み込んだ。

 少年はその場に立ち尽くしたまま、雨に打たれていた。やがて踵を返し、闇の中へ消えた。


 ハルは足を速めた。

 角を曲がると、ライズが石畳に倒れていた。雨が傷口を濡らしていた。周囲に人の気配はなかった。

 ハルはすぐに傍に膝をついた。

「ギルド長」

「……ハ…ル」

 声は穏やかだった。それが、かえってハルの奥の何かを締め上げた。

「…リリア…を、リ……リ…アを頼む……」

 雨の音のせいで、声は聞き取れなかったfが、唇の動きから何を言いたいのかは分かった。

 ハルは返事をしなかった。しても意味がなかった。

 ライズはもう目を閉じていた。ライズの首筋に指を当てた。

 脈がない。

 雨が激しくなっていく。石畳に広がる血が、雨水に薄れていった。

 複数の足音が聞こえた。

 通りの反対側から、いくつかの人影を連れて歩いてきた。状況を確認するそぶりもなく、迷いのない足取りで。

 副ギルド長のガルドだった。ガルドとガルドが連れてきた冒険者に囲まれる。各自が持つランタンがあたりを照らす。

 ハルは攻撃の意図はないと両手を挙げて示す。冒険者の一人がハルの武器を取り上げた。

「っ!!」

 声にならない悲鳴が背後から聞こえた。リリアだった。彼女の目が、雨の中に倒れるライズに向いていた。

 次に、傍らに立つハルに向いた。そして石畳に落ちている剣。

 この前武器屋で買った剣が、血と雨水に濡れた状態で落ちている。

 ハルは何も言わなかった。

 リリアの表情が変わった。ゆっくりとではなく、一瞬で。

「ハル」

 声が低かった。聞いたことのない声だった。

「見ていました」

 ガルドの声は静かだった。リリアに向けて言っていた。

「ハルがギルド長を——」

 ガルドは少し目を細めたが、続けた。

「私が駆けつけたときにはギルド長はもう……」

 リリアはライズから目を離さなかった。ライズのそばに膝をついて、その手を握っていた。肩が震えていた。雨が銀髪を濡らし、顔に張り付いていた。

 リリアがゆっくり立ち上がった。

 振り返った顔を見て、嫌な予感が走る。何度も経験してきた死の予感。

「嘘だよね……ハル……どうしてっ!!!!」

「いえ、嘘ではありません。ゼイン。あなたも見ましたよね?」

 何日か一緒にギルドで依頼を受けたゼインが、ハルを囲む冒険者の中にいた。彼はギルド長側の人間だったはず。

「ゼイン…」

 リリアがゼインに声をかける。

「あ、ああ、ハルがギルド長を」

「なんで……」

 周囲が凍ったように気温が下がった。リリアの声は震えていなかった。それが、震えているより辛かった。

 雷が、また落ちた。轟音が廃墟の通りを揺らした。

「なんで、ライズが死ぬんだ!!!!」

 ハルは何も言わなかった。この状況では仲間がいない。もう何を言っても無駄だと悟っていた。

 リリアの右手に氷が形成された。土砂降りの雨の中で、それだけが白く光っていた。

「答えろ、答えろーー!!!!!」

 その声を聞きながら、急速に精神が落ち着き頭がはっきりとしていく。

 自分の体が戦闘状態へ移行していくのを感じていた。

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