第9章 自己啓発をインフラに
僕達は、「夕方予定があるから」と話を切り出し、傾斜10%の坂を力無く下り、上大岡駅へ到着した。
そこから、横浜市営ブルーラインで横浜に向かい、JRの座席に佳くんを抱っこしている千聖を座らせ、僕は吊り革を掴みながら外の景色を眺めていた。
茅ヶ崎を通り過ぎ、平塚を抜けて。
ただ、その時の目に映った景色を、ほんやりと眺めていた。
今はただ、何も考えたくはなかった。
いや、多分考えるということを、今の僕は拒んでいたんだろう。
やがて、小田原駅に着き、人混みを掻き分けながら小田急線改札口を通り抜け、小田急線に乗った。
そして、僕達の家の最寄駅で降り、自宅まで歩いた。
僕は、景気付けのために、千聖に頼んでセブンに寄ることにした。
ドライゼロを3本購入した。
酒が飲めない僕にとっては、これがやけ酒だ。
年始に相応しい夕日が、僕の心の陰を伸ばしているようだった。
やがて、自宅へと到着し、佳くんをお風呂に入れ、僕一人で風呂に入った。
湯船に浸かる。
何も考えず。
ただ、ぼーっとしていた。
天井を見上げる。
何も浮かばない。
いや、まだ考えたくはないのかな。
僕は湯船のお湯に顔を付けた。
顔全体が熱くなる。
今の僕にはこれが丁度いい。
大丈夫、大丈夫。
僕は大丈夫だから。
やがて息苦しくなり、顔を上げ現実世界へと戻った。
「落ち込むのは、もうやめよう」
僕は、選手宣誓のように、風呂場で一人つぶやいた。
風呂から上がった僕を待っていたのは、ダイニングテーブルに置かれた3本のドライゼロとお節だった。
そして、TVでは年始恒例の芸能人格付けチェックが始まっていた。
僕は「いただきます」と手を合わせ、ドライゼロの封を切った。
千聖が「私も一本もらっていい?」と言って来たので、僕は「いいよ」と答える。
まだ少し力無い声で。
千聖がドライゼロの封を切り、僕達は乾杯をした。
僕達だけで、新年会の仕切り直しだ。
悪くない。
僕は、金運上昇の意味がある栗きんとんを食べている時に、千聖がこう言った。
「パパ、新年会の時、大丈夫だった?」
僕は、食べていた箸を止め、やがて皿の上に箸を置いた。
僕はあの時の感情を思い出すように答えた。
「いや、正直大丈夫ではなかった」
僕は、ついさっき起こった出来事なのに、遥か遠い昔の出来事のように感じていた。
僕は一口ドライゼロを飲んだ。
口の中に苦味が広がる。
この苦味が、僕の心を少しだけ軽くした。
僕は、やがて口を開いた。
「なぁ、千聖。千聖も本を読まないよね?それはどうしてなのかな?」
千聖は、少し考えるために俯いていた。
僕はその間、ベビー布団で横になっている佳くんを見ていた。
気持ち良さそうに寝ている。
多分、幸せな夢を見ているのだろうなと思った。
やがて千聖が顔を上げた。
「本に触れる機会がないというか、もちろん好きな人は好きなのは分かるんだけど。たまたま今日は本が好きな人がいなかっただけだと思う」
その言葉に、僕の気持ちを気遣うものがあった。
多分、半分本当で半分は違う感じがした。
でも、千聖に感謝した。
心の底から。
心の陰は、小さくなり始めた。
「ありがとう。千聖」
僕は千聖にお礼を伝え、残っていたドライゼロを飲み干した。
千聖と佳くんが寝室で眠った頃、僕は一人自分の部屋の床であぐらをかいていた。
白いフローリングの冷たさが、僕の心を少し落ち着かせた。
そして、ニトリのシェルフに並べられた本達を一つ一つ見つめた。
超速
アウトプット大全
人を動かす
人は話し方が9割
うまくいっている人の考え方
夢をかなえるゾウ
僕は、一冊一冊、自分の人生に入れて来た本達を見て来た。
もはやこの本達は、僕にとって友達以上であり、相棒だった。
人生の苦楽を共にする仲間達だった。
僕は、目を瞑る。
深く息を吸って、吐いて、吸って。
僕は、みんなが本を読まないことを責めるのをやめた。
寧ろこう思った。
「僕の作品が、まだ人を振り向かすほどではない」
それに、みんなが本を読まない理由が何かあるはずだ。
僕は、そう考えていた。
新年会の帰りに小田原駅にあった有隣堂で買って来た本達を僕の前に並べた。
一冊一冊、パラパラと捲っていった。
まるで、立ち読みをしているように。
気になる一行があれば丁寧に読んでいった。
答えを探すように。
今の状況を塗り替える手立てがあると信じて。
やがて最後の一冊になった。
既に読んだ4冊は、ニトリのシェルフに並べた。
僕は、「行動が結果を変える ハック大学式 最強の仕事術」を手に取った。
先程と変わらず、パラパラとページを捲っていった。
イラストが多く、読みやすい。
僕は直感的に「面白そう」と判断し、読むペースをゆっくりにした。
すると、まるで何かに導かれるように、ある1ページで手が止まった。
こう記されていた。
『日本は先進国の中で大人になってから勉強しない国No.1』。
僕の中で、納得のいく1本の線が繋がり、稲妻のように全身を駆け抜けた。
それと同時に、先程の新年会での不協和音の笑い声が、徐々に綺麗な和音へと変わっていった。
「僕は、この事実をなんとかしたい」
本に向かって呟いた。
それが引き金となり、僕の思考を回転させた。
(みんなが本を読まないのは、本を読む習慣がないからだ。腹が減ったら食べるし、それに歯も磨く。それは習慣が成すことだ…)
僕は、これが何かのヒントになりそうな直感があり、もう少し深く考えた。
ハック大学の本は、床に置いた。
目を瞑る。
そして、息を吐き、脳に力を集中させた。
(習慣になるということは、それをせざるを得ない状況を作るということだ…)
僕は息を吐いた。
そして、目を開く。
暗闇から一本の光が差した。
(そうだ。水や電気などのインフラは、生活になくてはならない。なら、自己啓発をインフラにすれば、みんな本を読んで勉強するようになるんじゃないか?)
こうして僕は『自己啓発をインフラに』の実現に向けて、note2年目を迎えることになるのだ。




