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第7章 文章を書くことに没頭した一年を終えて

7月頃に「自己啓発ソムリエ 言葉で動く」に改名した後、僕は名前の偉大さを感じずにはいられなかった。


言葉で動くの時とは別の力が要求された。


自己啓発ソムリエと名乗ってるからには、よりみんなにとってプラスになる情報を届けないといけない。


プレッシャーでもあり、僕の成長の促進剤でもあった。


読書量は以前よりも確実に増えていた。

1日1冊だと間に合わず、1日2〜3冊を読むようになった。


本を読んだ内容を、まずは職場の人達に話した。

浅田さんは、いつも感心して僕の話を聞いてくれていたので、教え甲斐があった。


「浅田さん、人を動かすって本、知ってる?」


僕は、いつものように白くて細い首を傾げる浅田さんの仕草を見ていた。


「人を動かす?どんな本ですか?」


僕は、お決まりのやり取りの後に、言葉に熱を持ちながら言った。


「『人を動かす』は、デール・カーネギーという人が書いた本で、コミュニケーションの古典とも呼ばれている本なんだ!」


僕は浅田さんの反応を待った。

やがて、僕の言葉を飲み込んだ浅田さんは、目を少し見開きながら答えた。


「コミュニケーションの本なんですね!気になります!」


これを言うのは分かっていた。

というのも、浅田さんは再来月に受験する神奈川県の登録販売者試験に合格したら、ヘルスケアアドバイザーになることを希望していたからだ。


ヘルスケアアドバイザーとは、簡単に言うと、医薬品の知識を持った従業員が、より専門的にお客様に医薬品の説明をする人達のことだ。


僕達店長職とは違い、ヘルスケアアドバイザーは、接客の技術が要求される。


浅田さんは、まだ入社して若い。

ある程度の接客であれば問題ないが、専門家になると技術が必要になってくる。


僕は浅田さんにコミュニケーションの方法を教えるために「人を動かす」を読んだのも理由の一つだ。


僕は、気になっていると話す浅田さんに、「最近何かコミュニケーションで困っていることはある?」と質問してみた。


すると、さっきとは打って変わり、少し暗い顔をした浅田さんから言葉が返ってきた。


「実は…言葉が上手く出てこない時があって…」


僕は意外な返答に戸惑った。

少しだけ、沈黙が間を埋める。

やがて、僕は質問した。


「上手く言葉が出てこない?」


浅田さんは、元々大学生の時にコンビニでアルバイトしていた経験もあり、接客が得意だと聞いていた。


でも、悩んでいるということは、何かあるのだろう…


僕は浅田さんの言葉を待った。

やがて、浅田さんが小さな口を開いた。


「私、お客様の目を見て話すのが苦手なんです…目線のやり場に困るというか…もちろん、お客様なので、ある程度は目を見て話すのですが、長時間になるとダメで…」


なるほど。

僕は「うんうん」と頷きながら聞いていた。

多分、自信の無さが現れているのだろう。

なんとなくそんな感じがした。


でも、それは気にしなくて良い。

他人にどう思われていようが自分自身に自信を持てればそれでいい。


その積み重ねが、大きな成果を生むと、何度も本で読んだし、僕もそうだったから。


僕は浅田さんの目を見て言った。


「もしかして、接客に自信がない…とか?」


浅田さんはゆっくりと頷いた。

やはりそうだったか。


僕は笑顔で浅田さんに向かって言った。


「大丈夫!浅田さんは笑顔が素敵だし、お客様からも従業員からも評判が良い!もっと自信を持って接客すれば良いと思うよ!」


僕は人を動かすに書いてあった内容を思い出し、自分の言葉に変えて言った。


「『人を動かす』に書いてあったんだけど、ある売れない営業マンがいてね。ずっと暗い顔をしていたんだ。だけど、ある人から『もっと笑顔でいなさい。自信も付くから』って言われて、笑顔になったら雰囲気も変わって、営業成績も伸びたんだ」


僕は少し息を吸い、次の言葉を吐き出す準備を整えた。

やがて、僕は言葉にした。


「だから、とにかく自信を持って笑顔でお客様に接客すれば、結果は後から付いてくるよ!」


その言葉を聞いた浅田さんの反応を待った。

俯いている。

多分、僕の言葉を飲み込んでいるんだろう。

頭の中で、僕の言葉をゆっくり紐解いていく瞬間が、手に取るように分かった。


やがて、浅田さんが笑顔で顔を上げた。


「ありがとうございます!店長!今日から自分に自信を持って笑顔で接客していきます!」


僕は、自分の学んだことを人に話し、相手が笑顔で前を向くこの瞬間が大好きだった。


だから、学びは楽しくてやめられない。

もっともっと学びたいと思う。

これが学びの本質だと思うから。


僕達の会話が終わると、KCを着た細矢さんが割り込んできた。


「なになに〜?また店長から本で学んだことを教えてもらったんだぁ〜!いいなぁ〜浅田さんは!」


細矢さんが冗談混じりで、僕達に割り込んできた。


こんな日々があるから、僕は楽しい。

今日も明日も、明後日も。


それからの僕は、note投稿を続けていた。

手書きで書いた内容をnoteで入力し、投稿する日々だ。


休憩中は車の中で執筆し、出勤前には、コンビニでコーヒーを購入し、コンビニの駐車場で15分だけ執筆した。


毎日毎日、この繰り返しだ。

店舗に出勤する日で、曜日を確かめる日々だ。

それくらい時間を忘れるくらい、書くことに夢中になっていた。


やがて秋になり、街の人達はダウンを着始めた。


木俣くんが、THE NORTH FACEの黒いマウンテンパーカーを着ながら、レジのお金を数えている僕に近付いてきた。


「店長、今年もお世話になりました。来年も宜しくお願い致します」


僕は丁寧に挨拶する木俣くんに関心していた。


「うん!今年もありがとう!また来年も色々教えるから宜しくね!」


お互い年内最後の挨拶を交わして、木俣くんは太陽がまだ高く登る外へと向かい歩き始めた。


会った当初より木俣くんの背中が大きく見える。

それだけ成長したことが、上長の僕にとっては何よりも嬉しい。


前任店長からのパワハラからも解放され、木俣くんは、仕事に積極的に取り組んでくれていた。


前向きなのが一番だ。

本にもそう書いてある。

後ろ向きでは何も解決しないから。


「店長。さっき店長が指示した仕事、意味ないと思うんですけど?」


レジのお金を数え終わり、後ろから声を掛けてきたのは馬場さんだ。

今年、この人にどれだけ重箱の隅を突かれたか分かったもんじゃない。


(またか…)

僕は、呆れたを通り越して少し関心していた。

ある意味、馬場さんの才能だとも思うようになった。


人の欠点を見つけるのに長けている。

これも論語にもあった。

「部下は欠点があるのを前提に接しろ」と。


その欠点は長所の裏返しだ。

当初は、この馬場さんの態度に腹を立てたこともあった。


しかし、最近ではそういうことは少なくなった。

僕は逆に「僕の成長のチャンス」と捉えられる度量を持つことが出来た。


それは、本を読んだからなのか、はたまた店長という職位がもたらしたものなのか、それはよく分からなかった。


僕は馬場さんに試しに聞いてみた。


「ちなみに、僕の指示した仕事が意味ないってのはどういうことですか?」


年末にこんな話をしたくはなかったが、仕方ない。


馬場さんは目を丸くして答えた。

ポニーテールが少し揺れていた。

馬場さんの心を現しているかのように。


「はぁ?こんな魚肉ソーセージをカゴで展開したって、売上なんてたかが知れてるってもんでしょ?」


(またこれか…)


僕は、これ以上話しても無駄だと判断し、話を切り返した。

まるで、進行方向を間違えた車のように。


「馬場さん。今日は今年最後の日です。こんな会話はしたくないので、また来年お話致しましょう」


馬場さんの顔に皺が寄る。

僕は、馬場さんの顔色を気にせず続けた。


「馬場さんはよく頑張ってくれてます。それは理解してます。僕の気付かないところに気付いてくれて感謝してます」


これは僕自身が本当に思っていることだ。

それを素直に伝えた。

僕は頭を下げてこう言った。


「こんな私ですが、来年も宜しくお願い致します」


そう言うと、馬場さんが餌を待ち構える口を金魚みたいにパクパクさせていた。


やがて、馬場さんはこう言った。


「はい。来年も宜しくお願い致します」


年末にこんなことも起こるのが店舗運営だ。

でも、こういったやり取りも意味があるだろうし、僕達の成長の糧になる。


やがて、ユニフォームを脱いで僕に年末最後の挨拶をした馬場さんは、夕焼け空が滲む外へと歩き始めた。


(来年も馬場さんと谷村さんとは、こんなやり取りが続きそうだな…)


僕はそんなことを思いながら、早期閉店時間の20時まで店舗を運営した。


20時になり、お客様とアルバイトを帰宅させた後、一人レジ精算をしていた。


ボタンを押すだけの単純作業。

僕の思考は複雑に回転していた。


今年を振り返った。


書くことに染まった一年だった。

noteでは、もうすぐで10万PVを迎える。

僕の記事を紹介してくれる人まで現れた。

読書量も増えて、読んだ内容を教えた時、千聖や職場のみんなが喜んでくれた。

そして何より、いつも僕を側で支えてくれる千聖や佳くんがいる。


ありがたい。

全てがありがたかった。


僕は、自動レジから自動で出てきた売上を回収し、ショルダーバッグに売上を入れた。


誰もいない店内を歩き、事務所に行き、売上金を作り、KCを脱いだ。


退勤ボタンを押し、パソコンをシャットダウンする。


僕の思考はまだ立ち上がっている。

帰るまでが今年の仕事だから。


僕は店舗の照明を真っ暗にし、店舗入り口の自動ドアの鍵を閉めた。


上を見上げると、店舗の看板があった。

暗くてもよく見える文字に向かって頭を下げた。


(今年もお世話になりました。来年も宜しくお願い致します)


僕は駐車場に停めてある青いMOVEに乗り込み、自宅へと急いだ。


「ただいま」

年末ということもあり、道は空いていた。

21時。

靴を脱ぎ、リビングへの扉を開けると、千聖と佳くんは、紅白歌合戦を見ていた。

今年話題のアイドルがTVで大人数で歌って踊っていた。


「おかえり!パパ!」

千聖が僕に気付くと、ベビー布団で寝ていた佳くんを抱っこして僕に近付いてきた。


佳くんは無事に一歳を迎えた。

一歳の誕生日は、僕も千聖の両親を僕達の招き、ピザやケーキを食べながら盛大にお祝いした。


プレゼントに貰ったアンパンマング よくばりビジーカーに佳くんが乗った写真が、今の僕のスマホの待ち受けだ。


僕は佳くんの頭を優しく撫でた。

まだ僕の手のひらに少し収まる。

僕は、掌から佳くんが持つ心を感じていた。


やがて千聖が佳くんの手を握り、僕の頭を撫で始めた。


千聖が言った。

「パパ!1年間お疲れ様!いつもありがとう!」


その言葉だけで、僕はもう他に何も要らなかった。


こうして、僕の今年の幕は降りた。


次の日、僕は少しゆっくり起きた。

早起きしようとは思わず、ただ家族3人で少しでも長く寝ていたい。そう思った。


起き上がると、初日の出がカーテンの隙間から差し込んできた。


時刻は8時。

年始には最高の天気だ。

僕は、「おはよう。今年も宜しくお願い致します」と太陽の光に向かって言った。


やがて、千聖と佳くんも起き始めた。


千聖が目を擦る。

太陽の光を見て、多分僕と同じことを思ったのだろう。


千聖が僕に向かって言った。


「パパ、おはよう!今年も宜しくね!」


笑顔でそう言う千聖に、僕は笑顔でこう返した。


「うん!こちらこそ宜しくね!」


僕達二人は年始の挨拶を交わした後、佳くんのほっぺにキスをした。


僕達3人は、おせちを食べ終わり、出掛けるために準備をしていた。

まずは僕の実家に行き、その後は初詣。

そして、僕の友達との年始会へと向かう予定だ。


ゆっくり丁寧に準備をしていた。

この年始の雰囲気を味わうために。


全員の着替えが終わり、僕の実家まで歩いて行った。


僕の実家は、僕の家から100mほど先にある。

軽く年始の挨拶をして、僕達は初詣へと向かった。


神社には、既に行列が出来ていた。

それは、神様が絶対に喜ぶであろう人の数だった。


僕達は警備員の指示に従い、4人一列に並び、順番を待った。


ゆっくりゆっくりと列は進む。

その間に千聖が「パパの今年の目標は何?」と聞いてきた。


前後の列では、「今年はお金持ちになる!」だの「彼氏が欲しい!」などの会話が聞こえてきた。


僕は、そんな声に紛れないように千聖に答えた。


「たくさんの人を僕の知識で文章で幸せにしたい。それに、家族3人、ずっと笑顔でいたいな」


僕は、グレーのエルゴの抱っこ紐に抱っこされている佳くんの頭を撫でた。

今年初の寝癖が、僕の心を癒した。


そして、神様より先に千聖に答えたことで、僕の願いがちゃんと神様に伝わることを確信した。


僕の今年の目標を聞いて千聖が言った。


「素敵!私も家族3人、健康で笑顔で過ごせたらいいな!」


その後に千聖が少し笑いながらこう言った。


「あと、たまにパパは、私の話を聞かない時もあるから、それ直してね」


痛いところを突かれた僕は、少し笑った。

今年の初笑いには、丁度良かった。


1時間、列に並び初詣を終えた僕達は、交通安全のお守りを2つ購入し、一度自宅へと戻った。


現在11時。


僕の友達は横浜にいる。

小田急線とJR線で向かえば、今からなら13時には着けるだろう。


だが、この時は知らなかった。

僕に悲劇が起こるなんて。

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